第28話 新作の魔道具開発

「で? その後どうなったんだ、イエリー」


「はい、あれから大変だったっスよ~。次から次にお客様がつめかけて。店長もイブもヒーヒー言いながら接客して。あ、でもグレイフィール様がお作りになった魔道具、宣伝した甲斐もあってバッチシ完売したっスよ~」



 ハザマの街で路上修理会が開かれたその夜。

 魔王城の離れの塔では、グレイフィールがワーウルフの商人イエリーを呼び寄せていた。

 イエリーは店の売り上げがたんまり入ったらしく、ホクホク顔である。



「それは良かった」


「てーことで、またグレイフィール様の魔道具を入荷したいんスけどー、頼めるっスか?」


「わかった」



 即答したが、グレイフィールははたと少し考え込む。



「それは同じ物……でいいのか?」


「え? どういうことっスか?」


「いや。この前と別のものを作るのもやぶさかではない、と思ってな……」


「え、それって新作ってことっスか!? それはそれでいいっスねえ。てかあれとは別のものをすぐに作ろうとするなんて、グレイフィール様はやっぱ天才っスね!」


「そう天才なんですよ~、グレイフィール様は!」



 可愛らしい少女の声が響いたかと思うと、吸血メイドのジーンがティーセットを持って書斎に入ってきた。


 そしてゆっくり近づいてくると、グレイフィールの机の上に魔草茶が入ったティーカップを二つ置く。



「お茶が入りました。さ、イエリーさんもこちらにどうぞ」


「ありがとうっス、メイドさん」



 客が来ることはほとんどないため、もともとそれ用のテーブルや椅子はこの書斎には無い。

 それゆえ、グレイフィールの机の前には階下の台所から持ってきた椅子が一脚置かれていた。

 イエリーはそこに遠慮がちに座る。



 ジーンは二人がようやくカップに口をつけるのを見届けると、満足そうに一歩下がった。

 だがふと思い出したように口を開く。



「あ、そういえばグレイフィール様。さっき倉庫行った時に気付いたんですけど、まだ作りかけ途中っぽい魔道具がありましたよ。あれってどうされるんですか? 今日、イエリーさんに売るんですか?」


「それだ!」



 グレイフィールはカップを持ちながら、弾かれたようにジーンを見た。

 ジーンはきょとんとして首をかしげる。



「ん? それ……?」


「イエリー、新作の件だが、実は魔道具は魔道具でも、どちらかというと宝飾品に近いものを開発途中でな」


「宝飾品、ですか?」


「ああ。ちょっと待っていろ。今持ってくる」



 そう言うが早いか、グレイフィールは階下の倉庫に転移をした。

 そして棚にならんでいるものを一つ掴むと、また転移で書斎へと戻る。



「待たせたな。これだ」


「ん?」



 イエリーは見せられたものをまじまじと見た。


 それは金色に輝く腕輪だった。ところどころ赤い魔石が埋め込まれている。だがまだ真ん中で開閉する部分が作りかけで、三日月の形が二つという状態だった。



「こ、これは……。綺麗っすね~! 思わず女性客が飛びつきそうな見た目っスよ。こういうの、需要あると思うっス。でもこれ、いったいどういう効果があるんスか?」


「これは……防犯の機能がある」


「防犯の機能!?」


「ああ。まだ完成していないが、完成させると人間にも『転移の術』が一時的に使えるようになる。具体的にはこれを装着した者の身に危険が迫った場合、装着者が安全だと思われる場所に一度だけ転移できるというものだ」



