第19話 曜子の部屋
再び“W”が見えることにえらくご機嫌になった曜子。
「そんなに嬉しいことかね?」
「ウタルにはわからないんだよ。元々あるものが失われるのが嫌なだけよ」
曜子の家に着いてリビングで紅茶を一杯飲みながらもテンションが高い。余程嬉しかったのか?このテンションで勉強にも励んでくれると良いのだが。
「やっぱりいつも持ってないと不安になるね。特に要はないけど無いと不安になる現象をなんていうか知ってる?」
「知らないぞ」
「私も知らない」
なんだそれ。
「ねぇ、今思ったんだけどもしかしたらこのペンダントが原因なんじゃないのかな?」
「ペンダントが?まさか」
「けど、“W”が見えた時と見えない時の違いの一つではあるよ」
確かに。けどペンダントにそんな機能が備わっているとは思えないけど。眼鏡のレンズ部分と同じ素材で出来ているのか?だとしたら、からし屋マタジの本部が関係してるはずだから所長が知ってるはずだな。明日所長に聞いてみるか。
「ちなみにそのペンダント、どこで買ったんだ?」
「買ったんじゃないわよ。死んだおばあちゃんがくれたの」
「おばあちゃん?」
「そうよ。お母さんの方のおばあちゃんがくれたの。だから私の宝物なの。あったからいいけど忘れて一日ロッカーに置いてけぼりってのも不安でしょ?誰かに持っていかれたり無くしちゃったらおばあちゃんに怒られちゃうよ」
“W”が見えることよりもペンダントが手元にある安心感からのご機嫌なのかもしれない。
「私の部屋に大きな鏡があるでしょ?あの鏡と一緒にこのペンダントもくれたの。おばあちゃんも、おばあちゃんに頂いたんだって。なんでか知らないけどいつのまにか孫から孫に代々受け継いでいくことになったんだって。面白いでしょ?」
「面白いかどうかは置いといて、本当だったらその鏡もペンダントももっと大事にしないとな」
「そう。だからウタルと初めて会った時にひったくりにバッグ取られてときも中にペンダントいれてたからすっごく焦ったの」
「じゃあ俺はペンダントの恩人だな」
「今は女子高生の部屋で
「誘ってんのか?」
「マジサイテー」
ヘヘヘと冗談だよと言っても誤解が解けず一瞬にして険悪なオーラを出される。丁度紅茶を飲み終えたからなのか空気が悪くなったからなのかは聞けないが曜子は静かに自分の部屋へ上がっていった。女子高生の心境の変化と言えば語弊があるかもしれないが浮き沈みが激しいのは個人差があって特に曜子は激しいのだろうか?女性は例えば楽しみにしていたプリンを他の家族の者に食べられたらこの世の終わりのように怒り狂うとか。同じプリンを慌てて買ってきてもご機嫌斜めは治らないがケーキを買い足せば先程の怒りは見間違いだったかのように平然とプリンを食べる。これは極端か。しかし曜子のテンションには時々ついていけない時があるのは事実である。女性の扱いというのは本当に難しいものだ。
少しだけ時間を空けて俺も部屋に入る。この空気で勉強を始めても案外集中出来ず時間の無駄になると思った俺は曜子の宝物と言ってた鏡の前に立った。
「おばあちゃんもおばあちゃんから頂いたって言う割には綺麗だな。いつの時代に作られたんだろうな」
「さあね」
まだご機嫌斜めの様子だ。
「俺は髭剃りの時位しか鏡見ないけど曜子は毎日この鏡見てテクマク言ってんのか?」
「なに言ってんの?バカじゃないの?」
呆れた様子だがサイテーな空気よりかは少しマシになった感じだ。鏡に写る自分を見ながら少し伸びた髭を確認する。鏡の前でする動作は習慣付けされているようなものだ。
「私ね……」
続きを言うのを待ってたが、言葉を発しない。
