第62話 覚悟を決めて

 夕暮れの中、俺と静香は、細い脇道を通っていく。

 この道、今の俺は初めて見た道なのだが……どこか既視感があり、懐かしく思ってしまう。

 そして、少し歩くと道が開けているのが分かる。



「…………なぁ、静香、やっぱり帰らないか?」



 俺は、静香にそう提案する。ここまで来てなんでいきなりそんなこと言うんだよって思うかもしれない。でも、俺は今分かったんだ。記憶を取り戻すのが怖くなっている。

 もし、記憶を取り戻してしまったら今の生活をしていけるのだろうか?今まで通りみんな、俺に仲良くしてくれるのだろうか?

 そんなことを思ってしまい、脇道を抜ける1歩を踏み出せない。



「…………大丈夫?あんた、震えてるわよ?」



 静香は、心配そうに俺の方を見てそう言う。



「……あ……ああ、大丈夫だ……そ、それで……どうする?も、もう帰るか?」

「……………私は、あなたが帰りたいのなら帰るわ。これはあなたの探し物だもの。私が帰りたいって言って諦めるわけにもいかないわ。」



 静香の言葉は、まさしく正論。だけど俺は、いつもの静香らしくぶっきらぼうな顔で「早く帰りたい」と言って欲しかった。



「……… 逆に聞くわ。どうするの?帰る?帰らない?」



 静香は、俺に答えを迫るようにして質問してきた。

 恐らく俺に腹を立てているのだろう。それも当然だ。今の今までただ曖昧に記憶を取り戻そうとしてきて、そして、いざ記憶が戻るとなると怖がってしまうのだから。



「…………なぁ、静香、俺、めちゃくちゃ記憶を取り戻すのが怖いんだよ。」



 俺は、自分で帰りたいとは言わずに帰るための言い訳を言い始める。ははっ、情けねぇな。自分よりも年下の人に言い訳を述べるなんて。



「…………だから?」



 静香は、なんの感情もこもってない声でそう聞いてくる。その声は、いつも聞いている声なのに今だけものすごく恐ろしく感じてしまう。



「………私は、別にあんたが記憶を取り戻しても取り戻さなくてもどうでもいいわよ。」

「………ど、どういう……意味……だ?」



 静香は、はぁ、とため息を吐くと俺の目を真剣に見て口を開く。



「だって、別にあんたが記憶を取り戻しても………い、今の関係が変わることはないもの……」



 静香は、いまさっきまで真剣な顔だったのに途中から恥ずかしそうに照れていた。



「……俺たちの関係は……変わらない……」

「え、ええ、そうよ。大体そう簡単に婚約破棄が認められるんだったら私たち、もうとっくに会ってすらないわよ。」

「………は、ははっ、そ、そうだよな……」



 確かに最初から婚約が破棄出来ていたのなら俺たちはとっくに他人同士だった。

 俺は、静香の言葉を聞いてようやく冷静になれた。



「ま、まぁ、私は、あなたとの婚約を認めたわけじゃないけどね!」



 静香は、最後にそう言ってフンとそっぽを向く。

 だが、数秒置いてすぐに俺のほうに向き直った。



「……それでもう1回聞くけど……どうするの?行く?帰る?どっち?」



 静香は、今さっきと同じように俺に尋ねる。

 だけど、なぜだか分からないが今さっきよりも怖くない。静香の声が今さっきよりも可愛く聞こえるからだろうか?それとも静香の目が今さっきよりも柔らかくなっているからだろうか?

 いや、違うな。静香は、特に何も変わってない。

 変わったのは……俺の方だろうな。俺が今、何をすべきか分かったから。そのおかげで俺の覚悟は、強くなった。



「………静香、ありがとう。静香のおかげで今、俺がやらなくちゃいけないことが分かったよ。」

「……そう……」

「俺は、今を胸張って生きる!そのためにもしっかりと自分の過去と向き合わなくちゃいけない!だから、俺は、帰るわけにはいかない。」

「ってことは行くってことでいいのね?」

「ああ、もちろんだ!」



 俺は、静香に自分の意思をしっかりと伝え今まで踏み出せなかった1歩を踏み出した。今までは鉛のように重かった足が今じゃ羽が着いたかのように軽い。

 静香も俺に付いてきてくれている。

 そして、脇道を抜けるとそこには夢で見たあの家があった。

 屋根が瓦で少し古めの大きい家、それでいてどこか綺麗に掃除がされてある。



「……ここが……昔の……家……」

「っ!こ、ここって………」

「ん?静香、この家、知ってるのか?」

「……わ、私が今日探していた家がこの家よ!」

「え!?そ、そうだったのか!?って、ここ、俺の昔の家だぞ!?」

「知ってるわよ!あんたにこの家を見せて記憶を取り戻せるきっかけになればいいかなって思ったのよ!」

「そ、そういう事だったのか。……ありがとな。俺のために……」

「べ、別に私が勝手やったことだし気にしないで。」

「いや、まぁ、それでも……俺の事を思ってくれたんだ。ありがとう。」

「〜っ!も、もういいわよ!と、とにかく1回入ってみましょ!」

「え?でも、勝手に入っていいのか?」

「それなら心配しないで。許可はとっくに取ってあるから。ほら、鍵もあるわよ。」

「ほ、ホントだ。」



 俺は、別に中に入らなくても外から見れたらいいって思ってたんだけど。

 まぁ、でも、入れるなら入ろうかな。

 静香は、ドアの鍵を開けようとする。



「……え?あ、開いてる?」

「どういうことだ?まさか泥棒?」

「こ、怖いこと言わないでよ!」

「……まぁ、用心することに越したことはない。静香、一応俺の後ろに隠れてろ。」

「……え、ええ……」



 静香は、俺の後ろにやって来て服の裾を持つ。服の裾を持つ際、少し静香の手が震えていた。

 ……ここは、俺がしっかりとしないとな。

 俺たちは、恐る恐る家の中を歩く。

 廊下を歩くとキシキシと鳴る。なるべく音を立てないようにしても鳴ってしまうのだ。

 そして俺は、ある一部屋から何か音がしたのを感じた。



「………やっぱり……誰かいる……」



 俺がそう言うと静香の裾を掴む手の力が強くなった。

 俺は、ゴクリと唾を飲み込み恐る恐る扉を開く。

 そして、俺は、その部屋にいた人物を見て思いっきり扉を開ける。



「っ!…………と、父さん!?」

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