海風(改定版)
ep.1 図書館
太陽のジリジリと焼けつく様な暑さと、蝉達が愛を、番を求めて合唱をしている真夏日。
肩までのチョコレート色の髪を耳にかけながら、
「水乃ちゃん」
ふと、水乃の真っ白なノートに影が落ちる。
まるで声変わりが済んでない、青年にしては少し高めの声が降ってきた。
「凪、遅かったわね。ここ、分かんないからさっさと教えなさい」
水乃が横暴な態度で、教科書を開いて押し付ける。
ミルクティー色の癖っ毛を揺らし、少し大きめの丸い眼鏡をした凪と呼ばれた青年。
「暑いわね」
暫く凪の説明に耳を傾けながら、ノートと教科書を交互に目をやっていた水乃がボソリと呟いた。
空気の停滞か、慣れか。
水乃の顔はほんのり赤い。
本当に暑いのだろう。
「今年は去年より暑くなるらしいですよ」
「嫌だー。アイス、アイスをたらふく食べたい。凪買って来てよ」
「もう、無茶言わないで下さい。図書館でアイスなんて食べたら図書員の方に大目玉です。それに水乃ちゃんがお腹を壊しちゃいます」
「むー、じゃあ怖い話する」
「何でそうなるんですか」
暑さに頭をやられたのか、水乃は何話そうかなと頭を悩ませ、唸る。
そもそも怖い話は聞く側が寒くなるので「何故?」と凪は思った。
口にはしなかった。
言わぬが花、と言うやつだ。
多分、水乃も分かっている。
単に僕を怖がらせたいだけなのだろう。
凪は、水乃の事をそう
「んー、あ。ねぇ、こんな話知ってる?」
水乃はパッと、顔を凪に向け話し始める。
「人って死ぬと、死んだその日から45日間
心残りを解消して、成仏する為に」
図書館なので声をひそめて、しかし雰囲気作りは忘れず凪に語る。
「けれどね、45日を過ぎても成仏出来なかった幽霊はどうなると思う?
あの世に行けなくなるんだ。
あの世に行けなくなった幽霊は、この世の不浄に汚染されてやがて―――――――――
悪霊になるんだって」
「…………」
「この図書館にも、そんな悪霊が居るかもね」
水乃が話し終えると、凪は不安そうに顔を歪める。
「…………怖かった?」
してやったりという表情を浮かべ、不安そうにしてる顔を覗き込むようにして感想を聞き出そうとする。
「それ、僕に聞きますか?」
「まぁ凪は怖がりだからねぇ。
感想なんて決まってるか。
でも、そんな怖かった?
こんなの所詮、生きてる人間の創作よ?
怖がってる方が馬鹿じゃない?」
「僕は、そういうのは信じるタイプなので」
「アンタは考え過ぎというか、思い込み激しいというか。
そういうところ治した方が良いわよ?」
「はぁ、ところで水乃ちゃん?」
ケラケラと、小馬鹿にするように笑う水乃に凪はツンツンと教科書を指差す。
「いい加減宿題進めないと、ね?」
「………………」
表情を固まらせる水乃をよそに、今度は凪が笑う番だった。
しかし水乃とは違い、彼は穏やかに笑っていた。
ep.2 アイスキャンディ
太陽が下がり幾分か過ごしやすくなった頃、図書館を出た水乃は食べたがっていたアイスをコンビニで買う。
行儀悪く、しかし美味しそうに頬張りながら帰路に就いていた。
凪はというと、そんな水乃を微笑ましそうに見ており、それに気づいた水乃は照れ臭くなったのかそっぽを向いた。
「…………」
「そうだ、水乃ちゃん」
凪は思い出したかの様に話しかける。
「海に行きませんか?」
唐突な申し出にそっぽ向いていた水乃が振り返る。
「…………何で?」
「告白したいからです。海で告白ってロマンチックでしょう?」
さらりと、告白する旨を話す凪に水乃は今度は照れもせずまたか、と溜め息を吐く。
「断るの分かっててよくやるわね」
実は凪の告白はこれが初めてではなく、この一ヶ月近くの間何度もされていた。
その度に、水乃はあっさりと断ってしまうのだが。
「でもその割には、僕から離れたりはしないですよね?」
「だって、お隣同士の幼馴染だもの。
どうしたって一緒になるわよ」
「そういうものですか?」
「そういうものじゃない?」
断られると分かっていながら告白する男と、告白されると分かっていながら離れない女。
