魔王の息子は人類を滅ぼしたくないと引きこもりましたが、実は【魔道具技師】として世界を救っています

津月あおい

プロローグ

魔王の息子はひきこもる

 ここは魔界――。


 小高い丘の上に、紫の花をいっぱいに咲かせた巨木が一本生えている。

 ひらひらとその花弁が舞う下には、『セレス・アンダー』と名の刻まれた真っ白な墓石があった。


 その墓石の前で、ひざまづいて祈りをささげている者がいる。


 彼の名はグレイフィール・アンダー。

 この墓石の下に眠る聖女の母親と、魔王の父親との間に産まれた、半魔の少年だった。


 短い黒髪の間からは、ねじくれた小さな角が、左右にそれぞれ一本ずつ生えている。

 グレイフィールはずっと目を閉じていたが、ふいに何者かの気配を感じ取り、立ち上がった。



「父上……」



 その見開いた紫の目に映ったのは、彼の父親――ゼロサム・アンダーだった。

 魔界を総べる悪の帝王である。


 少年とよく似た容貌をしていた。

 腰まで伸びた漆黒の髪に、少年よりも太い巻角。

 だがその体格は、小さな少年とはまるで違い、大柄で筋肉質なものだった。


 魔王は威圧するように言う。



「グレイフィールよ! いつまでその墓にすがりついている! お前の母はもういない! いい加減現実を見ろ!」


「……父上」


「あやつが生きている間だけは、人間界に侵略するのを避けてきた。だが、もはやその義理もない。これからは本格的に人間界を滅ぼす。お前はこの魔王の座を引き継ぎ、進軍の礎となるのだ!」



 勝手な言い分に、少年は怒りとともに叫んだ。



「私はっ……人間界を滅ぼすような魔王になどなりたくありません!」


「何っ!?」


「母上は……『聖女』でありながら人間界を見限り、魔界側に寝返った人間でした。でも、本心ではまだ彼らを愛していたのです! 私は……私はまだ、人間たちとの和睦を諦めたくはありません。ですから――」


「くどいッ!」



 魔王は漆黒の大剣を二振り、瞬時に構えると、体中から禍々しい魔力を放出しはじめた。

 足元の地面がその圧によって大きく凹む。



「父上!」


「黙れ。その話はもう聞き飽きた。我々魔族は人間どもによって迫害され、太古の昔にこの辺境の地に追いやられた種族。それはお前の母も同じだった。この恨み、晴らすが我らの宿願ぞ! グレイフィール、まだそのような甘いことをのたまい続けるなら、力づくでも言うことを聞かせるッ!」



 そう言って、魔力を足に込めた魔王が一気に突撃してくる。

 グレイフィールは真っ黒な魔槍をその手に生み出すと、切っ先を父親に向けた。

 だが魔王はいっさい気にせずに斬りかかってくる。


 ギインッと鈍い金属音が鳴ったかと思うと、もうグレイフィールの槍は弾かれていた。

 一歩後退し、グレイフィールはまた新たな魔槍を召喚する。

 第二撃目が迫っていたが、槍を六本、目の前に展開することによってそれを防いだ。


 そして<転移>を使って少し離れたところに移動する。



「やはり……抵抗するか。そうこなくてはな。ワシはお前の頭脳と、その戦闘力だけは買っているのだ」



 ニヤリとその朱色の瞳を細めて笑うと、魔王がまた迫ってくる。

 だがグレイフィールも負けてはいられない。



「……幾千もの刃となって、乱れ飛べ。魔槍・千本乱舞!」



 グレイフィールの紫の瞳が輝くと、数多の魔力を帯びた槍が召喚され、くるくると回転しながら飛びはじめた。

 そして無秩序に魔王へと殺到していく。



「ハハハッ! いいぞ! その調子だ。ワシを越えねば、次代の魔王には……」



 一本ずつ、または複数の槍をその大剣で受け流しながら、魔王は嬉々として応戦する。

 だが、ふと気づいた時には小さな息子の姿はどこにもなかった。



「ん? あやついったいどこへ……」





 その頃――。

 グレイフィールは自室にあるものを片っ端から<魔法のトランク>に詰め込み、魔王城の外れにある物見の塔へと向かっていた。


「父上とまともにやりあうなんて、ごめんだ……!」


 そして塔の中に駆け込むと、己の魔力を壁に注ぎ込み、塔を自分の<領域>と変化させてしまった。

 これでいかなる者が塔を攻撃しようとも壊れることはなく、また入ってくることも不可能となってしまった。


 魔王の城はすべて特別な鉱物でできているので、自分の魔力を注ぎさえすれば、間取りや作り付けの家具などを自在に変化させられる。

 グレイフィールは仕上がりに満足すると、他にも持ってき忘れた食料などを調達しに行った――。




 ※ ※ ※ ※ ※




 そして、永い時が流れた。

 その間、魔王やその家臣たちは定期的にこの塔を訪れ、外に出てくるよう説得を試みていたが、いずれも失敗に終わっていた。

 グレイフィールが作り変えた塔は堅牢で、誰も立ち入ることができなかったのだ。


 グレイフィールは誰にも会うことなく塔の中で成長していった。

 そして、ひきこもってから数十年経ったある日――。


 一人の少女が魔王城にやってきた。

 少女は不死の吸血鬼であり、特別な<転移>能力を持っているメイドだった。

 魔王や家臣たちは彼女を急きょ「説得係」として任命し、グレイフィールの元へと送った。


 少女が物見の塔へやってくると、彼女はいきなりその特異な<転移>の力でするりと塔内へと侵入してしまった。

 驚いたグレイフィールだったが、何度殺す気で追い出そうとしても、それは不発に終わってしまう――。


 こうして、止まっていたグレイフィールの時が、また動き出したのだった。

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