第27話 魔道具修理で大活躍
「こちらも、こちらも直してください! お願いします!」
あれから、問題の店の前では即席修理会がはじまり、グレイフィールは数多くの魔道具を直しつづけていた。
次から次に人がつめかけ、周囲はまるでお祭りのようになる。
どこからともなく携帯食を配る売り子が現れたり、歌や踊りを披露する者までやってきた。
「なんかすごいことになってきたっスねー」
「さすがはグレイフィール様!」
ワーウルフの商人イエリーと、グレイフィール付きのメイドであるジーンは少し離れたところからその様子を面白そうに眺める。
そのあいだも、グレイフィールは客から百エーン硬貨を受け取る代わりに秒速で修理を終わらせていた。その数はすでに五十件ほどにも達している。
「な、ななな……」
「店長。これ、どうします?」
男の店員たちに店長、と呼ばれたキツネ顔の女は、まだこの事態をどうすることもできずに狼狽えていた。
「ここであの男を止めたとしても、我々が原因だったという証拠を提示されかねない。くっ……。あの時限装置を取り外されたら、ずっと壊れずに買い換えてもらえないじゃない! 悔しいけど、どうしようもないわね。もっと別の手を考えなきゃ。行くわよ!」
「はい」
「はい」
屈強な男の店員たちを連れて、キツネ顔の女は店の中に戻っていく。
それを背後に感じながら、グレイフィールは思った。
(あやつらはすぐに別の手を考え付くだろうな。だが、ひとまずはこれでいい。まったく。儲けるためとはいえこんな姑息な手を考え付くとは……。これが人間、なのか)
かつて、グレイフィールの母は言った。
人間界では、自分の周りにはひどい人たちしかいなかったと。
己の利益のために立場の弱い者を平気で犠牲にする。
自分はその生贄に選ばれたのだと。
優しい人もいたけれど、それはたいていひどい人たちにいいように使い捨てられる側の人間だった。
まさに母の言った通りだった。
それでも、グレイフィールは人間であった母のために、人間に対する希望を捨てたくはなかった。
こうして、自分の力によって笑顔を取り戻す人間たちがいる。
魔界の者であるということを伏せていても、こうして有益な交流ができる。
そのことは、グレイフィールにとってなによりの収穫だった。
「さて。そろそろ、か……」
最後の一人に対応し終えたところで、グレイフィールの手元にはすでに百人分ほどの百エーン、つまり一万エーン分の硬貨が溜まっていた。
ふところにはさすがに入りきらなくなってきていたので、グレイフィールはそれをじゃらじゃらと椅子がわりに置いていたトランクの中へと収納する。
「本当に、ありがとうございました。これでまたこの魔道具を使い続けていくことができます!」
「そうか……それは良かった」
「ありがとうございます!」
「た、助かりました!」
まだ通りに残っていた人々が口々にグレイフィールにお礼を言う。
その人だかりに、イエリーがここぞとばかりに声をかけた。
「皆さん! この、こちらにいらっしゃるグレイ……グレイさんの魔道具技師としての技量は、いまので十分お分かりになったかと思いますっス。その、グレイさんが制作した魔道具! なんと、裏通りにあるアリオリ道具店で取り扱っております! もしご予算に余裕がありましたら、ぜひアリオリ道具店も見に行ってみてくださ~いっス!」
「なに……?」
「なんだと……」
「それは」
「見に行かなくっちゃ!」
ドタドタと、さっそく数人の小金をもってそうな人々が走り出す。
その様子を見て、グレイフィールは呆れたように言った。
「イエリー、お前は商売っ気があるんだかないんだかわからんな」
「それは褒め言葉っスか? 自分はいつでも、良い商品をたくさん売ることしか考えてないっスよ~。でも、ほんとグレイフィール様の技術はたしかなんで、絶好の宣伝機会が訪れて嬉しいっスね」
得意げなイエリーの背を、ジーンが力強く叩く。
「ちょっと、やるじゃないですか! イエリーさん」
「うげっ!!」
力が強すぎたのか、イエリーはずべっと前のめりに倒れこんだ。
「あ、す、すいません……」
「うう……さすが吸血鬼。怪力っス……」
「本当、ごめんなさい! 大丈夫ですか?」
ぐいっと倒れたイエリーの脇を抱えて抱き起こすジーン。
顔を軽く押さえながらよろよろと立ち上がるイエリー。
その様子に、グレイフィールはふと首をかしげた。
