からからカラッポからカケラ

山本冬生

第1話~あなたに素敵な出会いがありますように~

「キミにとって、救いじゃないかもしれない。それでもボクは、キミを助けてもいいかな?」

 悲しそうに微笑む、夜空を思わせる神秘的な少女は、今日もそう、誰かに問いかけていた。


 暗い夢のひとときが終わり、私の意識が舞い戻る。空は晴れやかで、風は穏やか。周りにはシロツメクサの大群。それ以外の空間は切り取られたかのように存在しない。それだけでこの世界は完結している。

「あーあーあー?」

 私の意識がはっきりしているかを確認するためだろう。この空間の主が急に私の目の前に現れた。宙に浮かぶ四つ葉のクローバー……の葉の部分に、目と口と思われる点が三つついた生きもの。茎の部分にはご丁寧に二つの葉が腕のように生えている。

「……今回は、お前が起こしてくれたのか」

 私がそう訪ねると、その生きものは嬉しそうにくるりと回る。

「あーあっ♪ あーああーっ♪」

「ははは。ありがとう、四つ在。お前が僕を思い出してくれたおかげで、僕はまた人目に触れることができる」

 よつあ。このコの名だ。周りは親しみを込めて、あーちゃんと呼んでいたはず。私は昔から四つ在と呼んで馴染んでいるから、今さら呼び方を変えるつもりはない。

「あー……あーああーあ?」

「いや、いい。今回は姪と甥に会いに行こうと思う」

 そうだ。あのコたちに会うのがいいだろう。あの姉弟はなにかと目が離せない。

「あーあっ♪」

「ああ、共に参ろうか」

 四つ在に連れられて、私は可愛いあのコたちの元へ向かう。

 くるり、くるり、くるりと回る四つ在。

「あ~♪」

 回り終えたら一声発する。それが四つ在の、世界の渡り方。

 合図が終わればシロツメクサだらけの四つ在の世界から姪の世界へ様変わり。

「相も変わらず、散らかり放題というわけか」

「あー……ああー」

 四つ在に習い、私も裸足の足を宙に浮かせた。ふわふわと浮かびながら姪の世界を飛行する。姪が住む場所はビルと呼ばれる高い塔に囲まれた中に、ぽつんとひとつ佇む小さな家だ。ビルより外の敷地は、例えば草木が生い茂る森のような場所があったり、コンクリートと呼ばれる敷居が地面に敷いてあったり、かと思えば海岸が広がっていたりと、有り体に言えばなにもかもがごちゃ混ぜになった空間だ。私たちが降りた地面には赤や茶色の煉瓦が敷き詰められている。すぐ近くには「イルカの影」と書かれた、大きな看板を掲げる店が見えた。しかし今は特に用がないので中には入らない。家に姪がいなければ、恐らくこの店にいるのだろう。あのコはこの店を気に入っているのだから。少し後ろ髪を引かれながらも、私は次の場所を目指した。

 しばらくふわふわ浮いた状態で進むと煉瓦から背の低い草が生い茂る庭に出た。その庭近くには「癒し処」と書かれた建物が置いてある。あのコが家に居らず、店にもいなければ、次はここだろう。私たちはあのコが造った世界を楽しみながら、あのコたちの住む家へと向かった。

「お邪魔します、と」

「ああー」

 実体のない私は扉をすり抜けて中に入り、四つ在はドアに設置された手紙入れから中に入った。

 家の中は、外からだと小さく見える家だが、中はとても広く様々な扉が閉ざされたまま配置されている。客間、と呼ばれるであろう場所に進むと柔らかなソファーと呼ばれる長椅子が置いてあった。私は形だけでもとソファーに座る振りをする。

