第69話「神野みこの議 弐」

「私は若者に怒っています、そしてかつて若者だった人たちにも怒っています。なぜ政治家が年より優遇ばかりの政策をやると思いますか? あなた方が投票そしてあなた方が投票してこなかったからです。政府だってそりゃやりませんよ、若者向けの政策なんて、やったところで票になんかつながらないんです」

 年寄り向けの政策と言って言葉に反応した人たちが少し顔を曇らせた。

 選挙を見ていた出央が不安そうに隣にいたカオスにぼそっと話しかける。

「カオスさん大丈夫なんか、こんなはっきり高齢者、敵に回して」

「……いいんですよ街頭演説なんていうのは若者へ向けてのアピールですから、若者へのアジテーションでいいんです。高齢者はほとんど組織票ですよ、特に地方では。それにあれですよ」

そういって、出央はみこにむかってスマホを向ける若者たちを指さした。

「狙いはあれです、このみこの雄姿をたくさん拡散してほしい」

「なるほど、ツイッター向けということか」


そしてみこは演説を続ける。

「今回の選挙、はっきり言って負けます。私が応援する革新同盟に勝ち目はないってそう思ってます。でも、若者のみなさん投票してください、我々はきっちり政治的意思を示すんだって、政権にアピールしてください。そうすれば、必ず政治家は若い方をみます、未来に向けた政策をやり始めます。ほおっておけば、のうのうと既得権益を持った連中とか、みんなが言う老害たちが、若者から利益を奪っていくだけですよ。老害をつくってるのはだれか、他でもない、投票に行かないあなたたちなんです」


 さらにテンションをあげて、比較的涼しい気候の本日ではあったが、額に汗をしながら懸命にみこは訴えかけた。

 さながらLIVEをしているようである。


「いうねぇ、みこさんは。あれもカオスさんが書いたペーパーの内容ですかな?」

 出央が再びカオスに尋ねた。

「あんな内容はありませんよ、完全にアドリブです。今のところ我々が書いた内容は一言も話してくれてません。もしかすると完全無視する気かな?」


「私は革新同盟候補の秋山さんの応援演説ですが、秋山さんに入れなくたっていいんです。ただ投票それをするだけでいい、若者の投票率が上がれば、政治家はそこに注目するしかなくなるんです。それだってまだまだ高齢者の方が持ってる票の数が多い。若者みんなが投票してもなお、まだ、彼らに勝てはしないんです。だから引き下げるしかないんです、まずは選挙できる年齢を、そしてさらに立候補できる年齢です。おかしくないですかなんで、立候補できる年齢が25歳以上なんですか? 政治的権利は国民皆に平等であるべきです。それなのに何らの根拠もなく、若い人は立候補しちゃダメってなってるんです、じゃあ若い人の意見はどこに提出すればいいんですか、若い人の代表なんて必要ないっていうんですか」


みこの演説を聞きながら、カオスはうんうんとうなずいていた。

(内容はともかく、心に刺さるなあ。演説が上手な人だ、ほんとうに)

聴衆も歓声も上げずにただひたすら聞き入っている。


「幸いにして民政党の方でも、成人年齢の引き下げが検討されてるので、18歳選挙権は実現されるでしょう。でも正直ここだって、私は不満です。これはたぶん憲法の改正が必要なんですけど、いいじゃないですか中学生とか小学生が投票したって。少なくとも国民である以上選挙権を与えるべきです、子供だからと言って選挙権がないのはおかしい。例えば18歳以下の子の選挙権は、親が代理したっていいと思います。子育てをしている親はその子の分まで政治に意見を反映させる権利があっていい、そう思いませんか?」


 ここにきて、聞いたことのない話をみこが始めたので、一瞬ヒヤッとした汗をカオスは流した。どうするか、さすがにプランとはかけ離れたものになりつつある。いくら若者から支持を得るのが目的とはいえ、このまま、勢いのままみこに演説をさせていいものか。

 残念ながら別件の仕事があるため、龍太はこの場にはいない。


「一番苦労するのはこれから子育てをしようとする若い夫婦たちです。子一人を育てるのにかかる費用は1000万とも2000万ともいわれています。そんなことを聞いて誰が進んで子供を作ろうと思いますか。高齢者に手厚くするのは大切ですが、それ以上に目を向けなければいけないのは彼らでしょう。それどころか若くして子供を作った人たちに対して、経済力もないので考えもなしにもなしガキを作るやつらが悪いとかいう始末ですよ。子供を作ることは絶対的な正義でしょ。本人たちにその能力がないなら全力でそれをサポートするのが政治の仕事じゃないんですか」

 ここみこは自分の言葉をいったんおいた。

 そこで一気に聴取から拍手が起きた。

 演説の方向性は当初とは関係ない方向へ行ってしまったが、しかしこの鬼気迫る訴えは人々の心に何かを訴えたのだろう。


 この機会をみてカオスは、画用紙にマジックで『本題に戻して』と書いて、選挙カーの車上にいるみこのほうへと向けた。さすがにアドリブでみこの思うままに話をさせたら、後にいろいろなところから批判をされるだろう。

 というカオスも、10代で結婚して子供を育てられませんとかいう連中はそいつらの甘えだと思う思っているからだ。陸奥宗光として過ごしたころの日本人は10代でもしっかり成人として大人だったといえる、それゆえに10代で結婚して家庭を持ってもおかしくなかったが、現代の日本人は総じて幼すぎる。

 

 カオスがそういう思いで、カンペをかかげているとそこへ、『達磨、達磨をよろしくお願いします』という声が選挙カーから聞こえてきた。

 対立候補の民政党公認「達磨達郎」の選挙カーがやってきたのである。カオスはすっかり時間を見落としていた。革新同盟が抑えていたのは17:30~19:00であった。テンションの上がってしまった川上が最初に長い演説をぶちかましたせいで時間が完全に押していたのだ。

 (それにしても、我々のあとに同じ場所で演説をぶつけるとはな)


 達磨達郎の選挙カーは、秋山の選挙カーのすぐ後ろに車を止め、そこから達磨本人ではなく、ある女性が降りてきた。

 現官房長官の日連芳子である。

 日連は降りるなり、選挙カー上のみこに向けて一言告げた。

「神野みこ! 聞きなさい、この場で私と公開討論しなさい! あなたのその思いあがったエセ政治感を叩き潰してあげるわ」

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