第67話「公職選挙法の話」

秋山春鴨あきやまはるお、秋山をよろしくお願いします」

 10月11日の投票日を控えて2週間前の9月末、岩手県中に候補の名前をひたすら連呼する選挙カーが縦横無尽に走り続けていた。早くおきたくない職種の人には大変迷惑な限りだが、これも立候補者の権利なので一つご理解いただきたい。

 日本革新同盟の立候補者である秋山春鴨もまた、例にもれずひたすら名前を告げて、お願いしますを繰り返して車を走らせていた。

 その騒音ともいうべき声を、盛岡のホテルに滞在していた神野みこも聞いていた。


「ねぇ、カオス? いっつも思うんだけどさ、あれってマイナスじゃないの?うるせーからこいつには絶対投票しねぇってなりそうじゃない」

 今日のみこは、5時から盛岡駅前にて秋山候補の応援演説をする予定になっていた。そして、前日から田町カオスとその内容についてブリーフィングをしていた。


「あぁ、みこさん。それよく言われるんですけどね。そういう風に思う人ってそもそも投票に行く気がない人じゃないですか。その人が候補者を嫌おうが嫌うまいが所詮は0票なんですよ。マイナスの票は入れられませんからね」

「ええと、じゃあもうそういう人の意見は切り捨てるってこと?」

「そうですね、だから嫌われてもいいから名前を覚えてもらうという方を優先するのです。アメリカでは実際社会実験が行われて、名前を連呼したほうがいいって証明されてるんですよ」

「ふうん、悪名は無名に勝るってやつ? なんか気に入らないなあ」

「まあ、それでもうちは相手陣営に比べれば節度を守ってやってますよ、もちろん地元基盤の差があるからということもありますが、選挙カーも少ないですし、朝早い時間はさけてますしね」

 と言っているそばから、『民政党公認、達磨達郎だるまたつろうをお願いします』というウグイス嬢の声が聞こえてきた。

「ほんっと、もううるさいわね。あいつらどんだけ選挙カー持ってんのよ、一時間おきくらいに聞こえてくるじゃない? そもそもなんで名前連呼するだけなのよ、ちょっとは公約とか言えばいいじゃない。うちの候補もそうだけどさ!」

 耳を防ぐしぐさを見せながらみこはヒステリックにカオスに不平を言う。


「ああ、それは法律、公職選挙法で決まってるんですよ。政治的な主張を行う演説は止まってる車の上からしかできなくて、走っている時には名前の連呼だけが許されているんです。だからとりあえず各地に車を走らせて名前だけ連呼することになってるんです」

 そう言いながら、カオスはその条文をスマホに映し出してみこに見せる。


 (車上の選挙運動の禁止)


第百四十一条の三  何人も、第百四十一条の規定により選挙運動のために使用される自動車の上においては、選挙運動をすることができない。ただし、停止した自動車の上において選挙運動のための演説をすること及び第百四十条の二第一項ただし書の規定により自動車の上において選挙運動のための連呼行為をすることは、この限りでない。


「いいわよ、見せなくても、何書いてあるかめんどくさいし。それにしても変な法律ね、私が当選したらまずこの法律を変えるわ。昼まで眠りたい人に申し訳ないもの」

見せかけたスマホを手で覆いかぶせて、みこは条文を見ることを拒んだ。長文を見るとアレルギーが出るといわんばかりである。


「ちょっとみこさん、もし当選したら法律を作るのがお仕事ですよ、条文を見るのには慣れてもらわないと」

 カオスはあきらめずに条文の話をしようとした。みこに政治が何たるかをしっかり叩き込んでおかなければならないと考えていた。しかし、みこは予想外の返しをする。


「あれ、龍太から聞いてないの? もし当選しても私は国会に行くことなんてほとんどないんだってさ。比例選挙で出て当選したらすぐにやめて、自分の党の次点だった候補を繰り上げ当選させて、その人に国会の活動をしてもらうらしいわよ」

「えっ、いいのですかそれで、っていうかできるのですかそんなこと?」

「いいんじゃないの、確かに私的には国会の椅子に座り続けて、つまんねーじじいたちの話を聞くよりも、いろんなところに行って自分の主張を伝えたほうが楽しいもの」

 みこの話は比例区で当選した場合に適用されるルールであり、小選挙区で当選した場合には適用されない。比例区で当選した人間が何らかの事情で失職した場合、その失職した党の中で当選はしなかったものの獲得票数が最も高いものが繰り上げ当選される。実際、比例区で当選した参議院議員がその次の衆議院議員選挙のために辞職して、そちらに挑むということはよくある話である。

 もったいないなあという気はするが、党としては参議院の数を減らすことなく、選挙に強い人間を衆議院の小選挙区で戦わせることができるので、もったいないどころか実に効率的なのである。


「有権者は納得するかなあ、龍馬さんはその辺どう考えてるんだか」

 カオスは少し頭をかかえた、そんな戦略を持っているなど龍太から聞いたことはなかったのである。

「選挙と政治の分離って龍太は言ってたわよ。私みたいに知名度があって選挙に強い人が選挙で勝負をして、選挙には弱いけど頭のいい人を国会に送り込むんだって」

得意満面にみこは龍太が言ったことを繰り返した。


「ん、みこさんそれってめっちゃバカにされてませんか?」

「えっ、どういうこと……? あれ、確かに私じゃ国会で活動をできるような頭がないって言われてるのと同じじゃない」

 龍太はこの話をみこのような美して、力のある人間が国会ないに引きこもるのはもったいないと説明していて、みこはそれをまっすぐに受け止めていた。

「龍太のやつぅ」

 みこの声にはどすが聞いていた

(龍太さん、すまん、ついうっかり余計なことを言ったかもしれないっす)

 カオスはひそかに反省をした。








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