「私がどうかしたのか?」ここで『抱かれたいのか?』なんて冗談を言ったら部屋を追い出されるどころか家庭教師を首だろうな。だから言わなかったのではなく少し真剣な話のような気がしたので冗談も言わず、次の言葉を待ちながら俺は顎に当てた手を左右に動かすしかできなかった。
「私、毎朝目が覚めると泣いてるの」
「……」次の言葉が出るまで俺は無言でその時を待った。
「怖い夢を見たんじゃないのに、泣きながら目を覚ますの。あぁ今朝も泣いてるんだって。自分でもなんで泣いてるのかわからないの。ある日泣きながら目を覚ます自分が悔しくて鏡に写る自分に話しかけたの。変でしょ?笑うでしょ?」
「笑わないよ」
「最初は自分の泣き顔を鏡で見てただけなのよ。毎日泣き顔見てたらさ、なに泣いてんのよ、バカじゃないの?って。鏡に写るのは自分なのに白い顔でさ、『助けて』って言ってるように思うようになったの。最初は気のせいって思ってたんだけどね。なんにも聞こえないし思わない時もあるし」
ロマンチストな男ならこんな時、なんて
「先祖代々受け継いできた鏡だから、先祖の日照り不足なんかの時の『助けてー』って祈りが写って聞こえた気がしたんじゃねーのか?」
俺は自分の限界を感じた。これはニート期間があった言い訳は通用しなさそうだ。元々の俺のセンスがこの程度なのだろう。
「嘘だと思ってるんでしょ?」
「思ってないよ」
「嘘だと思って、バカなこと言ってるって思ってるからそんなバカみたいなこと言うんでしょ?」
「いや今のは俺の脳みその中にあるセンスをフルに使ってでた言葉なんだが」
「……センスないわぁ」
ハハハ……。俺は引きつった笑いしか出来なかった。自分の非を認め、今度所長と梓さんにセンスの良い言葉選びのできる男になる講座を開いてもらおうと心に決めた。
※
「ところでさ、前にファミレスで夢の話したじゃない?」
「あぁ、俺のパンケーキを見事に食べられたあのファミレスだな」
「あれは美味しかったからいいの!でね、夢がもう一つあるんだぁ」
自ら夢を宣言するということは、またなにか俺に協力しろということだろう。今の家庭教師もそうだができる範囲なら考えるが。『夢』というものは簡単に使える言葉だがなかなか難しいものだと俺は思っている。『夢』というくらいだから子供の頃からの年数とか憧れなど誰が思うことよりも深さが重要になってくるのではないかと思っている。例えば野球の試合でホームランを打つというのは夢だが、ヒットを打つのは夢ではなくて目標なのだ。と一般的な目線で言えばそうなのだが人それぞれ能力が違うからヒットを打つのも人によっては目標ではなく『夢』でも間違いではないのかもしれない。
じゃあ俺が女性百人にモテるというのは『夢』だが女性一人と付き合うというのは目標になるのだろうか。残念ながら今のところ俺にとってはそれも『夢』で間違いではない。そう、人によって簡単なことでも、違う誰かにとっては夢のまた夢になるようなことも沢山あってそれはなんら恥じることはないのかもしれない。とある人にとっては正当な理由で女子高生の部屋で女子高生と二人っきりになるのが夢だという人もいるかもしれないが、俺は週に何日もそれを行っている。とある人にとっては羨ましいことでも当事者からすればなんてことはないのだ。だから人は『夢』を持たなければならないのだ。どんな夢でも良い、夢を追いかける事の人生が大事なのだ。
そう自己解決してしまうと曜子のもう一つの夢を聞かないわけにはいかないな。
「私、死ぬまでに行きたい場所があるの!」
「死ぬまでって大袈裟な。大抵の場所は時間とお金があれば行けるんだぞ」
「ムード出ない。そんなんだから未だに彼女の一人もできないんだよー」
