第13話◆新しい学生長


 家の外で木製の車輪のうるさい音と馬の蹄鉄ていてつの音が聞こえてきた。どうやら迎えの馬車が止まったようだ。

 錬成学院では、毎日こうして錬成学院用の馬車が家の前まで迎えに来てくれるのだ。


「ソータ、忘れ物はない?」リエナに何度も確認させられる。大丈夫だと言っても「失礼のないようにしてね」だとか「怪我しないで帰ってくるのよ」とか色んな事を言ってくる。

 強くなるために戦いへ身を投じる錬成学院で怪我するなとは斬新だなぁと思いつつ、座学ばっかりの学院じゃないんだから……と抑えるのが大変だった。


 家の外に出ると、既にクレリアとライトラが馬車に乗っており、こちらに手を振っていた。

 馬車の馬は黒くてカッコイイ馬で、客車は銀で装飾され、水をはじく材質の赤いカーテンで覆われているので、雨の日でも安心だ。


「おはよう、ポニ子、ライトラ」無難に返事をしておく。


「おはよ!」「おはよう、ソータくん」


 馬車はスラム、中流階級街、上流階級街という順番で回り、そして中流階級街にある錬成学院へと向かうのだ。

 上流階級街が最後である理由は、貴族などが多いため、朝の準備をする時間を少しでも長くさせるためだ。


「おはようですわ」次に客車へ入ってきたのはロッサだ。このまま上流階級街まで行って、何人か拾っていく。「おはよう」そして上流階級街の名前が分からない貴族の男子が乗り込んでくる。

 最後にエルディアを拾ってから学院へ出発かな……? と客車の周りを見回すと、三人ほどいなかった。

 いない三人のうち一人はエルディアだが、残りの二人は誰だろう? と考えたが、入学式で一番最初に自己紹介をしたメガロス王国出身のエゼルトと他は後ろの席に座っていた奴だ。

 これは後で知ったことだが、錬成学院では他国からもグラディエーターを目指して入学希望に来るそうだが、そういった場合は無料で寮を貸しているのだとか。

 他は家庭の事情でどうしても……という事がない限りは寮には住めない。


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 客車にエルディアが入ってくると、一部の貴族の学生たちが立ち上がって「「おはようございます!」」と挨拶していた。

 エルディアが座るのはたまたま空いていたソータの向かいの席だ。その席にエルディアが移動している時にソータも声を掛けた。

「おはよう、エルディア」普通に挨拶しただけだが、貴族連中の空気はピキッと凍った。「あぁ、おはようソータ・マキシ」


「エルディア、おはよ!」「おはよう、エルディアさん」「おはようですの、エルディア。……ふふ、寝癖がありますわよ」クレリア、ライトラ、ロッサも続けて挨拶する。

「おはよう、クレリア、ライトラ、ロッサ。……今朝かしたはずなんだが……」そう言いながらエルディアは自分の寝癖を手で直そうとする。


「え、エルディア様、貴方様が下民共に呼び捨てされるなどあってはなりません!」貴族の子の一人が言うが、エルディアは「それは関係ない。この場にいる以上、仲間でありライバルだ」とだけ言っていた。


 物事の分別がしっかりしているのは関心関心! お兄さん嬉しいぞ! といった気分になるソータ。……そんなこんなで多少ざわつきながら錬成学院へと到着した。


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 ――教室。


「みんな、おはよう!」


「「「おはようございます!」」」メリッサ教官の挨拶に皆が挨拶を返す。


「今日からお前たちはグラディエーターになる為の教育を受けていくわけだが……この場の殆どは知らないだろうから一応説明をしておく。皆ステータスを開け」


((……ステータス))各々がステータスを開く。


 名前:ソータ・マキシ 年齢:12

 職業:グラディエーター見習い

 Lv:13 HP:335/335 MP:125/125 SP:121/121

 攻撃力:91 防御力:80

 魔攻力:82 魔防力:90

 敏捷力:88 精神力:125

 ゴッデススキル:経験値10倍/天賦の才

 通常スキル:【槍術マスタリー:Lv1】【拳術マスタリー:Lv2】【炎属性魔法:Lv2】【氷属性魔法:Lv1】【反骨心:Lv1】


 お! 職業欄が“グラディエーター見習い”に変わってる! いつの間に変わったんだ? ……と思っていると、メリッサ教官が説明してくれた。


「職業欄がグラディエーター見習いに変わっている事に気付いただろうが、この学院に入って入学式に参加した場合、自動的にグラディエーター見習いとして認識される」


 みんな食い入るように自分のステータス画面を眺めているようだ。やはり嬉しいのだろう。


「グラディエーターという称号はこの学院でしか手に入れられない称号なのは知っているとは思うが、グラディエーターになる為の学院という解釈で言えば、それは正しいとも言えるし、間違いとも言える」


 どういうことだ……?


