第25話 壊れた自動湯沸かし器
「さあ、どうぞおかけになっていてください。今お茶をご用意します!」
そう言って、道具屋の孫娘イブは、とある部屋にグレイフィールたちを通す。
そこは大きなテーブルと椅子が四脚ある、応接間のような部屋だった。そのさらに向こう側には炊事場がある。
イブはそこでもてなしの用意をするようだった。
「ほんと、とっても美味しいお茶があるんですよー! あと、この間買ったお菓子も……!」
バタバタと忙しなく動き回るイブの背中を、ワーウルフのイエリーは微笑ましく見つめている。だが、急にハッとしてグレイフィールたちに向き直った。
「あ、じゃ、じゃあ座ってましょうか、グレイフィール様。さあどうぞどうぞ、こちらの席に!」
グレイフィールはニヤつき続けるイエリーを、まるで不審な者を見るかのような目つきで眺めた。
だが促されるままに右手の奥の席に座り、ジーンはそのひとつ手前の席に座る。
イエリーはグレイフィールの向かい側に腰かけた。
「あ、あの……グレイフィール様」
「なんだ、ジーン」
見るとジーンが顔を青くしてグレイフィールを見上げている。
「わたし、血しか飲めないんですけど……この後これ……大丈夫、ですかね?」
グレイフィールはその言葉をしっかりと噛みしめると、眉をしかめた。
「それは……この後ふるまわれるであろうお茶と茶菓子の件か。フン、そんなことは知らん。自分でどうにかしろ」
「えええ……!」
「食べられないという泣き言か? そんなことは食してからしろ。そもそもお前は血以外の物を一度でも摂取したことはないのか? どうにか口に入れたら案外何とかなる……」
「無いです」
「は?」
「だから、無いんです! 血しか飲んだことありません! だからどんな拒絶反応が出るかわからないんですよー! ああ、怖い!」
「……では、出されてもなんとか口をつけずにいるしかないだろうな。宗教上の理由だとかなんだとか言って」
「あああああっ! そう、なりますよねえ……。ああ……」
ジーンはそう言うとがっくりとうなだれた。
イエリーはその会話を聞いてうろたえはじめる。
「え? いやいやいや。マジっスか? 自分は……半獣人だから、まったくそのことに思い至らなかったっスが……そうか。純粋な魔族は、人間の食べ物は食べれなかったんスね」
「そ、そうなんですよ! どうしよう! せっかく、ご用意してくださるっていうのに……」
そうこう言い合っているうちに、炊事場からは茶葉をティーポットに入れる音がしてきた。
「ふふふ~。さーて、では葉はこのくらいでいいかしらね! あとはお湯を……」
そう言ってイブがお湯を注ごうとした瞬間、なにやら異変が発生した。
「え?」
その小さな驚きの声に、一同がイブに目を向ける。
イブは手にしたティーポットを持ちながらしきりに首をかしげていた。
「あら? おかしいわ……どうしてお湯が沸いてないのかしら」
「どうしたんスか、イブ」
「あ、イエリー。いやね、この自動湯沸かし器のケトルでお湯を沸かしていたんだけど、なんか壊れてたみたいなの。去年買ったばかりなのに……。ああ、どうしましょう! もう……もう少し待っててください! なんとかします!」
そう言うと、イブは茶葉の入ったティーポットを抱えながら、奥の部屋へ行ってしまった。
おそらくちゃんとした炊事場が、店側でなく住居用の空間の方にあるのだろう。
「ふむ……」
グレイフィールは一連の様子を見届け終わると、壊れたというケトルを見にいった。
「鑑定」
そう言って左目にかけていた
するとうっすらとレンズが紫色に光り、壊れたケトルの詳細が見て取れた。
「なるほど……これは……」
「どうしたんですか、グレイフィール様?」
「壊れた箇所でも見つけてるんスか?」
わずかに目を見開いたところで、背後にジーンとイエリーがやってくる。
二人に向かって、グレイフィールははっきりと言った。
「この魔道具は……ちょうど使い始めてから一年で壊れるように細工がしてある。いったい誰が作った物だ、これは」
グレイフィールの瞳に、静かな怒りの炎が灯った。
戻ってきたイブに訊くと、このケトルは近所の魔道具量販店で買った物だという。
その店もつい数年前にできたばかりで、安くて便利な魔道具が買えるというので街の人に人気ということだった。
だが黒い噂もある。
「黒い噂?」
「はい。なんか買ってもすぐに壊れるとか、そういう良くない噂です。文句を言いに行っても、保証期間が過ぎているから対応できないとか、そちらの使い方が悪いのだろうと追い返されたりするらしいんです。うちもいろんな道具を扱う店として一個は買ってみようと思ってこのケトルを買ってみたんですけど……やっぱり本当だったみたいですね……」
「ふむ」
イブから概要を聞きだしたグレイフィールは、少しのあいだ考え込むと言った。
「よし、その店に行ってみよう」
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