「あーあーあ、あーあーあー」

「うん? ああそうだな。必ず会えるわけでは、なかったな」

 なにぶんあのコはよく出かける。入れ違いになってしまったとしても、なにも不思議なことはない。少し寂しくはあるが、こればかりは仕方のないことだ。

 私がそう諦めて俯いていると、ギィ……と音を立ててひとつの扉が開いた。その音に沈んでいた私の気持ちと共に、私の長い髪の先端もふわりと反応し浮かび上がった。

「あれ、リアンじゃん。あーちゃんも。なに、なんの用?」

 開いた扉から出て多少ぶっきらぼうに話しかけてきたのは、氷河を思わせる白に薄ら青みがかった髪の少年。髪の長さは肩に届くくらいもので、家の中にいてもいつもの白く長いコートを羽織っていた。そして、あのコとよく似たハチミツ色の瞳。弟の方である、私の甥だ。

「おはよう、とでも言っておこうか。トロン、カヨカはいないのか?」

 トロンへ挨拶を済ませると、私はいつでもすぐどこかへ出かけてしまう姪、トロンの姉であるカヨカの行方を尋ねた。

「おねーちゃん? おねーちゃんなら手紙選んでるよ? ほら」

 トロンが出てきた扉の中を覗くと、そこには大量の紙、いや手紙が床にまで広がり雪崩を起こしていた。以前来たときは、なんとか山の形を保っていた手紙が、最近になってついに崩れたか。手紙の山の近くに、凛とした佇まいで背筋を伸ばし立っているひとりの少女がいた。その少女は私が入る前からひとつの手紙を手に持ち、静かにその手紙を見つめていた様子だった。

「カヨカ」

 声をかけてみたがカヨカは一向に私の存在に気づかない。

「にしても、誰かに思い出されない限り眠ったままどっかに消えてるリアンが起きたってことは、今回はあーちゃんがリアンを思い出したってことなんでしょ?」

 カヨカがなにかに集中しているときに無視されるのはいつものこと、それに気を利かせたのかトロンが私たちに話しかけた。

「お察しの通り」

「あ~っ♪」

 その問いに答える私と四つ在の嬉しそうな声に、手紙を見つめていたカヨカがぴくりと反応する。

「……なにか、用でもあった? リアン」

 平坦な、しかしどこか気遣わしげな声が少女から発せられる。手紙を持つ手を下ろし、ようやくこちらに意識を向けるカヨカ。だが背を向けたままで、愛らしい顔は見えない。

「会いたいからという理由だけで、会いに来てはダメなのか?」

「そんなことっ! ない、けど……」

 私の言葉を強く否定したカヨカは、勢いよく振り返った。そしてにこにこと笑う私を見て動揺した自分を恥じたのだろう。言葉尻がだんだん萎んでいった。

 カヨカは人の気持ちや考えを否定しない。そのようなこと、このコにはできない。だから動揺した。私の会いたいという気持ちを否定してしまったのかと、勘違いした。カヨカはいつも、自分の気持ちを押しやってでも誰かの想いや感情を優先してしまうところがある。だから私はカヨカがこちらを向いてくれるように、あえてカヨカの優しさを利用した。カヨカのことを知っているからこそできる、意地の悪い質問。故に効果は絶大であった。そしてカヨカはやっと、ハチミツ色のその瞳を、私の目と合わせてくれた。やはりあのコの子どもたちだ。この姉弟のハチミツ色の瞳は、いつ見てもキラキラと輝いて見える。

「あ、そーだ。おねーちゃんのために、ちょっと甘いの取ってくる。リアン、おねーちゃんがどっか行かないよう見張ってろよ?」

 ぽんと手を打って、トロンはそう言うと部屋から出て行った。その言い方から、先ほどトロンが扉から出てきたのは私たちが来ていることを察して、というわけではなかったらしい。そうだった、トロンはどうしようもないほど、カヨカが大好きなのだ。トロンが行動する理由の大部分は、姉のためでほぼすべて埋まっている。

「ははは。トロンも変わらず、カヨカも変わらずか」

 目を離すとすぐふらふらとどこかへ出かけてしまうカヨカが嫌だったのだろう。しっかりと釘を刺して出て行くのがトロンらしい。そんなトロンの態度に私が笑って語りかけると、カヨカは悩ましげに息をついた。

