第45話 ふがいない王子でも
「大丈夫かしら、吸血メイドちゃん……」
「そう案ずるな。一応鏡越しに見守るということになったではないか」
「そうだけど~~~!」
魔法の鏡の精ヴァイオレットは身もだえすると、己の姿を消し、代わりにジーンの姿を鏡面に映しだした。
ジーンは今、物見の塔から出て、魔王城の中枢へと向かっているところだった。
ふと立ち止まり、振り返ってこちらにひらひらと手を振る。それは確実にグレイフィールたちが自分を見ている、とわかってやっているしぐさだった。グレイフィールは思わず胸を押さえる。
「うぐ……っ!」
「あらあら。どうしたのかしら~? 冷血王子様~」
「な、なんでもない……。少し、むせただけだ……」
「そうだったっスか? 自分には、ちっちゃなメイドさんの愛らしさにもだえてたように見えたっスけど~」
「うふふっ。やっぱそうよね~?」
「……」
グレイフィールはギロリと二人に鋭い視線を向けた。
しかし、言われたことが図星だったために、特に言い返すことはなかった。
ジーンはてくてくと衛兵のあとをついていく。
やがて、魔王の謁見室までやってくると、衛兵が大扉の前で大声を上げた。
「グレイフィール様の監視役、メイドのジーンを連れてまいりました!」
「入りなさい」
「はっ!」
許可が下り、中から扉が開けられる。
広間には、十数名の将校たちと、魔王の側近であり執事長のモールド・オットマンがいた。
「ジーン・カレル。こちらへ」
「は、はいっ」
モールドに促されて、ジーンは玉座のそばへと移動する。
そこにはいつもいるはずの魔王の姿がなかった。
「あのう……ま、魔王様は……?」
「衛兵から聞かされませんでしたか? グレイフィール様にしかと伝えるよう、私は申しつけておきました。なのに、あなただけがここに来た……ということは、グレイフィール様はいまだにひきこもられておられる、ということですね。これはどういうことですか」
「ええと……その、嘘をつかれてるんじゃないかって、思われておいでで……。それで、わたしがひとまずここに……」
「はあ」
大きなため息をついて、モールドが額を押さえる。
「ことは一刻を争います。人間界では今、大きな動きが出はじめているのです。そんな中、軍を率いる者がいないなどと……そんなことはあってはなりません。先ほどまで、ここにいらっしゃる将校様方と協議を重ねておりました。その結果、グレイフィール様に陣頭指揮をとっていただくか……もしそれすら拒否なさるのであれば、この中のどなたかにその役をやっていただくことになりました」
「そ、それは……!」
どうします? とお伺いを立てるように、きょろきょろと天井付近を見まわすジーン。
モールドはその様子にいぶかしげな目を向けた。
「何をしているのです」
「あ、いえっ、その……。グレイフィール様にそのことをお伝えしなきゃなあ、と思いまして……」
「その必要はない」
「えっ!?」
どこからともなくグレイフィールの声が聞こえたかと思うと、玉座の前に大鏡が出現した。
そして、その中からグレイフィールが現れる。
「グレイフィール様!」
「グレイ……フィール様? あ、あのお方が!?」
ジーンや、モールド、各将校たちが驚きの声をあげる。
中には長年姿を見ていなかったがために本人であるかどうか疑いの目で見ている者もいた。
「モールド、久方ぶりだな」
「グレイフィール様……。ようやくおいでくださいましたか」
呆れたような口ぶりのモールドに、グレイフィールは淡々と応える。
「お前たちの話が嘘ではないと、この片眼鏡を通して理解した。ゆえにここへ出てきたわけだが……その前にひとつ確かめておきたいことがある」
「なんでしょう」
「父上が倒れたのはなぜだ? まさか寿命ではあるまい」
「……」
グレイフィールの指摘に、モールド及び周囲の将校たちは口をつぐむ。
それが、ことの深刻さを表していた。
「魔王城の宮廷魔術師はなんと言っている。おい、いるならここへきて説明しろ」
「……はっ」
広間の奥の方にいた、鹿角を生やした魔族の男がやってくる。
ぴっちりと整えられた灰色の髪を撫でつけながら、男はうやうやしく発言した。
「おそれながら……魔王様は人間からある呪いを受けております」
「呪いだと?」
「はい。その者は人間界で最も優れた魔術師で、自身の寿命が尽きるとき、また魔王様の寿命も尽きるように呪いを……数十年前にかけました。魔王様のご様子を見るに、その者の寿命も近くなっているのではないかと」
