第13話 ファミレス
「本当にここで良いのか?」
「うん。ホントはバッグ取り返してくれたお礼に私がご馳走しなきゃいけないんだし」
俺は曜子と二人でファミレスに来ていた。陽子お勧めのシフォンケーキがある店は制服で行くような雰囲気じゃないしまた今度ということでファミレスになった。俺に金が無いようにみえたかな?陽子なりの気遣いだとしたら案外優しい一面があるんだな。
「それにウタル、お金持ってなさそうだしね。フフフ」
前言撤回だな。
「ここ、新しく出来たばかりだから一度来てみたかったの」
「チェーン店なんだし何処も味は同じだろ?」
「レシピは同じでも微妙に違ってくるし盛り付け方で味も変わってくるのよ」
「へー、そうだったのか」
「そんなわ けないじゃん。なんでも信じちゃうのね」
この野郎、と思う前にバカみたいな話を普通に信じた自分が情けなくなる。
「さっきのエメラルダもそう。なんでも疑問にもちなさいよ。フフフ」
陽子は楽しそうに俺をおちょくってくる。少しだけ沈黙があってから
「私、もうすぐ死んじゃうの」
「この流れでその話を信じるバカはいないよ」
「……そうだよね。けど、バッグ取り返してくれてホントにありがとね」
「大事なものとか入ってた?」
「おばあちゃんがくれたペンダント。ずっと大事にするっておばあちゃんとの約束だから」
「そか。じゃあ取り返した甲斐があったな」
「それよりさっきの黒い奴、わさび屋の嫌がらせなわけないよね。ちゃんと説明してちょうだいよね」
ち ょうど頼んでおいた美味しそうなパンケーキが運ばれてきたが、マズイ話になった。
俺はドリンクバーのコーヒーを注ぐ為に席を離れた。どうしたものか。昔のヒーローじゃないし正体がバレたからと言って星に帰らなければならないとかじゃないし。
適当に誤魔化して話が広まるよりきちんと説明して口止めしといた方が後々良いのかな。
考え事しながらだとアメリカンかエスプレッソかも決めれずドリンクバーでボーっと突っ立っていたら、若造に声を掛けられた。
「オッサン、悩んでないで早くどけよ」
「ハハハハハ」
「あ、あぁすまんな」
ドリンクバー近くの席に数人暇を持て余してますって感じのチャラチャラした若造が、行儀悪く座ってこっちを見ながら笑っていた。
ここは新し く出来たと言っていたが、どこでもこういった連中っていうのはわらわらと湧いてくるんだな。
こういった連中は群れると態度が大きくなるが、一人になるとそうでもないんだよな。もしくは店員とか自分より確実に弱者には強がったりするが。カッコ悪いって言うのに気づかないのは年頃のせいか躾の責任か。
そんなことを考えながら順番を待ってやっとコーヒーを注いで席に戻ったら少々ご機嫌斜めらしく
「遅かったじゃないの。罰としてウタルのパンケーキ少し頂いたわよ」
俺が頼んだパンケーキにはミントしか残っていなかった。
「美味しかったからさ、もう一度頼むのをお勧めするわよ」
「曜子がお勧めするなら仕方ないね」
少しはご機嫌が直ったようだ。これもパンケーキのおかげなら安いものだ。女性を扱うのは不慣れだから機嫌を損ねた時の対処の仕方なんて甘い物を食べてもらう以外知らないからな。
「さぁさっきの話の続き。黒い奴の正体教えてよ」
「んー。曜子がさっきの黒い奴が見えてること自体が謎のはずなんだよ」
「はず、ってどういうこと?」
「これは特殊に作られた眼鏡なんだけど、さっきの黒い奴は“W”って呼んでるんだけど“W”はこの眼鏡をかけていないと見えないはずなんだよ」
「へー。けど実際私にはしっかり見えたよ。眼鏡もコンタクトもしてないけど」
「おかしいよなぁ。見えないはずなんだけどな」
「はずってなによ」
「いやぁ俺も今日この仕事に採用されてそのまま実習してたから詳しくは分からないんだよ」
「え?なに?今日が初めてでいきなり死にそうになってたの?」
「まぁそういうこと。死ぬ前に所長が助けてくれてたと思うから死んではないと思うけどね。ただ聞いてたのより“W”が大きくて狂暴だったけどね」
「仕事初めでその“W”っていうのを退治して女子高生を救って私に出会えて、今日は人生の運命的な日だね」
最後の曜子に出会えたのが運命的な日かどうかは置いといて、確かにニートだった昨日までに比べたら今日は俺の運命を変えた日であることは間違いないかもしれないな。
その後も曜子は“W”のことを茶化しながらも眉唾物のような感じではなく現実的として聞き入れてくれた。こんなところは素直な子なのだろうか。単純と言えばまた不貞腐れるだろうから言わないでおこう。
「ウタルはずっとこの仕事を続けていくの?」
「まぁ本採用になれば給料もいいし、命の危険は自分の努力不足ならこれから改善できるだろうし、それに」
「それに?」
「“W”の仕組みは良く分かっていないけど“W”を退治することで人が本来の心を持って世の中が少しでも平和になっていく手助けができるなら続けていきたいなと思っているよ」
「ふーん。今日採用されたばっかりでもう夢を追いかけてるモードになってるんだね」
「素直なオトナだろ?」
「単純なだけじゃないの?」
「お前なー」
曜子は嬉しそうな顔で自分のシフォンケーキを食べて満足げだった。俺はまだ食べていない追加のパンケーキが待ち遠しかった。
曜子と“W”の話をしている時も、ドリンクバーにいた若造達はウエイトレスのお姉さんにちょっかいを何度もだしていた。
ウエイトレスは困った様子だったが仕事なので仕方ないという諦めもあったのだろうか。時折男性のスタッフが歩いて店内の空気をたしなめる様子も見られた。
その若造共は店を出たと思ったが駐輪場で馬鹿みたいな、いや馬鹿の大声ではしゃいでいる。窓際に座っている俺たちからはその様子が見たくなくても視界に入ってくる。
若造だし大きな犯罪もしてないだろうから俺は“W”退治の練習になるのではないかと閃いた。それに曜子にまた“W”が見えるのか確認がしたかった。もしかしたらあの時だけだったかもしれないし、“W”の大きさや形で変化があるかもしれない。
「今から駐輪場で騒いでる大馬鹿野郎共の“W”を退治してくるから、また“W”が見えるかどうか確かめてみよう」
「万が一さっきみたいなヤバイ“W”だったら逃げるんだぞ。俺も逃げるから」
「ウタルは逃げる前提の勇者なんだね」
「勇者見習い研修中だからいいんだよ。だいたいレベル1の勇者の最初の敵はスライムって決まっているんだよ」
「じゃあ表の若造達はスライムレベルかな?」
「女子高生に若造とか言われてるからスライムレベルだろうな。とにかく良く見て“W”が出たらサイン送るからヨロシク」
表の駐輪場に行きながら今一番心配しているのは、パンケーキがまた曜子に食べられないかどうかだった。
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