「……トロンは甘いの苦手だから、きっと苦いの取ってくるんだろうなー。ボクのと間違えて、吹き溢さないといいけど。まったくトロンは……いくつになっても、おねーちゃんと一緒がいいんだって」

 見た目は双子と言っても差し支えがないほどそっくりなふたりは、意外と味覚は反対なのだ。甘いもの好きなカヨカと苦いもの好きなトロン。けれどトロンは姉であるカヨカにべったりなため、似たような見た目の飲み物を持ってくるのだろう。それで起こった悲劇は数えきれないらしいことは、カヨカのうんざりとした顔を見れば予想はつく。

 最後の一言だけは、私に向かって言ったのだろう。いやはや参った困ったとでも言いたげにカヨカは目を伏せる。

「見た目はともかく、トロンの中身は二歳くらいなのだろう? 多少のことは大目に見てやるのも姉の務め、ではないのか?」

 そうだ。カヨカとトロンは、見た目だけなら十四歳と言ってもいい。しかし見た目と年齢が合っているのはカヨカだけなのだ。トロンに関しては、見た目と年齢が一致していない。

「そう、だね。トロンには、寂しい思いさせてきたから」

 私にはカヨカがそう思い詰める理由がわからないが、カヨカは自分が原因でトロンが急成長したと考えているようだ。

「あーあー」

 私がカヨカをいじめたと思ったのだろう。四つ在がぱしぱしと私の頭を叩く、振りをする。私に、触れるための肉体がないと知っても普通に接するところが四つ在らしい。そこでふと、私はあることを思いつきカヨカに提案した。

「そうだカヨカ。次にお前が行く手紙(声)の主探しに、僕も同行していいだろうか?」

「リアンも?」

 カヨカがすぐどこかへ出かけてしまう理由、それが手紙の主探しだ。手紙には差出人どころか文字すらも書かれていない。代わりに手紙を開くと声が聞こえる。明確に理解できる声もあれば不明瞭なものもある。カヨカはその手紙の主を探し出し『助ける』ことを目的としている。

 手紙に意識を向け、四つ在のように特定の合図を送ると持ち主のいる世界へと渡り行くことができる。そこからは手紙に巻かれたリボンが、持ち主のところまでひらひらと宙を舞いながら案内する。そういう仕組みだと、かつてトロンは言った。

「なに心配はいらない。僕が誰にも触れられない代わりに、誰も僕に触れることができないのは知っているだろう?」

「いわゆる、誰にでも見える幽霊ってことだよね?」

「その通り。僕のことは空気だと思ってくれて構わない。四つ在と共に上からカヨカを見ているだけだ。それでどうだろうか? 連れて行ってはもらえないか?」

 私の提案に、カヨカは少し唸るが反対したところで勝手についてくると察したらしい。観念したと両手を上にあげた。

「わかったよ。リアンを振りきるのは、ボクがリアンを覚えている限り不可能だからね。それじゃあさっそく」

「行く前に……はい、甘いのでも先に飲んでったら?」

 カヨカの言葉を遮り黒い液体の入ったカップを渡したのは、先ほど飲み物を取りに行ったはずのトロン。しかし渡し方に問題があった。赤いリボンが巻きついた手紙を持ち今すぐにでも出かけようとするカヨカに、私の胸から伸びた手がずずいっと黒い液体の入ったカップを差し出したのだ。

 またトロンは、私の身体をすり抜けてこんなイタズラを……可愛い甥のやることだ、大目に見よう。

 しかし私と違ってカヨカは目を白黒にさせて驚いている。そして気づけば四つ在が水の入ったコップに浸かりのんびりと鼻歌を披露していた。これは出かけるまで、しばらく時間がかかりそうだ。

 私はもう少しだけ、仲睦まじい姉弟の様子を眺めるのだった。

End


作者コメント

これは『私』が想い綴る、私の夢を形とした物語。

リアンの一人称が話すときと心で呟いてるときに違うのは仕様です。

ここまで読んでくださった皆様に感謝を。ありがとうございます。

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