第87話 今の生活はすごい幸せです

 俺は、美優の家で夕食を食べた後、すぐに帰ろうと思ったのだが美優のお父さんが色々と話をしたいと言うのでまだ家には帰っていない。

 美優のお父さんは今、お風呂を入ってきているのでその間、俺は美優とお義母さんとで世間話程度に過去の話をしていた。



「そういえば陽一くん、美優と出会った時の記憶はあるの?」

「ええ、ありますよ。たぶん、美優と初めて会ったのは祭りの日じゃないかな?」

「はい、そうです。それは覚えていてくれていたんですね。」

「ああ、そこだけは覚えていたんだ。……でも、その後からなんだよ。記憶が全くないのは。」

「そうなんですか………でも、お兄ちゃんが私と出会った時のことを覚えていてくれて嬉しかったです!」

「じゃあ、私と夫との出会いは?」

「えっと………すいません。ないです。」

「えぇ〜、なんで美優だけ〜。」



 お義母さんは、俺が覚えていなかったのが悲しかったのか頬を膨らませていた。

 でも……たぶんあれかな?



「記憶にはないんですけど………お義母さんたち、その祭りの日の次の日、俺の家に来ました?」

「そうっ!そうよ!なんだ、覚えてくれてるじゃない!」



 お義母さんは、俺が覚えていてくれているのが嬉しかったのかニコニコとしていた。



「すいません、覚えていたというわけじゃないんです。」

「え?そ、そうなの?」

「あの……実は少し前に夢で見たんです。」

「夢で?それって記憶が夢に出てきたってこと?」

「それは………分かりません。本当にただの夢なのかもしれないしお義母さんの言う通り記憶なのかもしれません。」

「それって………お兄ちゃんの記憶がもう戻っていてもおかしくないってことじゃないですか?」

「きっとそうね。でも…………私の見てきたそういう人たちは記憶を夢で見た次の日、最も長い人でも1週間以内には記憶が戻っていたわ。陽一くん、その記憶が夢に出てきたのっていつくらい?」

「えっと…………」



 確かあの夢を見たのは花火大会の次の日だったから……



「8月上旬くらいですね。」



 今は、9月下旬だ。当然1ヶ月以上経っている。



「そっか………やっぱり陽一くんは何か特別なのかな……」



 と、お義母さんがそう呟いたところで美優のお父さんが寝巻き姿でリビングへとやってきた。



「あら、あなた。今日は随分と早かったのね。」

「そりゃあな。陽一くんが来ているんだから当たり前だ。」

「す、すいません、俺のせいで急がせてしまって。」

「ああ、いや、別に気にしないでくれ。私が早く陽一くんと話したいというわがままなのだから。」

「それで、あなた、陽一くんが記憶を失っているってのは知ってるのよね?」

「ああ、当然だ。と、その話をする前に……陽一くん、謝らせてくれ。」

「え!?な、何をですか?」

「…………君のお母さんを救えなかったことだ。」

「っ!」



 美優のお父さんの発言に一気に体が強ばった。



「陽一くんは、君のお母さんのどうやって死んだのか分かるかい?」

「い、いえ、美優が関係していることしか……そうなんだよな、美優?」

「はい、そうです。」

「陽一くんのお母さんが死んだのは海でなんだ。」

「…………海…………っ!?」



 俺は、また急な頭痛に襲われ頭を抱えてその場に膝を着く。



「大丈夫ですか!?」

「大丈夫か!?」

「大丈夫!?」



 それを見たみんなは、俺の元へ駆け寄ってきてくれた。



「………海………海………海………」



 俺が海に行ったのは静香たちとのやつが初めてだ。なのに………海?

 でも、気になることが1つある。

 静香たちと海に行った時、旅館で見た夢。お義母さんの話だと夢に出てきたのは俺の記憶じゃないかってことだ。

 ってことはあの俺ともう1人の女の子が海で溺れていくのも過去の記憶。



「何か知ってることがあるのかい?」

「…………俺は、女の子のお願いで沖のほうに行って……それで……大波にのまれて……」

「そこまで覚えてるのかい?」

「いえ、記憶で見ただけです。」

「………夢……そうか。なら、その後は?」

「その後は、全く覚えてないです。」



 まぁ、でも、美優と美優のお父さんの言葉でその後がどうなったくらい予想がつく。



「俺の母さんが俺と女の子……美優を助けてくれた……そのせいで母さんは死んだ……」

「まぁ、そうだね。」



 やっぱり、そうだったのか。

 それで美優が謝ってきたのか。もし、美優がもっと沖の方に行きたいなんて言わなければ俺たちが危険に遭うこともなく母さんも死ぬことがなかったから。

 美優のお父さんもそれでか。もし、美優のお父さんが俺の母さんの代わりに助けに行ってくれてたら俺の母さんは死なずに済んだ。



「………あの、聞いていいですか?」

「なんだい?」

「………なんで美優もお義父さんも俺に謝ってきたんですか?」



 俺は、2人の顔をそれぞれ見つつそう問いかけた。



「それは………もし、私がお兄ちゃんにもっと沖の方に行こって言わなかったら………あんなことには……」

「もし、私が君のお母さんの代わりに助けていってあげてたら君のお母さんは死なずに済んだから。」

「……………2人とも、それはもしという言葉がついてる時点で仮定の話ですよ。仮定したって今の状況が変わるわけじゃないです。死んだ人は帰ってきません。」

「…………そうだね………」

「………結果の話をしましょう。俺は今の生活、すごい好きですよ。すごい楽しいです。本当の母さんはいないけど俺には他にも多くの人たちが一緒にいてくれます。だから、すごい幸せなんです。これが今の俺の結果ですね。母さんが死んだって言われても記憶が無い時点であんまりピンと来ないんですよ。未来の話をするのも大切なのかもしれないけど俺は今、この生活を守る方が大切なんです。だから、2人も気にしないでください。」

「……お兄ちゃん……」

「……陽一くん……」

「さっ、この話はもう終わり!なんか結構しんみりしちゃいましたね。」



 俺は、ははっ、と頬を指で掻きながらそう言った。



「ふふっ、そうね。それじゃ、話も終わったことだし陽一くん、美優、2人でお風呂に入ってきてね。」

「……………………はい?」

「はいっ!」



 俺は、目を点にさせ、美優は目をキラキラとさせて同じ言葉を言った。

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