「父上は」
「いまは臥せっておいでです。意識はありますが……魔力を体内に取り込めていないようです。もってあと数日といったところでしょうか」
「なるほど。わかった。その魔術師にはこころあたりがある」
「なんと!」
グレイフィールの意外な言葉に、宮廷魔術師ばかりでなく、モールドや将校たちも目を見開いた。
「この鏡は……私が作った魔道具だ。最近はこれを通して人間界を観察していた。相手はミッドセント王国の宮廷魔術師、ボルケーノだな?」
「まさか、ご存じであったとは……」
モールドが意外だと言うようにつぶやく。
グレイフィールは今一度、広間にいる者たちを見回して言った。
「私は今まで、七十年もの間『物見の塔』にひきこもっていた……。それについては、皆には申し訳なく思っている。だが、そんな私がようやく、こうして外界に目を向けられるようになったのは……すべて、そこにいる吸血鬼のメイドが説得に来たおかげだ」
「え? わ、わたしっ!?」
ジーンは驚きながら自身を指さす。
「ああ。ジーン・カレルが私をしつこく説得にこなければ、いまでもあの塔で他人を拒絶しつづけていただろう。私は、魔族と人間との戦いが、今どんな状況になっているのかも知ろうとはしてこなかった。それは私が……魔王である父上と人間である母上の間に産まれた『半魔』だったからだ。どちらの種族とも仲良くしてほしい。その思いで、父上からの誘いをずっと断り続けてきた」
「グレイフィール様……」
そうだったのか、と将校たちの中で納得する気配がひろがる。
幾人かは同情していたが、残りの者たちは強い不満を抱いているようだった。「何人も犠牲者が出ているというのに、そんなことでずっとひきこもっていたのか」と――。
片眼鏡を通して、彼らの感情が伝わってくる。
グレイフィールはひるまずに続けた。
「魔王の息子だというのに、あまりにふがいない王子だと軽蔑する者もいるだろう。だが、私は今、この戦を終わらせたいと思っている。魔界と人間界の間に『真の和睦』を実現させたいと、心の底から願っているのだ。そして、父上もどうにかして救いたい……」
「グレイフィール様……」
モールドがグレイフィールを不安げに見つめる。
そんな発言をして、将校たちが反乱しないかとハラハラしているようだ。
「私はいままで一切戦にかかわってこなかった。今更出張ってきて、なにができると思われているかもしれない。だが、この私に……任せてみようと思う者が少しでもいるのなら。どうかこの魔界の危機を乗り越えさせてほしい。魔界が平和になるよう、最大限の力を尽くす。だから……」
そう言って皆を見渡しつづけるグレイフィールに、将校たちは誰からともなく床に片膝をつきはじめた。そして、全員がひざまずくと、一番先頭にいた将校が力強く叫ぶ。
「グレイフィール様! 我々は、グレイフィール様を総大将として戦に臨みます。不明な点がございましたら、逐一我らがご説明いたします。それゆえ、どうか! 魔界を、我々を救っていただきますよう……」
「「「お願い申し上げます」」」
そう唱和されたグレイフィールは、一度目を閉じると、覚悟を持ってもう一度将校たちを見つめた。
そこには見知った顔もいれば、初めて見る顔もあった。
これから、この者たちの信頼を得ていなければならない。できるかわからないが、やっていかなくてはならないと、グレイフィールは固く心に誓った。
ちらりと横を見ると、ジーンが満面の笑みを浮かべている。
この状況はまだ「魔王になった」というわけではない。が、それに近いことになってしまっているので、喜んでいるようだった。
モールドもどこか満足そうにしていた。
彼はかつて、グレイフィールの教育係であったのだ。
そういえばこの者にもずいぶんと世話をかけたな……とグレイフィールは心の中で思った。ジーンの来る前は彼が直接説得に来ていたのだ。それもまるで効果がないとわかると、いろんな者を差し向けてくるようになったが……。
「モールド」
「はい、なんでございましょう」
「……父上に会いたい。見舞わせて、くれるか?」
「はい、グレイフィール様」
そうして、将校たちと戦の相談をする前に、魔王に会いに行くことになったのだった。
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