「現実を言ったまでだが、やっぱり女性との会話で今のはマズイかな?」
「チョーマズイよ。腐った納豆くらいマズイよ。女の子が聞いてほしいって言ってるんだからテンション上げて聞きたい!ってくらいにしなきゃダメだよぉ」
俺は曜子の夢を聞くまでに何度男としてダメ出しをされるのだろうか。
「ちなみに海外は俺も行ったことないぞ」
「んーんー、違うよー。国内だよー」
曜子は首を横に振りながらニコニコと喋る。
逆に許せないのが自称アイドルと謳っている五流アイドル
「行きたい場所は瀬戸内海に浮かぶ直島ってところなの!」
「直島?瀬戸内海にあるのか?」
「知らないのー?私のねおばあちゃんの生れ故郷なの。おじいちゃんと結婚して転勤するまで住んでたんだって」
「おばあちゃんて、その鏡とペンダントくれた?」
「そう。私も小さい時に一度だけおばあちゃん達と行ったみたいだけど小さすぎて覚えてないんだ」
「直島ねー。その島になにかあるのか?」
「なにかあるってもんじゃないの!毎年アートを観に世界中から人が集まるのよ。特に今年は三年に一度開催される『瀬戸内国際芸術祭』の年なの。絶対行きたい!前回は受験勉強があったし今年は絶対行きたいの!」
今年も受験生じゃないか?しかし瀬戸内海って聞いても俺はピンとこなかった。
「直島以外の島はなにもないのか?」
「いーっぱいあるわよ。瀬戸内海に島が沢山あって、その島の中に現代アートが点在してるのだけど
「なにが別格なんだよ?」
「世界で死ぬまでに行きたい場所で選ばれるくらい海外でも注目されてるのよ。だから私も死ぬまでに直島に行きたいの!」
「三年に一度開催されてるのだったら三年後に行けばいいじゃねーか。その頃は大学生で休みも長いだろ?」
「三年後までに私が死んでたらどうするのよ!」
「そんなこと言ってたら皆やりたいことを今すぐするようになっちゃうじゃねーか。たらればは無しだよ。人間は簡単には死なないの」
「……バカ」
また
「私ね、地中美術館にも絶対行きたいの。もちろん直島の中にある現代アートも全部見て周りたいの。私、現代アートに明確な答えはないと思ってるの。作ったアーティストも観覧者にどう思われるかなんて未知数だし、こう思ってほしいとかいうのもないのかもしれない。───嬉しい悲しいとか壮大であるとか。見る季節によっても変わるし一番は観覧者のその時の内面によるのかもしれない。ひょっとしたら何も感じないかもしれない。それが良い悪いとかじゃなく。───そんな現代アートが点在する瀬戸内海でも直島は特に遠い外国から訪れる人が後をたたない。『死ぬまでに一度は行きたい島』に選ばれるほどの場所、直島。───訪れる外国人は何を思ってどう感じて帰るのか。中には何度も訪れる人もいるという。それほどまでに魅了する島。───だけど、訪れる世界中の人々の中には辛い過去があった人もいるだろうし、現代アートに感化されてその後の人生観に変化があった人もいるでしょうし。生きているからこそ辿りつける。それは直島に限ったことではないけど、私は労力惜しまず外国人が辿り着いた直島で世界を感じて自分自身を見つめ直したいの」
「そんなもんかねぇ。けど女子高生と一泊二日の濃密度な旅行で聖者でいられる気がしないな」
「でた、変態ウタル丸。私が言おうとしたのに薄情したわね」
いつも変態呼ばわりされているが実際に旅行して同じ部屋で泊まってなにもないってのがおかしいよな。けどそんな関係じゃないのに手を出すのは卑怯か?この状況で手を出さない方が女性に失礼なのか?成人女性なら相手の気持ちを読み取れってことだが女子高生相手だと責任取らなきゃニュースになるな。
「さぁ今後の夢は置いといて勉強進めようか」
