第20話◆運命の歯車
――翌朝。
ソータが自分の教室に入ると、既にセリーナが腕組みをして待っていた。
「おはよう、ソータ・マキシ!」表情から察するに怒っているようだ。「「「おはようございます!」」」他の学生もしっかりと挨拶する。
「……おはようございます。セリーナさん」みんなと同様に挨拶を返すソータ。
「……先輩付けろ!」とまた言われたので、セリーナ先輩と呼んでもう一度挨拶した。
「何に怒ってるか……分かるよね?」と言われたが、全く理解出来なかった。
「……悪いけど、全く分からない……」と返すと、セリーナはふうと一息ついてから「バカな下民にも教えてあげるわ! アンタ昨日教科書見せてあげるって言ったのに食堂へ来なかったでしょ!」
……あ。あれのことか……と察するソータ。
「あの後ずっと待ってたんだからね!!」相当怒っているようだ。とりあえず落ち着かせるか……
「それに関しては……本当にすみませんでした」と素直に頭を下げるソータ。
「……ちゃんと謝ったから、許してあげる!」そう言うとツカツカと強気な足音を鳴らして教室を出て行った。
それを見送ると、ソータは自分の座席に座る。すると、エルディアが声を掛けてきた。
「ソータ・マキシ……お前セリーナ先輩にまた何かしたのか?」……いや、何かしたと言えばしたが、何もしていないと言えばしていない。
「いや、まぁ……」
「でもさっきのセリーナ先輩……何となく優しくなかったか?」とエルディアが言ってきた。実のところ、ソータ自身も少し感じたことだ。昨日までのウザさはそれほどなかった。
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「……今日はここまでとする! みんなご苦労。ソータ以外は全員帰ってもいいし、自由な時間にしてくれて構わん」メリッサ教官はそう言うと、ソータを呼んで教室を出た。
――廊下。
「ソータ・マキシ、今日は定期学生長会だが出席するだろう? ……というか出席してくれ」とメリッサ教官が言う。
「あいつら、マトモになったんですか?」ソータはそう言って続ける。「マトモになるまでは、参加しないって言いましたよね?」
「そうは言うが、彼らも大きな問題に関してはしっかりと対処しているぞ」というメリッサにソータは返答する。「なるほど……風紀の乱れは大きな問題ではないと……」
「……何の話だ?」
「学生長会での議題です。風紀の乱れについてリトン先輩が話している時に、真面目な会議していなかった……学院において風紀の乱れは大きな問題だと思いますが」
「……ソータ・マキシ、お前……本当に13歳か?」「……俺はまだ12歳です」
「いや、12歳だとしてもだ。……12歳の口からそんな言葉出るとは思わなかった」
実際18年生きた後で12年生きてるわけだしな……見落としがちだけど、かなり大切なものなのは分かるよ。特に錬成学院においてはその意味が大きい。
世界最高の戦士であるグラディエーターを育成する学院で風紀の乱れがあるなど、世間体にも問題があるし、歴代のグラディエーターの顔に泥を塗る国家の恥晒しになる。
むしろ、自分自身がグラディエーターになった四学年以上の学生はそれを理解してもいいはずだ。だが、ちゃんと会議しようとしていたのはリトンだけだった。かなり問題がある。
「……ではお前は、学生長会に参加する気はない……と?」
「はい」
「仕方がない……分かった。だが、少し話をいいか?」と別の提案をされた。説得でもするつもりだろうか? いや、違うな。
「はい……ここでですか?」と聞くと「場所を移そう」と言って、ソータを教官室に連れて行くと、教官室の中にある小会議室に入った。
――小会議室。
「……何でしょうか?」と聞くとメリッサは、真剣な顔をして振り向いて言った。
「ソータ・マキシ……お前はこの学院を卒業したら何になるつもりだ?」予想外の質問をされて少し戸惑うソータ。
「そうですね……ハンターとか……?」まだハッキリと決めてなかったが、ハンターになるのが一番楽しそうだ。
ソータの発言を聞くと、イスに手を向けて座るよう指示してから教官は近くのカウンターテーブルから二人分のティーカップを出して紅茶を注ぐ。