傍から見れば良く言えばまるで無自覚バカップル、悪く言えばなんとも歪んだ関係に一体いつからなってしまったのか。
水乃は少し考えて頭に痛みを覚えた。
「……で、海。どうします?」
話は逸れたと、ばかり思っていた水乃は面を食らった。
「凪、アンタって意外と…………
はぁ。暇だったらね」
「行くのは8月31日にしましょう」
「残念ながらもう学校が始まるんだよね〜、本当に残念ながら。」
「土曜日なのでお休みです」
「…………」
「…………」
「……………暇、だったらね」
凪はにっこりとそれはもう、わかりやすい程に微笑んだ。
ep.3 凪の忘れ物
8月26日。
学校のチャイムと共に約一ヶ月の天国期間が終わり、水乃は
項垂れていたと言っても、流石に公衆の面前でだらける訳にもいかず心の中で悪態を付いていた。
ザワザワと周囲の声が聞こえる。
『夏休みどうだった?』
『夏祭りは行った?』
『旅行楽しかったー』
『宿題終わった?』
『そういえばこの前…………』
『〇〇があったらしい』、といった噂や話題で盛り上がる教室は学年が上がる際に数少ない友人と別々のクラスになった水乃にとってはただただ、
ちなみに水乃は1組、凪は5組と一番離れた教室だったりする。
水乃は気まぐれに凪はどうしてるのかと考え、先生が来るまでの束の間に目を閉じた。
放課後を知らせるチャイムが鳴る。
また騒がしくなる教室。
水乃は教室に用はない、とそそくさと荷物を
下駄箱まで早足で着くと、凪とはまた違う低く落ち着く様な声に呼び止められる。
「おーい七瀬、ちょっと良いか?」
「え、生徒会長?」
水乃を呼び止めたのは、学校の生徒会長を務める、学園ではちょっとした変わり者で知られる男だった。
しかし、水乃は生徒会長と滅多な事では関わらない。
故に水乃は彼の名前を忘れている。
だから、彼に声を掛けられる事そのものが珍しい水乃は何の様だと首を傾げてしまう。
すると生徒会長はおもむろに鞄から可愛らしい花が付いた髪飾りを差し出した。
「これは?」
「
「!」
生徒会長が丁寧に水乃に手渡す。
「生徒会室の
そうだった、と水乃は思い出す。
凪は2年にして副会長を務めていた。
性格は温厚、見た目も中性的で
その上、勉強も得意で副会長も務める優等生。
高校デビューが成功してしまった凪は女子にとっては優良物件の様な人だった。
島崎凪専用の隠れファンクラブが設立されて久しい。
なんとも属性欲張り男だったと。
そんな彼に、告白されてる水乃が断る理由は一言で言えば「意地」だった。
水乃は何が何でも、凪からの告白を断ると決めている。
「……七瀬?大丈夫か?」
「……あ、いえ。
大丈夫です。これを届ければ良いんですよね」
生徒会長から名前を呼ばれ、自分がいつの間にか茫然と考え事をしていた事に気が付いた。
水乃は生徒会長の意図を汲み取り、任せてくださいと軽く笑みを作った。
しかし、生徒会長は首を横に降る。
「いや、多分コレは……
七瀬に渡す物じゃないかな?」
「え?」
「まぁアレだ。
多分、渡す勇気が無かったんだろうなって。
だからホラ、先輩としてのお節介…………ってやつ?」
生徒会長は、気まずそうに頬をかく。
水乃は呆気に取られながら生徒会長の仕草をただ眺めた。
「あー……うん。取り敢えずそれは七瀬が持ってるべき、だと思う。」
生徒会長は「それだけ、じゃあな」とその場を後にした。
水乃の手には、紫のシオンを模した装飾の髪飾りを残して。
ep.4 紫苑の髪飾り
「あぁ、確かにそれは僕が君に渡そうと思って買ってた髪飾りだよ。
でもそっか、無くしたと思ってたんだけど生徒会室にあったのかぁ」
当たり前の様に隣に来た凪に水乃は髪飾りの経緯を話した。
放課後、太陽が世界を
水乃は家に直接帰らず時計の短い針と長い針が「6」に重なり合った頃に近くの公園に行き、大きな木の下のベンチに腰をかけた。
そしてそのタイミングを見計らったかの様に凪が隣に座って来たのだ。
「まぁ、正直私への贈り物かなぁとは思ったよ?
