第66話「地盤・看板・カバン」

「ね、ちょっと龍太?」

 ねっちょっとの言い方だけで、みこが機嫌の悪いことを龍太は察した。いや、そもそも、はじめから機嫌が悪くなるであろうということを龍太も想定済みではあるのだが。

「なんですか、なにかご用ですかみこさん」

 龍太は、さも我関せずといった感じで対応する。

「何であたしがこんな長い内容のペーパーを暗記しなければいけないわけ? 興味ないわよ私は、消費税についても、安全保障についても」

 みこの手には、龍太とカオスによって作られた、来たるべき岩手知事選に向けた応援演説の内容が書かれたペーパーが握られている。それはまんま、日本革新同盟の主張そのものであり、とくに若手に訴えることができるよう、苦心を重ねて作られたものだった。


「若い人に訴えられるよう平易に作ってあるし、みこともあろうものが覚えられないようなものであるはずないぜよ」

「なによ、そのわけのわからない遠回しな言い方は。いいじゃないこんなん、なくたって要は私のパッションが伝われば十分じゃない」

「それじゃあ、従来のタレント候補と同じじゃ。二〇歳にして、しっかりとした政治的思想をもち、あくまで正論で対立候補を打ち倒す必要があるぜよ。それでこそ、みこは若者の代表として、日本に認められるのだ」

「ペーパーなくたって、私の朝生の応対を見たでしょ。私のアドリブに任せないって! 日出ずる国の卑弥呼をなめてるのかしら」

 そういうみこの顔は自信に満ちている、確かに深夜生討論番組でのみこの対応は素晴らしく、視聴者の心を引きつけたし、龍太も感心していた。


「みこをリスペクトしてるからこその、このペーパーなんよ。この考えがしっかりみこに浸透してれば、確実に相手の意見を封殺できる。もちろん、川上代表がそれをつたえてもいいんやが、みこというアイコンがそれを言うからこそ時流が動くというものぜよ」


 今回の知事選は、麻野が天晴会から外れ民政党と合流し、そして川上と大泉が浮流を果たすという対立構造ができてからの初めての選挙となる。

 しかし実際には対立構造にすらなってない。圧倒的な多数派与党と弱小政党の構図なのである。

 ましてや、岩手県は民政党の大沢のナワバリと言っていい。

 マスコミも始まる前から、与党が掲げる候補の圧勝を予想していたし、正直、龍太としても勝てる戦いだとは思っていなかった。


 しかしだからこそ、もしこれが勝てるならば、勝てないにしても接戦に持ち込めるのであれば、民政党と麻野の不可解な合流に対して国民が納得していないと言うことを見せつけることができるし、若者たちに自分たちのメッセージが届いているんだと言うことを示すことができる。


 そんな状況で、勝てないと思っていた岩手知事選ではあるのだが、先日、予想外に大沢の不祥事がマスコミで騒がれることになった。龍太が出央に指示した結果とはいえ、正直、投げかけた以上の波紋が返ってきたといえる。

 出央に指示した段階では、マスコミが騒ぐまでになるとは思っていなかった。

 期待したのは水面の波紋程度のことであったが、、返ってきたのが津波だった。それくらいの成果である。

 流れは変わったと龍太はみている。


 あの報道で、民政党との合流に納得がいってない民自党議員がこちらに流れてくる算段もたったし、事実大泉はその議員の説得に動いている。そして今回の大沢の不祥事の報道、さらには復活したみこが応援するとなれば、マスコミは否応もなくこの知事選に注目せざるを得ない。

 注目が増えれば浮動票が増える、浮動票が増えれば優位にたつのは勢いのある政党である。

 毎回みこだよりになって申し分けないが、みこがやはりキーマンとなっていると龍太は判断した。


「でもさあ、龍太。あっちの地味軍団にくらべて、こっちは言ってもスター軍団じゃない? 私でしょ、そして川上さんに、出央くん、AGEHAちゃん、高杉院長だっているし、、真也も格闘ファンの支持は厚いでしょ? 正直言って私が頑張んなくたって圧勝なんじゃないかって思っちゃうんだけどなあ。相手陣営はおっさんしかいないよ」


「みこ・・・・・・選挙というのは人気投票のようでそうではない、その辺がYSKの総選挙と違う話なんぜよ。スター軍団なら勝てるそういうもんじゃない」


 選挙とは最終的には人気投票である、そういう面ではみこの指摘は正しい。おそらくネットで支持率を取ったら、やもすれば多数派は龍太達側かもしれない。しかし、選挙は、地盤、看板、カバンというように、人気要素は一部に過ぎず、地盤が大事なのである、地盤とはつまり組織票である。

 組織票という点で、民政党と民自党のタッグは強力すぎた。組織票は時代の流れで投票先を変えたりしない、何があろうと自分の支持母体に投票するのだ。

 龍太の調べ、いや大泉の情報では、大沢の出身地ということもあり、岩手では民政党の支持基盤だけで、二〇パーセント以上の票を集める、そこにさらに合流した民自党の基盤が10パーセント近くある。一方で日本革新同盟の組織票は0に等しい。

 つまりは少なくとも龍太達は浮動票だけで、30パーセント以上をを集めなければ、土俵にすら立てない状況なのだった。


 浮動票の掘り起こし、それが何より大事で、龍太達は眠っている票をなんとか掘り起こさなければいけなかった。

 そしてその役目がみこには課せられていた。

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