第63話「人斬りの戦い」

(そんなまさか、気がつかれるはずが・・・・・・)

気配も音も何もかも完全に消したと砂川はそう思っていた。

レーダーの類いでも日常から持ち歩いていたのだろうか、そんな馬鹿なはずがない。

気がつかれた砂川は特に何も答えない。

 こうなれば無関係の通行人を装うほかなかった。


「誰かと思えばこれはこれは、有名人の砂川真也さんではありませんか」

 男は振り返ったまま砂川から視線を切らずにそう続けた。砂川とて素顔で襲おうとしたわけではない、深めのキャップをかぶりマスクをしていた。いかにも怪しい出で立ちだが、ぱっと見で本人だとわかるほどではないはずだった。


(何だ、この男・・・・・・)

 砂川はさっきから隙を見つけて、逃げるか、あるいは倒そうとしていた。

 しかし、そんな隙はみじんもない。マネーと戦ったときの方よりよほど手強い。

 まるで、幕末に身を置いてるかのよう、そう砂川は感じていた。


「見させてもらいましたよ年末の格闘イベントを。いけませんねぇ素人相手にあのような技を使うとは、かわいそうです」

 よどみのない口調でこの男はそれを口にした。

 マネーを素人あつかい、さらには砂川が使った技まで示唆している、一体この男は何者だというのだろう。

 すぐにただ者ではないと察した砂川は、先ほどから、隙を見て先手を奪おうとしているのだが、どうにも身動きがとれない。動けば制せられしまうそのような圧を感じていた。それは真剣を持ったもの同士でぶつけ合う剣圧に近いものだった。

(相手は間違いなく素手、なのになぜ)

 砂川は震え上がろうとする体を必死に押さえ込んでいた。現世であったものの中で最も気味が悪い相手である。


「無刀どりは後世で完成されたのですな。私が考えたものとは違うようですが、我流ですか砂川さん? あれは見事な無刀取りでしたよ」

 敵の無駄話は止まらない、ようやく落ち着いた砂川は相手の様子を冷静に観察する。身長は170ほど、体重も70前半か、少しがっちりした体型だ、顔のしわを見るに50か、60か、しかしその鋭い眼光は決して一線を退いたおいた男ではない。

 どうにも狙っていた男、安代ではないようだが、間違いなく大澤の関係者、自分と同じく転生者だろう。

(転生者が大澤と無関係でこんなとこには現れないだろう)


「砂川さん、無口ですね。同じ剣客同士かたり合いたいのに、あなたがいくら正体をかくしても漂う人斬りの血のにおいは取れませんよ、あの試合、いやその前のあなたの試合を見ていたときから感じていました」

 無駄話をしながら、男は歩を一歩前に進める。

 それをみて、砂川も身構える。しかし男が進んだ距離は砂川の防空圏からは外れている、踏み込んでも自分のけりも手も届かないだろう。

 お互いにお互いのギリギリの間合いをみはかっている状況であった。

 砂川は男に対して何も言わない。


「ま、剣客がおしゃべりで語り合うというのも無粋ですかね。斬り合い、まあお互い獲物を持っていませんから、殺し合うことでしか対話にはなりませんか」

 そう言い終わったその刹那、砂川の視界から男の姿が消えた。

 視界というのはこの場合、目から見える情報だけを指すのではない。五感すべてから入る情報を視界という。

 完全に気配をたたれた。秒数にして0.1秒にも満たない間だが、致命的な間である。反射的に、砂川は飛んでくる攻撃を予想する。

 狙ってくるなら首か胸。


つうっ!!)

 首をガードした左腕に鋭い痛みが走った。刃物の痛みである、ナイフでも使ったのか。しかし砂川もその激痛に耐えながら、刺された瞬間、敵の刃物を持った腕の手首をがっつりとつかんだ。砂川は見失った瞬間からこの展開を想定して、相手の動きを封じることに徹したのだ。

 そしてつかむと同時に、その腕を引き寄せて無防備なボディに膝をたたきつけようとする。

 敵が攻撃をしてきた勢いをそのまま利用するので、左腕はめちゃくちゃ痛いが、不可避の一撃になる。

 もちろん砂川はこの一撃だけで戦いを終わらせる気でいる。

 しかし引き寄せた腕はそのまま、すぽっと敵の体からはずれてしまい。引っ張る勢いそのままに砂川は後方に倒れてしまいそうになる。

 砂川は必死に倒れるのをこらえ態勢を保つ。右手には敵の右手がつかまれたままである。

(義手か・・・・・・面倒なまねを)

 その義手に気づいた瞬間、砂川はハッとなりつかんだ敵の右手、そして刺さった刃物を左腕から引き抜き、敵の方へと投げつけた。

 投げつけた腕を敵はすっとかわすと、腕は地面に落下し、そしてそのまま腕が爆発した。顔の起きさほどの小規模な爆発であったが、もし目の前でそれが起きていたら再起不能は必至だっただろう。


「・・・・・・よくわかりましたね、お利口です。そして見事な反射神経、正直初撃で仕留めたと思ったんですが」

 まだ男には余裕がある。そりゃあそうだ今の攻防では砂川の左腕に、ナイフが突き刺さっただけなのだから。

(神経はやられてない、出血がすごいが、それでどうにかはならないだろう。しかし問題はやつが暗器使いということだ)

 砂川はつかんだ腕が義手だと判断した瞬間に、敵が暗器使いと悟った。ならば義手に仕込みがないわけがない、最悪を想定して腕を投げ返すことにしたのだった。


(そして暗器使いということはそいつが持つ刃物には・・・・・・)

「安心してください、というか油断ですね。毒は塗っていませんよ」

 砂川の想定の途中、敵は自ら、毒が塗布していないことを暴露した。とはいえ暗器使いのいうことである信用できない、毒を塗っていないということをばらすことに何の得もないからだ。


「・・・・・・暗器使いと思われてるなら心外です、これでも私は名の通った今でいう剣豪というやつでしてね。あなたもさぞ名のある剣術家だったのでしょう、純粋に手合わせを願いたくなりました」


「・・・・・・剣豪がなぜ義手に仕込みなどする」

ここで初めて砂川が口を開いた。


「・・・・・・無刀取り、ご存じありませんか。私が考えた戦いの極みです。『戦わずして勝つ』それがだめならば『どんな手を使ってでも勝つ』です。剣豪でありながら私は剣を捨てたのです、そんな私と純粋に剣に生きたであろうあなた、手合わせしたくありませんか」

そんなことを敵は言い出した。


「名前くらい名乗ったらどうだ?」

それを受けて砂川真也も提案を受けたかのように問いかける。無刀取りの時点で砂川にも敵の正体にあたりはあったが。


「ふふっ、いいでしょう。私の名は上泉信綱かみいずみのぶつな、後世からは剣聖といわれております」






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