 その説明に、イエリーは両の薄緑色の瞳をキラキラとさせた。



「す、すごいっス~! これは女性客に絶対ウケるっスよ~! 男性が意中の女性に贈るために購入するって可能性もあるっスね!」


「そうだろう。他にも首輪や指輪型も作る予定だった。だがいかんせん、女性の好みというものが解らなくてな……装飾の段階で悩んでそれ以降手つかずになってしまった」


「そうだったんスか……。じゃあ、もし良かったらこれを」



 そう言いながら、イエリーは床に下ろしていた荷箱を開けて中から一冊の雑誌を取り出した。



「それは?」


「女性の服や装飾品に関しての雑誌っス。流行のものを押さえようと、市民から貴族まで買ってるやつっスよ~。これでどういうものが流行りそうか研究してくださいっス」


「ほう。それは……助かるな」



 グレイフィールが受け取ろうとすると、ひょいとそれを取り上げるイエリー。



「一応、五百エーンなんで」


「……わかった」


「じゃ。また出来上がったら連絡くださいっス。メイドさん、お茶ご馳走様でしたっス~」



 代金を受け取ったイエリーは、そう言うと魔法の鏡をくぐって人間界へと帰っていった。

 グレイフィールはさっそくイエリーが置いていった雑誌をめくりはじめる。



「……なるほど。今の人間界はこういったものが流行っているのか」



 そこにはいろんな工房が発表した新作の装飾品が並んでいた。どれも洗練されている。

 ふむふむと興味深く紙面を眺めていると、ジーンが突然堰を切ったように迫ってきた。



「あの! グレイフィール様! そろそろご褒美をいただきたいんですけど!」


「ああ……そうだったな」



 グレイフィールはやれやれと思いながら紙面を閉じ、ジーンに向き直る。



「かなり危険な状態だったが、まあいいだろう。今後もあの軟膏をお前の鼻に塗らないといけないか?」


「ええと……そうです、ね……。あんまり抑えが利かなくって。できたら今後も人間界に行くときには塗ってほしいです、あれ」


「そうか。わかった、常にトランクには入れておこう」


「ありがとうございます」



 そう言って軽くお辞儀したジーンの目は、すでに潤んでいた。

 期待感でいっぱいといった顔をしている。



「仕方ないな。ほら」



 グレイフィールは手元にあったペーパーナイフで指先を切ると、魔力を込めてそこから流れる血を空中に集めはじめた。

 指先のほんの少し先に、血の球体が生まれる。

 それはどんどん大きくなり、やがて掌ほどの大きさになった。



「ジーン」


「はい」


「私は……お前の言う『童貞』だ。そして聖女の母の子でもある。さぞかしお前にとっては美味なのだろうな、この血は」


「グレイフィール様。なんか、いじけてます?」



 ハアハアと荒い息を吐きながら目の前の血珠を眺めているジーンに、グレイフィールは苦笑して言う。



「別に、どうということはない。だが、お前にとってこれは貴重なものだ。せいぜい有難がって食せ」


「はい……」



 血珠をジーンに手渡すと、ジーンは待ってましたとばかりにがぶりと食らいついた。

 自分の魔力を流し、硬質化した表面を柔らかくしていく。

 そしてスライム状になったそれをごぶごぶと飲み込んでいった。



「ああ……。んっ、美味しかった……。はあ。グレイフィール様……」



 頬を上気させ、さらにとろんとした目で見つめてくる。

 その表情にグレイフィールは胸をどきどきさせた。


(いや、これは単に私を食料として見ているだけだ。それだけだ……)


 そう自分に言い聞かせ、あくまでも平静さを保つ。

 その様子を少し離れたところから見ていた魔法の鏡の精ヴァイオレットは、ひどく残念そうな表情を浮かべていた。



「ああん! もうっ、見てらんないっ! いっそのこと直に吸血されればいいのにっ! そうしたらきっと……」



 それ以上の何かが二人に芽生えるに違いない。

 ヴァイオレットはどうすれば二人が直に触れ合えるか、真剣に考えはじめた。



「まったく。こんな風にこの冷血王子様のことを思う日がくるなんてねえ」 



 信じられないといったようにヴァイオレットは過去の自分を思い出す。

 そう、あれは自分が、魔法の鏡の精として生まれ変わった日だった――。

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