第106話 幻かのような話

「あ、そっか。陽一ってどこかで聞いたことのあるような名前だなって思ってたんだけど優奈姉ちゃんの好きな人か!」

「っ!?」

「光くん!?!?!?」



 飯野くんの発言に優奈は、大きく動揺したように目をグルグルとさせる。



「ななななな、何を言ってるのかな!?光くんは!?」



 優奈は、今の言葉を誤魔化すかのように大きく手を振る。

 えっと………俺は、どうすればいいのだろうか。



「え〜、なんで誤魔化してんの?この前、ずっと告白する言葉考えてたんじゃんか。」

「そ、そのことはもういいの!ほ、ほら、校長先生が来たよ!」

「………お兄ちゃん、説明を聞きましょう。」



 今までずっと静かにしていた美優が俺をそう促して優奈から視線を反らせた。

 優奈もいったん説明を聞くべく飯野くんを大人しくさせて前を向いた。

 校長先生は、朝礼台の上に登りマイクのスイッチが入っているか確かめて1つ咳払いしてから説明を開始した。



「え〜、今回はお忙しい中御足労していただきありがとうございます。今回の保護者参加型の『息を合わせろ親子の絆』は、地域の許可の元、この街を一周するという大きなイベントです。もちろん、ただマラソンのように走るだけではありません。保護者と生徒にはペアとなってもらい1枚紙を配りその紙に書かれている指示に従って走ってください。それぞれの場所にはいくつかの催しが用意されてあります。保護者の皆様、生徒と息を合わせて頑張ってください。それでは今から紙を配っていきます。」



 校長先生の説明が終わると先生が数人で保護者に紙を配っていく。

 数分後に俺たちの元にも先生が来て紙を配ってくれた。

 その紙には「A」と書かれていた。



「美優さんたちは、Aと書かれているところから出発して進むんで行くと矢印があるのでその指示に合わせて進んでください。」

「はい、分かりました。」

「それでは頑張ってください。」



 先生は、そう言うと俺たちの後ろの方にいる人に紙を配っていった。

 そして、校長先生の説明が終わってから約10分後。また、校長先生が朝礼台の上に乗った。



「それでは皆様に紙を配り終えたようですね。まだ貰ってない人はいますか?」



 校長先生がそう確認するがそんな人はいなかった。



「では、皆様、指定された位置まで行ってください。5分後にスタートします。」



 校長先生がそう言ったあと、俺たちは指定された場所に向かうべく移動し始めた。



「優奈たちは、なんだったんだ?」

「え!?えっと………その……E……だよ。」

「そっか。俺たちとは違うな。俺たちは、Aなんだ。」

「そ、そうなんだ。……が、頑張ってね、陽一くん、美優ちゃん。」

「そっちも1位取れるように頑張れ。まっ、俺も負けないからな。」

「う、うん、私も負けないよ。」



 俺たちは、そう言って別れた。

 だけど、その後だった。


「……ま、まって、陽一くん!」



 優奈が俺を呼び止めて俺のそばまで駆けつけた。



「どうしたんだ?」

「………その………この競技の後、話したいことがあるの!だから、ちょっと時間貰ってもいいかな?」

「ん?あ、ああ、構わないよ。」

「ありがとう!」



 優奈は、お礼を言うとパタパタと飯野くんの元まで走っていった。



「…………お兄ちゃん………」

「どうしたんだ?」

「この後、優奈さんから何を言われるか分かってるんですか?」

「ん?何をって何?」

「………分からないのならいいです。………もっと警戒しておくべきでした。」



 美優は、大きな溜め息を吐いてAと書かれているところまで向かっていった。

 その時の俺は、1位を取るというやる気で飯野くんの発言をすっかり忘れていた。

 いいや、違う。俺は、優奈からそんなふうに思われてるわけがないと思い、その話自体が幻だったかのようにして記憶から消していた。

 だから、俺はこの後、優奈に呼ばれた理由なんて知る由もなかったのだ。



「よしっ!頑張るか!」

「………そうですね。………私も切り替えましょう。せっかくのお兄ちゃんと楽しいイベントに参加できるんですから。………お兄ちゃん!狙うならやっぱり1番ですよね!頑張りましょう!」

「おおっ!そうだな!よぉ〜し!やるぞぉぉ!!」



 俺たちがそんなことを言いながらAのところまで行くと先生がやって来た。



「では、まず最初の催しとして次の催しがあるまでこの紐で生徒と保護者の足を結んでください。まずは、二人三脚でスタートしてもらいます。」

「………お……おお……」



 なんだかだいぶハードだな。

 こんなに身長差があるのに二人三脚なんて、結構難しいだろう。



「難しいと思いますが親子の絆で頑張って下さい。それでは間もなくスタートします。準備してください。」



 俺たちは、促さるままお互いの足を紐で結びスタート位置まで行った。

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