第121話 今も昔も変わらない

「………ってことで今の状況になってるんだ。」

「ふ〜ん………なるほどね。」



 静香は、俺の話を最後まで黙って聞いてくれた。そして、最初に出た言葉は呆れや怒り、悲しみ、そんなものが入り交じった声だった。



「やっぱりこんな話を聞いても楽しくともなんともないだろ。結局妹の麗華まで傷つけちゃったんだから。」

「確かにこんな話を聞いて楽しいとは思えないわよ。…………そもそもあなたが辛そうにしてる時点で私にとっても辛いのよ。」

「え?」



 俺は、静香が言っていることに理解出来ず首を傾げてしまった。

 でも、それを言った本人は恥ずかしかったのか耳まで真っ赤に染めてそっぽを向いてしまった。



「………それで、あんたはこれからどうしたいの?その優奈っていう女と付き合うの?…………好き………なんでしょ?」

「そりゃ付き合えるのなら付き合いたい………けど、俺にそんな資格はないよ。」

「あ〜もうっ!!!うっざいわね!!!」

「っ!?」



 俺が下を向いて言った言葉に対して静香が怒りがものすごく籠った声で怒鳴ってきた。



「何よ、資格って!あんたはいちいち書類上のやり取りがないと恋人すらできないわけ!?親が決めないと結婚もできないわけ!?あんた、前に言ってたじゃない!親の言うことばかり聞く人にはなりたくないって!でも、今のあんたはなってるわよ!!そんな姿、私が知ってる陽一じゃない!私の…………私の好きだったあんたの姿はもっとかっこよかった!」

「っ!」



 静香は、苦しそうに胸を抑えながらそう俺に向かって怒鳴る。きっとこの言葉は考えて言ってるものじゃない。心の底から思ってくれている言葉だ。

 だからこそ胸に響く。強く、激しく俺の心に響き渡る。



「………陽一………もし、その女と付き合わないって言うなら………私があんたと付き合うわ。」

「っ!?な、何言って………」

「あんな美優ってやつに取られるくらいなら私が奪う!」

「………い、いやいや、静香には昔好きだった人が………」

「今好きなのはあんたよ!」

「っ!」



 静香の思いがけない告白に鼓動が早くなる。

 正直脳の回転が追いついてない。俺は、俺の馬鹿さ加減を今になって恨んだ。

 なんて言えばいいのか分からない。言葉が思いつかない。



「………もし、本当にあんたがそんなくだらないことばかり考えてるんなら本当に奪いにいく。もう優奈って女のことも美優ってやつのことも思い出せないくらいにあんたを私に染めてみせる。………これがその第1歩……………んっ………」

「っ!」



 静香は、そう言うと俺に1歩近づき顔をそっと手で抑えて唇を重ねてきた。

 静香の暖かく湿った唇が俺の乾ききった唇を潤してくる。

 正直キスの味なんて分からない。ただ、静香から香る甘い匂いが俺の鼻をくすぐる。

 キスの時ってどこに集中したらいいんだ?やっぱりキスの感触?それとも相手の匂い?なんか大人のキスで舌を入れるとかあったな。

 いや、そんなこと出来るわけないじゃん。そんな余裕ないし。



「…………ん………ふぅ。」



 静香は、少し名残惜しそうに唇を離す。

 そして、少しだけイタズラをした大人の女性を漂わせるような意地の悪い笑顔を浮かべた。



「ふふっ、どう?今は、私にだけしか意識してないでしょ?」

「っ!」



 俺は、図星を突かれて目を逸らしてしまう。



「………でも、これ以上は私は望まない。ううん、望みたくない。」

「え?」

「今のナヨナヨしてるあんたになんかこれ以上は求められないの!付き合わないつもりなら相手にそう伝えてきて!あんたには私がついてるんだからなんの心配もないのよ!」

「っ!」



 これは静香なりの励ましなんだろうか。それとも俺と優奈の関係にさっさと終わりを付けたくてこんなことを言ってるんだろうか。

 分からない。分からないけど、俺の中でハッキリと今答えが出た。



「………俺は………今も昔も好きな人は変わらないよ。」

「………そう………」



 俺の答えを聞いた静香は、寂しそうな声を漏らして顔を下に向けた。

 だが、すぐに顔を上げると少し怒ったようなそれでいて嬉しそうな表情でこう言った。



「………ならっ!もうウジウジしない!今さっきも言ったでしょ。あんたには私がついてるって。……応援してるわよ、陽一。」

「………ああ、ありがとう。」



 やっぱり、静香の表情は寂しそうでもあった。

 それからすぐに和博さんが医者と一緒にこの部屋へと入ってきた。



「……それじゃ、私は部屋に戻るわね。」

「………静香、ありがとう。」

「…………ふんっ、どういたしまして。」



 静香は、そう言うと部屋から出て行った。その後、俺は医者に診てもらいもう大丈夫だということを確認したのだった。

 そして、部屋から出て行った静香は廊下で1人立ちつくし、ほのかに熱い唇に指を当てた。



「…………絶対に奪ってみせる。」

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