第2話 天狗の巫女



 某県にある荒垣山あらがきやまは、標高約二千メートルの山であった。


 ロープウェイなどがあり、初心者でも登山しようと思えばできる山として有名ではあった。


 反面、『魔の山』と呼ばれる事もあり、昔は相当数の遭難者が出た山であり、遭難碑が立てられているほどだ。


 そんな荒垣山をロープウェイに乗らずに登山していた七名のグループが、山頂付近でとある奇っ怪な人物に遭遇した。


 トレッキングブーツを履いてはいたが、それ以外は登山に似つかわしくない左目に眼帯をした巫女装束の少女と出会ったのだ。


 左目に眼帯をしており、八艘飛びというのが相応しいくらいの身軽さで山頂を目指していた。


 その昔、山で修行していた山伏の姿を見て、人ではなく天狗だと思ったと言われている。


 その巫女の軽快さをそのグループのリーダーである矢木八城やぎ やしろが垣間見て、天狗に関する説話が事実であるような気がしたのであった。


「珍しい。修行者か?」


 メンバーの一人が呆気にとられながら、ぼそりとそう誰とも言うなしに独りごちた。


「……かもしれんな」


 後ろ姿がすぐに見えなくなった後、誰かがそう口にした。


「あれは天狗だな」


 矢木八城が諭すように口にすると、さきほどの巫女が飛ぶようにして戻ってきたのであった。


 そして、矢木達のグループの前で立ち止まる。


 弾丸登山というのが相応しいのにも関わらず、息などが全然上がってはいなかった。


 まるでこの荒垣山を散歩しているかのようだ。


「お訊きしたことがありまして」


 左目に眼帯をした巫女は軽く一礼するなり、そう切り出した。


「私で分かる事であれば答えられますけど……」


 矢木は天狗に話しかけられたような気分で、若干気圧されていた。


「数日前、滑落事故があったと聞いていますけれども、どの辺りで起こったのか知っていますか?」


「ご祈祷か何かで向かわれるのですか?」


「似て非なるものです」


「数日前、ロッククライミングルートで死亡事故があったと耳にしたような……。なあ、あったよな?」


 矢木は他のメンバーに確認するように訊ねると、


「ロッククライミング中に先に登っている人が落ちて、後続が巻き込まれたとかそんな事故があったんじゃなかったか。何故そんな事故が起きたのか、原因不明と報道されていたような気がしたな」


 メンバーの山村がそう返した。


「……という事だそうです、天狗の巫女さん」


 矢木がおどけた風に言うと、


「ふふっ、天狗ですか。面白い冗談だと姉も言っています」


 眼帯の巫女はくすくすと笑った。


 そんな巫女の笑みを見て、矢木はそら寒さを覚えて、表情が凍り付いた。


 唐突に出て来た『姉』という単語が理解不能であったのだ。


「そのお二方は亡くなったのですか?」


「一人は全身を強打して死亡で、もう一人は確か死んではいないはずだ」


 その事故について山村がよく知っていたのか、補足するように答えた。


「先行していた人のロープが突如切れて転落したんだったかな? 鋭利な刃物か何かで切られたような跡がロープにあったって報道されていたように記憶していますよ。刃物は付近になかったし、ロープは事前に点検して問題なかったはずなのに切れていたので原因不明ってなったはずです」


「……そういう事でしたか」


 眼帯の巫女は笑みを消して無表情になってしまった。


 失望したというべきか、落胆したというべきか。


「その供養かでこの山に?」


 矢木が気を取り直して、若干余裕を取り戻して質問を投げた。


「鎮魂……いえ、引導に近いものを少々」


 何故か巫女の顔から表情が忽然と消えてしまったのか。


 落胆したからではないか。


 そんな気がしてならなかった。


 落胆したのだとしたら、何か理由があるのだろうか。


 その理由を導き出そうとするも、目の前の巫女について自分が何ら知らない事を思い出し、矢木は考えるのを止めてしまった。


「ありがとうございました。大変参考になりました」


 目でお礼を述べるように右目を細めて軽く微笑むなり、眼帯の巫女は矢木達に背中を向けて、飛ぶように駆けていき、山頂へと続く道を登っていった。


「なんだったんだろうな」


 眼帯の巫女の姿が見えなくなると、メンバーの一人が口にした。


「誰かに頼まれたんだろう、鎮魂みたいなのをさ。亡くなった人もあんな綺麗な巫女さんに弔われるんだから本望だろうよ」


 山村が若干頬を赤くして、見えない巫女を追うように遠くを眺めていた。


 あの巫女さんに一目惚れでもしたのかよと突っ込みたかったが、矢木は何故巫女が無表情になってしまったのか、そちらの方の興味を振り払うことができず、ずっと考えていたのであった。


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