散々好きだって告白されてきたし」
そう言う水乃の頭にはシオンの髪飾りが付いていた。
「水乃ちゃんって意外と……いや、いいか」
「何よその含みのある言い方」
ジト目で凪を見る水乃。
その水乃の視線から逃れようと凪が明後日の方向に顔を向けた。
「…………ところで、さ」
先程と打って変わって、どこか真剣味を帯びた声が水乃の口から発せられる。
「この間の海の件なんだけど……」
「海」という単語に凪はハッとし、勢い良く水乃に顔を向ける。
「良いよ。海、行こう」
「えっ……あ、何で?」
自分から誘っておいて。
何故、心の底から驚いた顔をしてるんだこの男は。
水乃は心の中で悪態付きつつ、耳元に付けたばかりの髪飾りに手を添える。
「髪飾りの、お礼」
ep.5 追想
8月31日。
ガタン、ガタタン
ガタン、ゴトン
古臭い汽車に揺られる。
向かい合う形の四人席に水乃と凪は座って居た。
お互いに会話は無い。
水乃は汽車に揺られながら目的地に付くまで『今まで』を思い返していた。
水乃と凪は家が隣同士であり、お互いの両親が元同級生で仲が良かった。そして同様に仕事もお互い忙しかった。
そしてどちらが言ったか。
「もし片方が余裕あれば、もう片方の家の子供を預かり合おう!そうすれば安心だ!」
そして水乃の家が忙しくなればその間凪の家に厄介になり、凪の家が忙しくなれば水乃の家に厄介になるという決まりが出来た。
そうなれば兄妹の様に仲良くなるのは自然な流れだったのかもしれない。
なにより水乃はどうにも不器用で素直になれない性格だった。
それを優しく受け入れてくれた凪に好意的な感情を持つのは例え出会いが違っても同じ結末になったと水乃は思う。
あれはいつ、だったか。
幼稚園、そう幼稚園に通っていた頃の小さな思い出。
水乃の性格が原因でクラスの中でのカースト上位の、
当時、水乃は幼稚園の備品を壊したと濡れ衣を着せられそうになった事がある。
誰もが水乃を犯人と決め付け、そこに居た先生すらも困った様に水乃を見つめていた。それでも水乃は強がっては決して泣かなかった。
しかしそんな中唯一声を上げて「水乃ちゃんはやってない!」と言ってくたのは凪だった。
普段大人しい性格の凪が。
あの時だけは声を張り上げ、「違う!」と最後には大泣きしてまで水乃を庇った。
凪に何でアンタが泣くんだと、こ突きつつ漸く涙をポロポロ零す事が出来たのだ。
…………あの日から兄妹としての「好意」が変質したと水乃は思い返す。
今よりも涼しく、それでもやっぱり暑い45日前の夏。
高校2年生の水乃は凪と歩いていた。
水乃達の住む場所は都会と言うには緑が多く、田舎と言うには建物が多い、そんなどっち付かずな所だった。
水乃達は駅に向かっていた。
「今年こそ海で楽しむわよ!」
以前、中学生の頃二人だけで海に出かけようとした事がある。
本当は他の友達と行く予定だったが、前日になってドタキャンされたのだ。
両親が忙しく、生まれてこの方海に行ったことが無かった水乃にとって海に行くことは楽しみで仕方なかった。
諦めきれなかった水乃は、「ならば凪と行く」と言い出し、父親と喧嘩したのだ。
未だに何故、父があそこまで怒っていたのか分からない。
結果、海に行くことを禁止されてしまった。
解せない。
今年、ようやくそれが解禁になった。
来年は受験地獄になるからせめてもの、というやつらしい。
水乃は当たり前に凪を誘い、凪もそれを受けた。
その日は、海に行く日だった。
駅に向いながら長年の海への楽しみの他にお互いこれからの事を察しながら
丁度、駅まであと半分くらいの位置で立ち止まったのは偶然でしかなかった。
珍しい鳥を見つけて下は何メートルあるだろうと、高さのある橋から柵に手を伸ばし、立ち止まってほんの少し鳥を観察していた。
水乃のキャスケット帽子には可愛らしい白いダリアの造花が添えてありとても可愛くて気に入っていた。
帽子は昨年の誕生日に彼から貰ったものだった。
流石幼馴染、好みを分かってるなと鳥を眺めながら仄かな幸せの中に微睡んでいた。