「おい、ジーン。嗅覚を鈍くする軟膏を塗ってやったとはいえ……なぜイエリーに吸血衝動を抱かない?」
「え」
ジーンはそう言われて、はたと考え込む。
「うーん、そう言われればそうですね……。イエリーさんにはそういえば、初めて会ったときから対して魅力を感じなかったですねえ」
「み、魅力を感じなかった……? ちょっ、それひどくないっスか? いくらなんでも……」
「いや、魅力って、食料としての魅力ですよ。勘違いしないでください!」
「しょ、食料としての魅力……!?」
イエリーがその言葉に唖然としていると、ジーンはしぶしぶ説明した。
「はい。そう感じる理由はいくつかあります。まずわたしは『純粋な人間の血』が好きなんです。何者とも混じってない、その人間だけのエネルギーに満ちた血が。あなたは純粋な人間じゃないですよね? 半分魔族の血が混じってるワーウルフ。そして……わたしはさらに童貞・処女の血が好きなんです。てことで、そうなるとその……あなたは必然と童貞ではなかった、ということに……」
「なっ……!」
イエリーはジーンにそう言われて、すぐに顔を真っ赤にさせた。
「そ、そそそ、それは……」
「童貞じゃない? そう、なのか?」
おそるおそるグレイフィールが尋ねる。
「グレイフィール様! それ以上、き、訊かないでくださいっス!」
バッと両手で顔を覆い、恥ずかしさでその場にしゃがみこむイエリー。
その姿に、グレイフィールはなにかモヤモヤしたものを胸に抱きはじめた。
「童貞……」
イエリーは、先ほど会った道具屋の孫娘と恋仲になっていた。
ということは、その娘と……童貞を卒業した、ということになるのだろうか。
だから、ジーンは食料として見なかった?
であれば自分は……。
そこまで考えて、グレイフィールは頭を抱えた。
「あ……ああ……」
自分はこれまでどんな異性とも性交渉してこなかった。
つまり、童貞。
そしてさらに聖女であった人間の血が半分流れている。
つまり、特に純粋な、聖なる人間の血が流れている……。
(だから、あれほどまでにジーンに求められていたのか)
「そうか……」
グレイフィールはそうつぶやくと、時限装置を取り除いたイブのケトルを、しゃがんでいたイエリーにそっと手渡した。
そして右手をさらにずいっと目の前に差し出す。
「ん? なんスか……? それは」
「百エーンと言いたいところだが……お前は一万エーンだ」
「ええええっ!! な、なんでっ徴収されるんスか!? グレイフィール様の魔道具が売れるようさっき宣伝してあげたじゃないっスかっ! むしろ、さっきの宣伝料、欲しいくらいっス!」
「そうか。だがあれは私の商品の宣伝というよりは、お前の店の宣伝だっただろう。いいから寄越せ」
「そ、そんなー!!!」
強引にイエリーから一万エーン札をふんだくると、グレイフィールはスタスタと歩きはじめた。
「ぐ、グレイフィール様?」
「ジーン。帰るぞ」
「ええっ? ま、待ってくださいよ、グレイフィール様ー!」
「早く来い。置いていくぞ」
なぜかイライラしているグレイフィールを、ジーンは小走りで追いかけていく。その背を眺めながら、イエリーは愕然とした。
「な、なんでこんな……理不尽……! ハッ、まさか……グレイフィール様って」
とある考えに至ったが、イエリーはぶるぶると首を振った。
「いやいや、これ自分が気付いたってバレたらヤバいっスよ。このことは……きっともう触れない方がいいっスね……うう……」
顔を青くしながら、イエリーはとぼとぼとアリオリ道具店へと戻っていく。
――その姿を、彼方からじっと見つめている者がいた。
「ふーん。なるほどね……」
それは魔道具量販店の二階から、とある特別な望遠鏡を覗いているキツネ顔の女店主だった。
望遠鏡の横からは細い管が一本ずつ、左右に伸びている。
それを耳に差しこみ望遠鏡で覗くと、覗いた先の人々の会話が聴けるというシロモノだった。
「あいつら、やっぱりただ者じゃなかったわね。吸血鬼に、ワーウルフ? 半魔の人間はこの街にたくさんいるけれど……。それらを二人も従えている、なんて。あの男……グレイフィール? なぜグレイなんて偽名を名乗ったのかしら? 道具の修理の仕方も特殊だったし……。これは、調べる必要があるわね」
望遠鏡を下ろすと、女店主は昏い笑みを口元に浮かべた。
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