第70話「みこVS日連官房長官」

「これはこれは日連ひづれ様、まさか現役の官房長官が私のような若輩者を気にかけていらっしゃるとは」

 選挙カーの上から、みこは皮肉たっぷりに日連芳子に話しかけた。日連はそのしぐさを大変気に食わなそうにみこをにらみつけた。


「おなじ女性の政治家として、後進が頑張っている姿を気にかけるのは当然じゃないかしら」

 そういって日連は、かつてグラビアアイドルの被写体としてカメラに向けていた時のような笑顔をみこに向けた。余裕を見せつけることができたこの先制パンチは成功し、舌戦のスタートは日連に分があるようであった。

 そして日連は自身の応援する候補者の選挙カーの上へと戻った。


「後進が頑張っている姿を応援してくださるというならば、ぜひ、この度革新同盟が議員立法で提出予定の改正選挙法案に賛成してくれないでしょうか、若者の政治への門戸を開く、それが何よりの応援ですよ、官房長官」

 日連が選挙カーに戻るや否や、みこは官房長官に向かって声を浴びせた。すでにみこに時間は終了している。そんなことをお構いなしとばかりにいままさに、二人の女の場外乱闘な舌戦がスタートしようとしていた。その状況を見て、あわてて下で見ていた荒木出央が車上のみこの元へと向かう。

「みこさん、まずいです、時間外で警察の指導とか受けたらマイナスイメージですよ、向こうの思うつぼです」

「かんけーないわよそんなの、このままなめられっぱなしで終わられるかっちゅーの」

 みこはどうやら、完全に頭に血が回ってるらしく、出央の言うことを聞きそうになかった。『こりゃあかん』と判断した出央はすぐさま、選挙カーの運転手に発信を指示してこの場を離れることにした。

「ちょっと、何すんのよ」

 選挙カーの急発進でみこは、体が揺らめき、倒れそうになる。

「止まりなさいってば!」

 拡声器で、選挙カーの上から運転手に指示を出すみこ。


「あらら、逃げ出すのかしら、みこさん。残念ねぇ」

 敵の選挙カー、つまりは日連芳子から容赦のないあおりが来る。


(くっそぉ、あのおんな、こっちの事情を知ってるくせに)

 走ってる車の上から選挙活動をしてはいけない、それ故にもうこれ以上みこの反論は許されてないのである。選挙カーも止まることはないだろう。

(みこさまをなめるなよぉ)

 すると何を思ったのかみこは、えいっと車上から飛び降りた。走り始めでスピードが出ていないとはいえ、無謀にも走行中の選挙カーの上から、路上へと飛び降りたのである。

 それもきれいに着地を決めて、飛び降りると言うよりも、タトンと舞い降りる感じであった。

 そこまで高くないとはいえ、2mほどはある。とんでもない身体能力と度胸、そして無鉄砲さである。みこはアイドルの格好で選挙活動をしていたので、飛び降りる際にパンツが見えてしまう懸念もあったが、そこは不思議な力によって、スカートは舞い上がらなかった。後にファンがとっていた動画でもそれは確認されていなかった。

 時空を超えるアイドルにとってその程度のことは何でもないことである。


 聴衆の拍手に包まれながら舞い降りたみこは、日連芳子の乗る選挙カーへと向かっていく。周辺は聴衆でごった返していたが、みこの威圧感からなのか、聴衆はみこの行く道を遮ることなく、むしろ自然発生的にその車までの道を開き作っていた。


(あんたの正体が何かは知らないけど、倭の国のひみこ様を軽く見た罪は軽くないわよ)

 そう思いながら、ゆっくりと日連芳子の元へとみこは歩を進めていく。


「向かってくるのね? いいでしょう、神野みこ、この車の上に上がってきなさい、正々堂々、政策論争をしようじゃない」

 車上の日連芳子は、みこに向かって宣戦布告をする。

 そしてその心中にはみこよりも燃えたぎるものがあった。

(神野みこ、いいえ、卑弥呼。あなたにはね、平安時代からの借りがあるのよ。圧倒的上の立場になった今こそ、あの頃の屈辱を返してあげるわ)


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る