そこに一陣の強風が水乃達を通り過ぎる。
強風、凶風、恐風、狂風。
あぁ、あの風に相応しい当て字は何だろう。
風は水乃の帽子を攫いあまつさえ橋の外に出そうとした。
そして「彼」が掴もうとした。
掴もうとしたのだ。
…………不運だった。
不運だったとしか言い様もない。
勢いに乗って手を乗せた橋は接触禁止と立て札が掛かっていた。
長年の劣化により寿命が残り僅かだったらしい。
そのままの勢いで彼は川に落ちた。
そして更に不運だったのは、石があったのだ。
少し川からはみ出る、子供が足場にして渡るような石。
位置が悪く、彼の頭はその石の上に落ちたのだ。
流れる水は彼の血を帽子と共に何処かに流していく。
水乃はそれをただ呆然と、眺めていた。
救急車を呼ぶといった思考は、その時にはすっぽり抜け落ちた。
45日前、7月18日。
それは奇しくも私の誕生日で。
45日後の今日、8月31日は奇しくも彼の誕生日だった。
…………何故、誕生日に最悪なプレゼントをした彼に私が彼の喜ぶモノをプレゼントしなきゃならないのだ。
これは、そう。
一種の復讐なのだ。
ep.6 嫌い
「悪霊になれば良い」
夏最後の日だと言うのに人が居ない静かな海に着いて開口一番、何とも物騒な事を言う水乃に凪はいつもと変わらぬ穏やかな苦笑を浮かべた。
「それは、困りました。悪霊になって水乃ちゃんに迷惑かけたくないのですが……」
「私の誕生日に最悪のプレゼントしてくれた人に、渡す物なんて何もないわよ」
「そ、れは……すみません」
なおも穏やかな表情と、口調を変えない凪。
水乃はそんな凪に苛立ちが募る。
「大体何その敬語?
女のコにモテる為にでもやってる訳?気持ち悪い」
「え?い、いやそう言う訳ではっ…………」
「慇懃無礼って言葉知ってる?
自分は他の有象無象と違うって鼻で笑ってんの?」
「なっ!ち、違います!僕はただ!」
「それに、こっちは告白断ってんのに何回も告白してきて!
そういうのストーカーって言うのよ!」
「す、ストーカー…………」
流石にここまで言われて落ち込む凪に対して、更に苛立ちが募る。
そうして溢れ出る罵詈雑言を吐き出す。
凪は少し慌てたり傷付いた表情をしつつも、次第に慣れたのかまた穏やかな表情に戻り水乃の怒りはついに頂点に達した。
「わ、わた……っ私は……、凪なんか大っ嫌いなの!!
さっさと悪霊にでも何でもなってこの世に留まってれば良いのよこの死に損ない!!!」
大粒の涙が白い砂にポタポタと溢れる。
いつかの日の様だと興奮した頭と違う部分で考えていた。
「水乃ちゃん…………」
「嫌い!!……っ嫌い……き、らい…………」
水乃は壊れたレコードの様に嗚咽混じりに嫌いと繰り返す。
ep.7 花言葉と本当の想い。
あの日、凪が橋から落ち命を落とした日。
凪は未練と共に水乃の元に来た。
そして死した者が自然と理解する「決まり」を水乃に話した。
それは水乃が図書館で我が物顔で話した怪談の内容の一部だった。
ー45日以内に未練を解消してあの世に旅立たないと大変な事になるー
そして凪の未練は「水乃への告白」だった。
他にも未練になり得るものはあっただろう、家族への感謝や友やあの変わり者と言われてる生徒会長への別れの言葉、他にもあった筈だ。
それでも凪は最後に水乃への想いを伝えたかったのだと言う。
それが水乃にとってどんなに残酷な事なのかを理解した上で。
「き……らい……嫌い……き……ゴホッ!」
水乃はあれから何十、何百回と嫌いを繰り返した。
ほぼ休まず言い続けた事では一時的に喉にダメージが行き咳き込んだ。
「水乃ちゃん!!」
咄嗟に駆け寄ろうとする凪に水乃は後ずさり喋れない喉の代りに拒絶を示した。
そしてそれを察した凪は足を止める。
暫く沈黙が包み、水乃の声も次第に戻ってきた。
「……ねぇ凪」
「……うん」
先程と打って変わり静かに、ポツポツと言葉を落とすように水乃は語る。
凪も静かに耳を傾ける。
「私が、凪に貰った帽子を風に飛ばしたあの日。
