第92話 サヨナラは悲しいです

 朝食をごちそうになった後、俺はそろそろ帰宅の準備を始める。



「もう帰っちゃうんですか〜。」



 美優は、見てわかるように頬をふくらませていじけていた。



「さすがにそろそろ帰らないと妹からの連絡が止まらないからな。」



 俺は、そう言ってスマホを眺める。今さっきから10分置きにラインのほうに妹からの「いつ帰るの?」という連絡が止まらない。



「むぅ〜、妹さんめ〜。…………今度はこちらから挨拶に伺わないといけませんね。」

「い、いや、まぁ、その挨拶は当分後でいいよ。」



 俺は、苦笑いを浮かべて美優の提案に否定した。

 と、その時、部屋のドアからノックする音が聞こえた。



「美優様、陽一様、お車の準備が出来ました。」



 そう言って部屋に入ってきたのは来た時に運転手として美優と一緒にいた黒いスーツに身を包んだ女性だった。



「ありがとうございます。それでは、お兄ちゃん、行きましょうか。」

「ああ、そうだな。」



 俺と美優は、黒スーツの女性の後ろを並んで歩く。そして、玄関に来たところでお義母さんとお義父さんがやって来た。

 ちなみに美優のお父さんのこともお義父さんと呼ぶことになった。お義父さんからのお願いだから聞く他なかった。



「陽一くん、わざわざ泊まってもらっちゃって悪かったわね。陽一くんと久しぶりに話せて楽しかったわ。またいつでも来てちょうだい。」

「私も陽一くんと話せて楽しかったよ。こちらでも君の記憶が戻る方法を調べてみるよ。それと、昨日の夜話した件をちゃんと考えておいてね。」

「はい、これからの事ですもんね。ちゃんと考えてみようと思います。それでは、お義父さん、お義母さん、本当にありがとうございました。」



 俺は、そう言って2人に1礼した。



「それでは行きましょう、お兄ちゃん。」



 美優は、そう言うと俺の手をぎゅっと握って俺を引っ張った。




「それじゃ、陽一くん、またね。」

「またいつでも来てくれたまえ。」

「は、はい、それではまた今度!」



 俺は、美優に引っ張られながらも2人にお別れの挨拶を告げた。

 それから俺たちは、黒スーツの女性が用意したという高級そうな車に乗り家まで帰宅した。

 家に着くまでの道のりは、美優と色々と話して時間を潰した。

 そして、家に近づくに連れて美優の表情はどんどん悲しそうになり家に着いた時にはとうとう俺の腕を掴んでいた。



「…………あの、美優さん?離してくれないと帰れないんですが………」

「私、考えたんです。もういっそ、帰らなくてもいいのではないかと。」

「それはダメだろ!」

「やはりですか…………仕方ありませんね。お兄ちゃんを困らせたくはありませんし。」



 美優は、そう言うと渋々といった感じで腕を離してくれた。



「ありがとう、美優。まぁ、でもどうせすぐに会えるだろ。美優の運動会にも行かなくちゃいけないしな。」

「は、はいっ!確かにそうですね。……でも、やっぱり寂しいです……」

「なんだよ、今まではずっと俺いなかったんだから大丈夫だろ?」

「こうやって出会えたからこそ、もう離れたくないんです!」

「そうか………でも、まぁ、そう思ってくれるのは嬉しいよ。」



 美優の俺を思ってくれる気持ちは本当に嬉しい。

 だからこそ、ずっとそばにいる訳にはいかない。だって、離れてないと俺も美優とその家族に甘えてしまいそうだからだ。



「…………美優………」



 俺は、美優の目を見て名前を言う。

 すると俺の手を握っている美優の手の力が弱まった。



「………ごめんなさい………わがまま言ってしまって………」

「分かってくれてありがとう。………あ、そうだ。俺、まだ美優に連絡先教えなかったよな?」

「え?あ、は、はい、そうですね。」



 俺は、美優の返事を聞いてポケットにしまっておいたスマホを取り出す。すると美優も自分のスマホを取り出した。

 そしてお互い連絡先を交換してラインも登録した。



「よし、これでいつでも連絡は取れるな。」

「はいっ!お兄ちゃんの連絡先………えへへ」



 美優は、スマホを抱きしめ嬉しそうに微笑む。



「運動会の詳しい事情もこれで教えてくれ。」

「はい、分かりました。初めて運動会が楽しみと思えました!」

「は、はは………」



 ごめん、美優。俺、お義母さんやお義父さんを止められる気がなくなってきた。



「それじゃ、これで本当にお別れだ。」

「………はい………お兄ちゃん、私は、ずっとお兄ちゃんのことが大好きです。」



 美優は、そう言うと俺に顔を近づけ頬にそっとキスしてきた。




「えへへ………それではまた今度です!」



 美優は、照れた笑みを浮かべて車に乗り込んだ。

 俺は、キスされたことに驚き目を点にさせて美優たちが去っていくのを眺めていた。



「……………これは恋といえる………のか?」



 俺は、そんな疑問を抱きつつ美優にキスされた頬の部分を触るのだった。

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