「……二つ目の質問をしよう。絶対的強者についてどう思う?」注ぎながらそんな質問をされた。
「なんですか、それ……?」
「……お前は、激しい喧嘩が起こった時、殴り合ってお互いが最後に謝ればそれでいい……そういう考え方なのだろう?」クレリアから聞いた話をしながらソータに紅茶を出す。
「あ、どうも。……そうですね、そうあるべきだと思います」
「そういう常識を作れるのは、近衛騎士や七大隊長クラスの人間になってしっかりとした発言権を得なければならん。なのに何故ハンターになりたいと?」
「……楽しそうだからです」
「……はっ?」と豆鉄砲を食らったような顔をするメリッサ教官。この人、いつもビシビシと厳しい教官みたいに振る舞ってるけど、本当は柔和な人なんだな……と感じた。
「お前は……ただ楽しそうって理由でグラディエーターになって、ハンターを目指すのか?」
「そうです。強さも必要ですから。先程の絶対的強者? って存在はよく分かりませんが、強くなっても力を使う方向性を間違えなければ良いと思います」そう言ってティーカップに口をつけるソータ。
「ハンターは、なろうと思えば一般市民でも今日からなれる。なのに何故、錬成学院にまで入学した?」
「王命だからです」王命ならば従わざるを得ない。なれなかった場合は特に考えてなかった。
「ぷっ! ……ふふっ……はははっ……!」ソータの話を聞いて笑い出すメリッサ教官。「お前は本当に面白い奴だな、ソータ・マキシ」
「別に面白いこと言ったつもりはありませんが……」
「そうだな、そうなんだろう。だが、王命だから入学したと言っているようだが、倍率は2、30000倍を超える学院だぞ? よく王命だから入学したと返答出来たな」
「嬉しかったのは事実ですし、合格するとは思ってませんでした……でも、なった以上は学院で最強の戦士になって卒業するつもりです。……教官が、その絶対的強者になれと言うのなら、その努力をしようと思います」
ソータのその発言を聞いてメリッサ教官はまた真面目な顔に戻った。
「……今年の一学年は粗削りだが天才揃いだ。……いや、言ってしまえば、お前も含め天才しか入学していない。……その中でトップを目指してみろ」
「はい。その為には、まずは……エルディアの席を奪うつもりです」ソータがそう言うと、メリッサ教官は眼を丸くした。
「お前まさか……席の意味を……?」
「あの十席のうちのエルディアの席……あの席に自ら座った学生の評定は少し上乗せされますよね?」ソータがそう言うのは、昨日の戦闘訓練から来ている話だ。
他の学生はレベルアップしたり、マスタリースキルを多少覚えたりしたところで評定はCだった。成長度合いがそこそこ大きい者で評定B。そして、かなり成長したものはAだった。
エルディアはレベルアップはしていない。マスタリースキルのレベルも上がっていない。反骨心スキルを覚えただけだ。もちろんトーナメントを勝ち上がってきたからなのだろうが、スキル一つ覚えただけで評定がAだったのは疑問だった。
そこで行き着いた答えが、前列中心席は通常の評定にプラスされるということだ。
「……もうそこまで気付いていたか……。だが、他の学生には絶対に黙っていてくれないか?」
「それは構いませんが……いつかバレると思いますよ」
「バレるのは構わん。だが自分で気付けなければ意味がない。……ソータ、私はお前を評価している。本気でこの国の常識を変えるつもりなら……本気で絶対的強者を目指すなら……自分の人生をその手で変えてみせろ。その手伝いはしてやる」
そう言うメリッサ教官の表情は窓からの夕日に色付けされ、美しく整った顔が強調された。
「ありがとうございます!」
「……長々と話して悪かったな。今日はもう帰って休め。明日からも期待しているぞ!」
「はい、失礼します!」
そう言うとソータは帰路につく。
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ソータが錬成学院に入学し、気付けば夏、そして秋が過ぎ、冬を二度超えた。
――そして、入学から二年後の春の始まる季節……。
「小腹空いたな……飯でも食うか」ソータは休みの日にたまたま中流階級の街へ出ていた。