凪が帽子を取ってくれようとして、死んだ日」
「…………」
「本当は、すぐ電話すべきだった。
すぐ電話して救急車とか呼べてればもしかしたら凪が助かったかも知れない。
ううん、あの日あの帽子を付けてなければ。
鳥を見つけてなければ…………私が海に、行きたいって言わなければ」
「…………」
「誰も、責めないの」
「…………」
「お父さんもお母さんも、凪のお父さんもお母さんも。誰も」
「…………」
「責めて、欲しかった。
誰でも良いから、責めて欲しかった。
責めて…………凪が死んだ事を無理矢理にでも受け入れさせて欲しかった」
「…………」
「信じ、られないの。
凪が死んだこと。
だってこうして私の前に居て、好きって言ってくれて……」
「…………」
「自分のせい、とも思いたくないのかも。
お医者さんがね、コッソリ言ってたの。
『もっと連絡が早ければもしかしたら』って。」
「…」
「…ねぇ、凪。だから、ね?」
____私を恨んで____
私は恨まれる人間だ。
悪霊になってでも恨むべき人間だ。
そう、言外に含まれた意味を凪は正しく理解していた。
そしてまた、沈黙が二人を包む。
静かな波音が嫌に心地よく響く。
「水乃ちゃん」
そんな沈黙を破ったのは今度は凪だった。
凪は優しくまるで泣きじゃくる幼子を宥める様に水乃に語りかける。
「僕が死んだのは水乃ちゃんのせいじゃない。不幸な事故だったんだよ」
「…………」
「それに僕は僕のあげた帽子を被って来てくれた事が嬉しかった。
二人で珍しい鳥を見つけられた事が嬉しかった。
海に行くお供に僕を選んでくれた事が……すごく、嬉しかった」
「…………」
「不幸な事故だったのに、水乃ちゃんを責めるなんて。
水乃ちゃんのお父さんお母さんも、僕の父さん母さんもする訳ないじゃないか。」
「…………」
「きっとお医者さんは自分の腕が悪いから僕を死なせたんじゃないですよって、周りにアピールしてただけなんだよ、きっとそう!……ってこれは流石に失礼かな?」
凪は頬を掻きながらあはは、と苦笑いを溢す。
凪の口調はいつの間にか、昔みたいに戻っていた。
「…………」
「……ねぇ、水乃ちゃん」
「…………」
「シオンと白いダリアの花言葉って知ってる?」
「………知らない」
「白いダリアは「豊かな愛情」「感謝」。
シオンは「君を忘れない」「追憶」。
僕この花言葉、つい最近まで知らなかったんだ。
花は好きだから、つい水乃ちゃんへのプレゼントで選んじゃうんだけど……
何だか今すごくピッタリだなって」
「ピッタリなんかじゃない!!」
水乃はそう言うと付けていたシオンの髪飾りを力任せに取り凪の方に投げつけた。
しかし髪飾りは凪の体をスルっと通り抜けてポトリ、と物悲しげに砂の上に落ちた。
「僕はね、不器用で素直じゃないけどとっても優しい君が好きだよ」
「…………」
「僕がからかわれてた時、真っ先に助けに来てくれた事、ずっと感謝してる」
「……っ」
「……例えあの世に行ったって、君を想う気持ちは変わらない。絶対。」
「…………あ」
「だから水乃ちゃんも忘れないでいてくれると、嬉しいなぁ」
ふと周りはオレンジと紺色が混じり合っていた。
タイムリミットは________
もうすぐだった。
「水乃ちゃん」
「……凪」
「好きだよ」
「嫌い」
「大好きだよ」
「大嫌い」
「心の底から愛してる」
「心の底から憎んでる」
「君を恨んでないよ」
「私を恨んでよ」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「好きです。ずっと」
「ずっと!好き、だったっ!………」
フッと風が吹いた。
あの日、帽子を奪った様な強い風ではなく。
優しい、包む様な、どこまでも優しい風だった。
「そこには」髪飾りを握りしめた少女だけが、一人が取り残されていた。
fin
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