第4話 オペラの深夜
戯曲 「I Shall Be Released」
A:私たちはいったい何時になれば、この牢獄から脱け出せるのか?
B:姫様、我々は囚われているがゆえに、我々なのです。
C:見えない白い壁、我々を包むも、意思までは封じ込めず。
D:美しいじゃないの、姫様 、ここでの生活は。
全てがある、コカインもあるしね。
白い砂が舞台にばらまかれる。
D:あはぁはぁ、素晴らしく気分がいいわ、マーズまで飛んでいけそう。
ナイトフライト素敵じゃない。
A:私たちは蝕まれているわ、現実に過去に世間に!!
C:それが心地よいのなだから仕方ない、痛みに喘ぐこともないのだから。
A:いいえ、私は痛むわ、シリアで死んだ子供の痛みが、カンボジアで片足を失った女性の幻想痛が私の心にチクっと針を刺す、無力に吐き気を覚える、涙が止めどなく流れる。
Aからは涙など流れてはいなかったけれど、懐中電灯の光がよりいっそうAの顔を光らせた。
このとき僕は初めてAの顔を知った。きれいな顔をしていたよ、今時とは言えないのだろうが、強いて言えば、諏訪根自子に似ていたかな、だから相当に美人だったわけだ。
諏訪根自子という人は写真も少ないし、以前少し、戦前の美少女とかなんとか、メディアがコマーシャル活動したけれど、たいしてブームにもならなかった。
でも、僕は彼女のヴァイオリンの演奏がとても好きだ、彼女の戦前の演奏をまとめた音源はノイズまみれで(リマスターしたのだろうけど)あったし、もっと上手い演奏家も山ほどいる。
しかし、僕には諏訪根自子の演奏は混じりけの無い、透明な純粋を感じさせる。少し違うけれどジャンゴ・ラインハルトのレコードと同じような感覚を覚えた。
僕の祖母の家族が"辻売り"をしていた時代に彼女の様な少女がいたと思うと、なんというか平等な世界など今も昔も"ありゃしない"と感じる。なんというか妥協も必要なのだ。
で、最終的にこのオペラはBの台詞で終わった。
「哀れな姫よ、貴方は神か悪魔に取りつかれてしまった。さぞ、あなたの人生はこれから辛いものになっていくのだろう」
15分が過ぎ去り、オペラは拍手の無いまま幕を閉じた。しかし、朝焼けはまだ遠い向こうにいた。
Aは舞台から降り、冷たい石の座席に座る僕に
「いかがでしたか?」と聞いてきた 。
僕は何と言って良いのか、わからなかった。てっきり"マクベス"でもやるのかと思っていたし、でなくともこういった、前衛的なものを見せつけられると、感想や評価というものの重要性さえ疑わしく感じる。
しかし、Aは美しかったし、少し異常性を持っているのも伺えた、けして悪いことでは無いけれど。
「ええ、素晴らしかったですよ、ところでこの劇は"全共闘"の時代と関係してたりするの?」
彼女はたぶん微笑し、僕は苦笑いを終始、浮かべていた。
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