右のスイッチ、左のスイッチ

三文の得イズ早起き

第1話 右のスイッチ、左のスイッチ

 気づいた時、見知らぬ部屋にいた。


 私は両手を膝の上に置いたまま堅い椅子に座っていた。

薄暗い部屋に、右手の窓から弱く細い光が差し込んでいる。

私の眼の前およそ6mほど先に閉じられたドアが見える。

眼の前にはスチール製の机が置いてある。

 机の上には四角い箱のようなが2つ置いてあった。

15cm平方で高さ3cm程の黄色い箱には直径15cmの丸くネズミ色のボタンが配置してあった。

 私は後ろを振り返ったがコンクリートの壁だった。

部屋の広さは奥行きでドアまでの6m程。幅は3m程だろうか。閉じられた空間はいつかテレビでみた容疑者を問い詰める警察署の取調室を連想させた。

 私は夢を見てるのだろうか?それともこれは現実だろうか?

不思議な事に恐怖はない。

おそらく夢を見ているのだろう。こんな事は起こりえない。

 右手の窓から差し込む光が部屋のホコリを照らし現実感を私に与えた。

ここは一体どこなんだ?何があったんだ?

そう思った時、目の前のドアがガチャリと開いた。


 入ってきたのは男だった。黒い手袋をしていることがまず目に入った。記憶に残らないようなありふれた黒のスーツ。革靴を履き髪の毛は黒く短い。

男は静かにドアを閉め、私の方に向かって丁寧な足取りで近づいてきた。

そして部屋の中央辺りで立ち止まり、私に向かって一礼した。

「こんにちわ。ご機嫌はいかがですか?」

男はそう言った。その顔はわずかに笑顔であるようにも見える。およそ40歳くらいだろうか?

「こんにちわ。ここはどこなんですか?ええと、事態がのみこめてないんです。」

私はそういって愛想よく笑ってみせた。それに対し男は何度か頷いた。

「そうですか。事態がのみこめていない・・・」

男はそう言って、今度ははっきりとした笑顔を私に向けた。

「ここはどこなんですか?」

私はもう一度尋ねた。

男はそれに対して返事をせずに、咳払いを一つして両足を肩幅程度に広げ何度かそこで足踏みをした。

「あなたの眼の前に2つのスイッチがあります。気づいていましたか?」

男は大きな声でそう言った。今までの声のトーンとは違った。

「はい、さっき気づきましたけど、なんなんですかこれは?」

私はそう尋ねた。私の顔にはもう笑顔がない事に気づいた。

男の顔にももう笑顔はなかった。男は何も言わずにじっと私をみつめていた。

 私は恐怖を感じた。

「ボタンを押してください」

男は早口でそう言った。

「早くボタンを押してください」

「え?どっちのボタンですか?右のボタンですか?左のボタンですか?」

「早くボタンを押してください」

私は右のボタンを押した。

カチっというしっかりとした音がした。押した瞬間に黄色い箱の部分の内部が少し光った。

 その時、何かが起きたのか?私は目を瞑り、首をすくめた。

ん?何も起きていない?

私はゆっくりと目を開けた。

男はこちらを黙って見ていた。ピクリとも動かない。

「すいません、どういう事なんですか?すいません、あの」

私は段々とイライラしてきて少々荒い口調で男にそう言った。

一体なんなのだろうか?私は何かの犯罪に巻き込まれているのだろうか?

「ボタンを押してください」

男はまた早口でそう言った。

私はイライラした気持ちを持ちつつ今度は左側のボタンを押した。

もう目を瞑る事もなかった。押した瞬間にこちらもカチっという音がし、内部が光った。

「押しましたよ。これがどうかしたんですか?」

私の言葉がまるで聞こえないかのように男はしばし黙った。

およそ15秒程黙った後、小さな声でこう言った。

「あなた・・・左側のボタンを押しましたか?」

男は無表情だった。そこに笑顔はない。

「はい。それがなんなんですか?」

私がそう言い始めた直後に男は部屋の中央から一歩、二歩と進み、ゆっくりと私の側に近づいてきた。

そして私の右側に回り込み、私の右耳に顔を近づけた。

私は突然の事に体をのけぞったが椅子から動く事はできなかった。

男は私の右耳に向かってささやくようにこう言った。



そう言い終わると男はスタスタとドアに向かって歩き出し部屋から出ていった。

ドアが閉じた音が部屋に響き渡るとまた静寂が訪れた。

私は心臓の鼓動を感じ、頭に麻酔薬を注入されたかのようにクラクラと麻痺している感覚を感じた。

窓からの光はまだ弱く残っていた。

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