第13話


「ありがとう、天使様!!」


 力一杯に叫んで、恥ずかしさと共にクルリと向きを変えて駆け出した。こんなに大きな声を出したのはあの時以来で、少し気分が軽くなった気がした。ポケットは重いから、ちょうどいい。




 もしかして天使様は、僕を待っていてくれたのかな? なんて思う。


 あそこで観覧車を動かしながら、僕が来るのを……。




 それなら、すごく嬉しい。




 この嬉しい気持ちを、誰かと分かち合いたいと思った。




 明日の朝は父さんに「おはよう」って言ってみようか。いつも密かに二人分用意してるコーヒーを、カップに入れてあげるのでもいい。


 何も話す話題が見つからなくたって、一言の言葉を交わす、そこから初めてみよう。


 結局、最初に父さんの顔が浮かんだ事に、笑ってしまった。


 出口へと懸命に走りながら、耳にはざわめきが聞こえていた。心臓が疼いて、視界が霞んでゆく。




 ――このドキドキはきっと、一生モノなんだろう。




 不安になる度、きっと蘇る。ポケットの、重みと共に……。








「え……」


 出口を出た僕は、道路手前のポールに腰掛ける影に足を止めた。携帯電話を見つめながら寒そうに肩を縮め、忙しなく体を揺らしている。


「……一、弥……?」


 呟いた僕の声が聞こえたように、影がこちらを振り返った。過ぎる車のライトを浴びて、姿が浮かび上がる。その背後にある、大きな影と共に。


「あっ……」




 ――あれは。




 天使の、翼だ。




 それは酷く透明で、さり気な過ぎて、昼の光の中では映らない。闇の力を借りて、やっと僕へと届いた。




 慌てて駆け寄った僕に、一弥は思いっきり顔を顰めてみせた。


「遅ぇよ、バカ」


 当然のように僕の手を引くと、グジュと鼻を鳴らして立ち上がる。


「ごめ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る