近くにある花壇にはいつも色とりどりの美しい花が陽の光を浴びて嬉しそうに輝いている……。その先に視線を移すと、教会があった。
小さな子どもが親と一緒に長蛇の列を成している……。
「懐かしいな……俺もこの中にいたんだもんなぁ」
そう言ってぼんやりと列を見て懐かしんでいると、その中に輝くものを見つけた気がした。
「ん……?」そこへ目をやると、視線の先には青い髪の少女がいた。
「!?」ソータは、急に心臓の鼓動が早まり、思わず視線を逸らしてしまう。「何だ、あの子は……?」
その後、ついその少女を眼で追ってしまった。すると、青い髪の少女は母親に連れられて教会に入って行った。
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「さて、ローナ・マクスウェルちゃん。キミはあそこにある祭壇で膝を付いてあの女神像にお祈りをしてごらん。一緒にやってあげるから見ているんだよ」白いローブのおじさんが教えてくれる。
「は、はい……」彼女の名前はローナ・マクスウェル。今年で13歳になる少女だ。スラムで生まれ育ったこの青髪の少女は、現在12歳とは思えないほどの凄まじい美貌を兼ね備えていた。
ゴッデススキル修得の儀式を行うのは12歳だが、ほとんどの場合は冬の終わり~春の始まりにかけて行われるので、今年で13歳になる子が多い。
「そう……そのまま、目を閉じてお祈りをしてごらん……」
目を閉じたローナの真っ暗な視界は、次第に真っ白になっていった。
そして……その真っ白な視界の眼の前には女神様がいた。
「記念すべき12歳を迎えし子よ……名前を名乗りなさい……」ローナの視界に現れる女神エン・マーディオー。
「ローナ……マクスウェルです……」
「ローナ・マクスウェル…………」エンはローナの名前を呼ぶと両目を開いた。
「あなた……ソータ・マキシという男の子を知っている?」
「えっ? い、いいえ……知りません……」何の話か全く訳が分からなかった。
今日の出発前「修得の儀式でエン・マーディオー様とお話出来るのかな?」と母親に話したら「エン・マーディオー様はお忙しい方だから一人一人と話をする事はないわよ」と言っていた。
だから、話しかけてもらえて、とても嬉しかったのだ。だが、質問の意味が全く分からず、知りませんと言うしかなかった。
「そう……?」エン・マーディオーは少し考えた表情をしたが、続けた。
「……あなたには、このゴッデススキルを授けましょう」エンはそう言うと、ローナの身体に優しい衝撃がポンッと一回触れた気がした。そしてエンは続ける。
「ソータ・マキシに会ったら伝えてほしいの。渡したい物があるから、教会へいらっしゃいって……頼めるかしら?」
「わ、私はソータという方を知りません……で、ですので……あの、その……伝えられるかどうか……」俯いて話すローナ。
「大丈夫、必ず会わせるわ。……ソータ・マキシに会えたら、教会へいらっしゃいって伝えて……」そう言って視界にいたエン・マーディオーはすぅっと近付くと、ローナの頭を優しく撫でてから消えていった。
ゆっくり目を開けるローナ。
近くにいたおじさんが言った。「大丈夫かい? 少し長かったね」
「は、はい……すみません……」ローナの瞳には涙が浮かんでいた。
「お、おじさんは怒ってないよ?」ローナの涙に勘違いしたのか、おじさんは慌てた様子で言った。
実際は、エン・マーディオーに話してもらえたこと、そして頭を撫でてもらえたことに対する感動の涙だった。
「すみません、大丈夫です」ローナは涙を拭うと、おじさんを見上げた。
「そ、そうかい……? じゃあ、ゴッデススキルを読み上げるね。ゴッデススキルの名前は……って何だこれ……?」
「……?」何に不思議がっているのかサッパリ分からなかったローナだが、そのまま白いローブ姿のおじさんは石板を読み上げた。
「ローナ・マクスウェル……ゴッデススキルは……エインヘリヤル……」
この日、ソータ・マキシとローナ・マクスウェル……二人の運命の歯車がゆっくりと廻り始めた……。
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