「お前たちが三学年に上がったら、四学年への進級試験はグラディエーター公認試験だ。つまり、四学年以上の者は全員既にグラディエーターになっている」


「「!?」」みんな知らなかったようだ。自分と姉以外の両親も含め家族全員がグラディエーターである、エルディアも知らなかったようで、それについては驚いたが、この学院の先輩でもあるエルディアの姉が四学年以上であれば、もう既にグラディエーターになっているということか。

 つまり、錬成学院卒業の証としてグラディエーターになれるわけではないというわけだ。


「グラディエーターというのは、全ての武具を扱える最強の戦士……という認識があるかもしれないが、それは良く言えば万能戦士。悪く言えば器用貧乏なだけだ。だから、グラディエーターになってからはその中でも一番得意な装備で強くなってもらう……」


 なるほど……一旦全ての武具の使い心地を試して、しっかりとした使い方を学んでから、一番得意な武器を再度決めるのか……。


「そして卒業時には職業欄は“グラディエーター・○○”といった表示に変わる。これは、古代の奴隷戦士としてのグラディエーターとは別物であると証明するために後から付けられた称号だ」


 なるほど。完全に他の職業名が後に付くことで、古来から存在するグラディエーターと呼ばれる概念そのものではなくなる。

 だが、職業名からグラディエーターという言葉を消さないのは、やはり古代の英霊を祀る意味で消すべきではないと判断されたのだろう。


「……さて、ここまでで質問のある物はいるか?」と言うと、エルディアが挙手した。


「はい。……国王様の近衛騎士などはどういった名称になるのですか? 近衛騎士はグラディエーターにしかなれないと聞いたことがあります」


 へぇ、そうなのか……。じゃあ、グラディエーターでなくてもなれる七大隊長よりは階級は上なのか……?


「近衛騎士の場合の職業名は“グラディエーター・パラディン”となる。一部の大隊兵も同じ職業名になる。……他に質問は?」


「はい」次はクレリアが挙手をした。


「クレリアか、なんだ?」


「グラディエーターにしか近衛騎士にはなれないそうですが、王国の七大隊長とどちらが強いのですか?」

 ……確かに、少し気になるな。


「階級上では近衛騎士の方が上だ。だが、強さだけで言えば七大隊長の方が圧倒的に上だ」

 なるほど……つまり父ゾルダーはグラディエーターではないが近衛騎士よりも強い存在になれたわけか……改めて父親の強さを認識出来る。


「他には……いないようだな。では次に、一学年の学生長を決める。これは、様々な行事で私や他の教官の手伝いもすることがある……誰かなりたい奴はいるか?」


「質問よろしいですか?」ゼルゲル……初日にライトラに対する悪口を言った後ろの貴族の息子が挙手をした。


「なんだ、ゼルゲル」


「学生長の仕事は何でしょうか?」


「お前は私の話を聞いていたか? 様々な行事で私や他の教官の手伝いをする……と言ったはずだが?」


「……それ以外には無いのでしょうか?」


「ある場合もあるが、ない場合もある……それに関しては、なってから指示する」


「分かりました」とゼルゲル。


「質問がないようなら、このまま話を進める。……なりたい奴はいるか?」


 日本の学校でいう、委員長みたいなものか。絶対になりたくないな、面倒だし。そんな事を考えていると、クレリアが挙手をした。


「ん? クレリア、やってみるか?」


「いえ! 一人推薦したいと思います!」


「……推薦か。誰をだ?」


「ソータ・マキシくんを推薦します!!」クレリアは確かに言った。


「え……!? 俺?」ソータの声と共に教室がザワついた。


 俺は知ってるぞ! イジメってやつだろ! ポニ子め、やってくれたな!!


「推薦でも歓迎するぞ。ソータ・マキシやってみるか?」


「いや、それなら俺が……!」とエルディアは何故か張り合おうと挙手をする。そこで張り合う必要はないだろ……


 すると、後ろの席のライトラが挙手をした。


「僕も……ソータくんを推薦します」


 おい! なんでだよ!!


「推薦が二人か……ソータ、お前やってみるか? やりたくなければ、エルディアにやってもらおうと思う」と言ったメリッサ。


 これは好都合だ! とばかりに「じゃあ、俺は面倒だしやりたくないので、エルディアくんを推薦します」と言った。

 するとエルディアは急に怒り出した。


「おい、ソータ・マキシ! お前、みんなから支持を集めておいて、面倒だからやりたくないとは何事だ! ちゃんと責任取ってお前がやれ!!」


 いや、どういう理屈だよ! お前はやりたいって言ってたじゃないか!!

 こういった具合で押し問答が繰り返された。


「いや、私としてはどっちでも良いんだが……」メリッサ教官は頭を掻いて困っていた。


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 押し問答の末、結局ソータが学生長をやることになった。

 もう一度言おう……ポニ子め……いや、ポニ子とライトラめ……やってくれたな!!


「――では、今日はクラスの決めごとで終わろうと思う。ソータは残り、他は解散!」


「「はっ! ありがとうございました!!」」各々おのおのが準備をし、各々おのおのが解散していく。俺だけを残して……Ohおー Noのー……いや、洒落を言っている場合じゃない。


「また明日ね、ソータ! 先に帰ってるから!」クレリアはそう言って行ってしまった。




「……すまんな、面倒だからやりたくないと言っていたみたいだが……」


「いえ……それで、俺は具体的に何をすれば良いんですか?」


「今日は学生長会がある。新しい学生長だということで挨拶をしてもらおう。だが、その前にお前に話しておきたいことがある」


「……何でしょう?」


「……お前のゴッデススキルについてだ」

 教室で、メリッサ教官と二人でソータのゴッデススキルについての話をすることになった。




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