第41話 フォックス兄妹
ハザマの街の魔道具量販店。
その二階の一室では、狐顔の女店主と、彼女によく似た狐顔の男がピリピリとしたムードで向かい合っていた。
「お兄さま。ご用件をお伺いしても?」
「イザベラ、お前にも薄々わかっているはずだ。私が首都の本店から、この郊外の店にわざわざ足を運んできた意味を……な」
狐顔の男は、魔道具量販店「フォックス」の若き社長、ダイナー・フォックスだった。
「フォックス」は首都にある本店以外に、八つの支店がある。その内の半数には一族の者を店長に据えていたが、この一番魔界に近いハザマの街の支店では、ダイナーの妹であるイザベラ・フォックスが店長を務めていた。
「この店の売上げが、最近急激に落ちたこと? それをお聞きになりたいのかしら」
「そうだ」
「つい先日、妙な魔道具技師が現れたのよ」
「妙な魔道具技師?」
「ええ。この街にもともとあった道具屋が連れてきたやつなんだけど……そいつ、あの『時限装置』の存在に気付いて……それで、街中のウチの不良品を片っ端から直してしまったの。そのせいで
イザベラはその時のことを思い出しながら、悔しそうに告げた。
「今じゃみんな、あの店に魔道具を買いに行ってるわ。一方こっちの信用はガタ落ちよ。無償で修理するサービスとか、保証期間が長いことをアピールしたりしたけど、巻き返しは図れなかった。もっと目新しくて便利な商品を売り出さないと……」
「ふむ。それについては本店でもすでに対策を練っている。安心しろ。だが、『悪い噂』が他の街に届くと難だな……。とりあえず、時限装置がついていた製品については全店にリコールの指示を出す。だが一番の問題は……その魔道具技師だな。いったい何者だ?」
「そいつはグレイと名乗ってたわ。本当はグレイフィールという名前みたいだけど。なぜ偽名を騙っていたかはわからないわ。でもやつは吸血鬼を従えていた……」
「吸血鬼? この街は半魔も割と多くいる街だが、それは純粋な魔族か。危険はなかったか?」
「ええ。信じられないくらいおとなしかったわ、最初人間だと思っていたくらいよ。とにかくそんなのを連れていたし、変わったやつだったわ」
ダイナーは眉根を寄せた。
普通、吸血鬼は人間界にやってくると吸血衝動を抑えきれず、腹が満たされるまで人を襲ってしまうものだ。だからそんな吸血鬼を連れていたということは、吸血鬼をおとなしくさせる力があった、ということに他ならない。それは『魔道具技師』としては、かなり異様な存在だった。
「あと、そいつは修理の方法もなんとなく異次元めいていたわ。工具じゃなくて、自らの爪を変形させて解体してたの。あれは絶対なんらかの魔法を使っていた……でも見抜けなかったわ」
「魔法を使う魔道具技師、か? ますます妙だな……」
人間界における『魔道具技師』とは、基本魔法を使えない者がなるものだった。
魔道具は、魔道具技師が魔石や魔物の素材を組み合わせて製品にしたのち、魔法使いや神官が別途魔法を付与して、完成に至る。
よって、魔法も使える魔道具技師というのはやはり異色中の異色の存在と言わざるをえなかった。
「そんなすごい魔道具技師がいたら、この界隈でもすぐ名が広まっているだろうにな。初耳だ……」
「わたしもよ! だから今、ウチの店の者にそいつの周りのことを調べさせてるの」
「何かわかったか?」
「そうね……。そいつを連れてきた道具屋は、アリオリって老人が営む道具店の従業員だったんだけど……人間じゃなくてワーウルフだったのよね。そのワーウルフと魔道具技師は長い付き合いがあるみたい。あ、そういえば最近その店に新入りが入ったわ。その子がまた妙な感じなのよ」
「妙な感じ、とは?」
「女の子なんだけど……訪れた客にサービスでマッサージしたりしてるの。それで、潜入したウチの従業員によると、疲れがあっというまに吹き飛ぶんですって。まるで『魔法のような』即効性らしいわ」
「……『魔法のような』か。そいつも魔法使いか?」
ダイナーも普段から社長業が忙しく、首肩腰がいつも悲鳴をあげていた。その話を聞くとうっかり「行ってみたい」と思ってしまう。
だが、すぐに首を振って現実に戻った。
「イザベラ、引き続きその調査の方は頼む。私も気になるからな。そいつらがこれ以上我々の商売の邪魔をするようであれば、次はしかるべき措置をとる」
「わかりました」
「では、新作が出来次第、また指示を出す。ではな」
「ええ、お兄さま」
ダイナーは支店を出ると、『自動馬車』に乗り込んだ。
これも魔道具の一種で、馬をつなぐと乗っている者が行きたいと思う場所に自動で馬を誘導してくれるものである。
しかしかなり高額なので、一部の金持ちにしか流通させていなかった。
「さて、王都に帰るか。行けっ!」
王都の本店をイメージすると、すぐに馬が動き出す。
しかし、どうも王都へ続く街道には向かっていないようだった。
「ん? 不具合か?」
やがて馬車が止まったので、窓から外を見てみると、なんと『道具屋アリオリ』と書かれた店の前に来ている。
「こ、これはっ! さきほど話にあった……。まさか、ここのマッサージを受けたいと思っているのか、私は!?」
「あれ? お客様ですか?」
声がしたので見ると、店の中から小柄な『少女』が出てきた。
少女は長い銀髪に真っ青な瞳で、胸に紫色の魔石のペンダントをつけている。
「馬車でご来店でしたら、店の裏に空き地があるので、そちらの方に停めてくださいね!」
「い、いや! 私は客ではないっ!」
「そうなんですか……?」
この者がマッサージの上手な娘であろうか。
もっと詳しく『新入り』の特徴を聞いておくんだったと後悔したが、しかしここで油を売っているヒマはない。ダイナーはこのことは最初から『なかった』ことにした。
「行けっ」
再度馬に思念を送ると、今度こそ自動馬車は王都へと針路をとった。
残された少女は不思議そうに首をかしげる。
「御者無しで動く馬車って、初めて見ましたね……」
「どうしたの? ネス」
「あ、イブさん」
店の中からもう一人、同じぐらいの背丈の少女が出てくる。
イブと呼ばれた少女はこの道具屋の店主の孫娘だったが、栗色のおさげ髪を揺らせて、ネスという少女の顔をのぞきこんでいた。
「お客さんかなあと思って声をかけたんですが、違いました……」
「そうだったんだ。あ、ねえねえ、夕飯何食べたい?」
「えっ」
「今日はわたしが炊事当番だけど、何作ろうかなーって迷っちゃって」
「そうですねえ、わたしは……」
楽しそうに笑い合いながら、二人の少女は店の中に入っていく。
それをイザベラの店の偵察係たちは両手を合わせて見守っていた。
「尊い……」
「なんて可愛らしい二人なんだ……」
もはや本来の目的も忘れて、目の保養にいそしむ男たち。
しかし、その中の一人がつぶやいた。
「てか、さっきの……本店の社長じゃなかったか?」
「そういえば」
「あの馬車、たしかにそうだな……」
偵察係の男たちは顔を見合わせるとそろってうなづいた。
「うん、見なかったことにしよう」
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