部屋のテーブルにノートや参考書などは広げておいたのだが進みが悪かったのを軌道修正するように俺は教科書を読み直した。
肝心の曜子にスイッチが入らないのか背もたれにしているベッドに上半身を仰け反り天井を見上げる。少々勢いがあった為かベッドの布団に頭が沈んだ拍子に曜子の布団の香りが少し部屋に舞った。
「学期末のテストの順位が良かったら連れてってよ!」
「順位って一番取れたら?」
「一番なんて取れるはずないじゃん。うちのクラス、レベル高いんだから。一桁台でも難しいんだから」
「じゃあ一桁目標だな」
それも厳しいわぁって顔して俺を見る曜子。やる前から諦めムードは良くないぞと言ったが確かにレベルの高いクラスにいるので立ちはだかる壁は大きいのは間違いない。
「一桁台取れそうな気がしてるんだけど、もうひと押しだから後は家庭教師の教え方に問題があると思うから、もし一桁台取れなかったら罰として連れてってよ」
「なんだそのジャイアニズムな悪魔の選択は。どっちにしても連れてくカードしかないぞ」
「えへへ。じゃあ決まりだね。私は全力で勉強するから、おぬしも全力で教えてくれたまえ」
実際の結果と旅行の件は置いとくとしても、曜子の勉強に対してのやる気スイッチが入るのは良いことだ。
「直島行ったら一緒に写真撮ってあげるね」
「どーして上から目線かなぁ?」
「直島のかぼちゃを誰にも見られずに一緒に写真撮ったら願いが叶うって言い伝えがあるのよ」
「お互いが写真撮り合ってたら誰にも見られないって条件クリア出来てないんじゃないの?」
「いーのよそんなのは言葉遊びみたいなもんよ。そんな細かい所をつくからモテないのよ」
的確な指摘をグサリと言う。モテたい、一人でいいからモテたい。
「でね、二人の願いが叶うまでお互い言わないんだって。叶った時に相手に言うのだけどもしその願いがお互い同じだったらとても素敵でしょ?夢があるわぁ」
「お前はなんて願いするんだ?」
「アンタ人の話聞いてる?ウタルに連れてってもらうんだからウタルに言ったらお願い事叶わなくなっちゃうじゃん」
どうやら旅行保証人は確定している様子で話を進めているようだ。来年、無事に大学合格すれば友達や彼氏とゆっくり旅行でもできるだろうに。今行きたいなんてせっかちというか駄々こねる子供のようだな。
「まぁ旅行よりまず勉強だな。けどかぼちゃって店で買うのか?」
「そんなわけないじゃん、何にも知らないのね!アートよアート。かぼちゃのアート知らないの?」
俺はハロウィンの様なものを想像していた。時期的に大丈夫なのか心配したがそれは俺の勘違いだったみたいだ。
「あとね月夜にかぼちゃ越しから見る瀬戸内海がとても素敵なんだって。ずーっと眺めてたら雲が龍の形に見える時があるんだって。それを見れた人は幸せになれるって言い伝えもあるのよ。信じるでしょ?」
「信じて誰も傷付かないのなら信じる主義だよ」
「素直でよろしい」
そう言って曜子は俺を指さした。幼い子が指すように無邪気な笑顔を向けて。時折可愛く見える時があるのは見える顔の角度の問題だろうと自分に言い聞かせた。幼い子の仕草をするのが可愛いとか思ってそれがロリコンに繋げられたりしたら困るからだ。他人のコンプレックスにとやかく言うつもりはないが世間様から良く思われていない、つまり事件になりやすいコンプレックスに間違われるのは
好ましくないのだ。
「あとねぇ美味しくて甘い物食べて温泉入って夜はリラクゼーションでマッサージしてもらうの!」
夢が願望になり、そしておねだりになっていく姿を見て俺は小悪魔だなと思った。
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