あふれる、かなしみ、あふれる
北村すみれ
呼吸をとめて。
たった2文字が、言えなかった。
このままではいけないとわかっていた。
私はもうあまり長くない。だから、もう解放してあげないといけなかったのに。日に日に弱まっていく鼓動を自覚しつつも、私は別れを告げることができなかった。
だって、寂しくて。死の間際まで、そばにいてほしかった。
君は毎日のようにお見舞いに来てくれて、外の話をたくさんしてくれた。他愛もない話ばかりだったけれど、私のつまらない毎日に彩りを添える唯一のものだった。
わがままな私は少しでも君の気持ちを独り占めしたくて、けれどやり方がわからなくて、声を荒らげたり、ひどいことを言ったりした。嫌われてもいいから、私のことを覚えていてほしかったんだ。
とにかく、君の私への関心が薄れてしまうことが怖かった。それだけだったんだ。
ある日突然、君は来なくなった。私を嫌いになったのだろう。寂しかったけれど、忘れられたのでなければいいんだ。
やがて息をするのもままならなくなったころ、君が久しぶりに病室にやって来た。隣にきれいな女の人を連れて。
「僕たち結婚するんだ」
「君にいちばんに伝えたかった」
「おめでとう、しあわせになってね」
あのとき、伝えられていたら。
好きだと言うには、もう遅すぎた。
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