第54話「革新の風」

 話は2011年の夏に戻る。


 復活したみこが連日マスコミを騒がせる中、川上と合流した大泉には相当な批判の声があげられていた。何らの事情も知らない民自党支持者からは裏切者の声が多数上がり、予想以上に大泉と大泉についてきた陣営は世論に苦しめられていた。


 とくに民自党から比例代表で受かった大泉派の議員たちは、議席の返上をするのが筋だという論調になっていた。


「相変わらず、麻野というか民政党はマスコミ対策がうまいですね」

 大泉は龍太に愚痴を漏らした。

「うーん、ここまでマスコミが川上、大泉の融合に批判的になるとはなあ」


 しかし、大泉、川上連合はめげなかった。

 まずは地方議会に目を向け、あらゆる地区の地方議会選挙に、日本革新同盟の候補者を立て、大泉、川上、そしてみこやAGEHAはそれぞれの地で応援演説を行い、今の民政党のダメさを訴えて、さらに、自分たちの主張する被選挙年齢の引き下げを叫んだ。

 まさにどぶ板選挙である。みこたちは可能な限り多くの有権者にふれようと、各地を回り、みなと握手をし、そして声を聞いた。


 有権者の限りなく近いところまで自らの主張を訴える、その中心にいるのは華麗なる復活を果たした神野みこ、民衆が熱狂しないわけはなかった。

 その成果で、2011年夏に立候補させた日本革新同盟の議員たちはトップ当選を果たしていき、またたくまにそれは革新の風が吹いたと表現されるようになり始めた。

 特に大阪では歴史的な対象をおさめ、大阪市、大阪府の両方において圧倒的多数をもって当選した。

 またYSKの中心地である横須賀そして、神奈川でも圧倒的な強さを見せて議席を確保する。さらには、神奈川の知事選においても圧倒的に不利と言われていた革新連合の立候補者が現職を倒して初当選した。

 これにはマスコミも驚愕した。革新の風が吹いてると確信せざるを得なかった。 

 気が付けば大泉達に吹いていた逆風はどこへいったのか、革新の風という追い風が吹き始めていた。


 そして、この状況を胃をきりきりさせながら見ているのが麻野とそして大澤である。

 二人はいつものごとく首相官邸において、タバコをふかしながら事態を話し合っていた。

「いくらあいつらに勢いがあるとはいえ、ここまで我々が苦しむか。どうなっているんだ大澤」

 麻野の表情は見るからに不愉快そうであった。

 民自党の時には紳士と言われたあのスマートな表情はどこにもない。

「まずは、小菅……あいつを首相にしたのが失敗でしたな。すっかり引きこもりがちでまともな国会対応もできないし、震災対策もすべて後手。日野富子……日連芳子が何とか官房長官としてすべてをまわしてますが、それも最近は批判の対象でして」

 大澤は現状をつとめて冷静に伝える。


「んなこたあわかってるんだよ、小菅は適当なとこで切る。あいつはダメだ、どっかのタイミングで俺かお前が満を持して首相をやるべきだろ? ただそれより前に、あの川上と大泉、いや神野みこという突如現れたアノミーを排除しねぇといけねぇ、そうだろ」

 アノミーとは社会的規範が失われた状態をさすが、この場合は麻野が作り出していた自分にとって都合のいい秩序を崩した存在として、みこを指している。


「そうですね、確かにあいつらが幅を利かせてる間に我々、いやもちろん首相になるべきは義満様であろうと思いますが、そうなってもただ貧乏くじを引かされるだけになります」

「……どうすりゃあいいと思うんだ大澤よぉ」

「もう一度壬生の連中に頼みましょうか」

 大澤は壬生という言葉を口にした、これはつまり再び新撰組の力を使って物理的に神野みこを消すということである。


「……ダメだろう、さすがに今殺せば、世論はみこの弔いということでますます奴らに風が吹く。それに犯人が誰かいかにバカな国民とはいえうすうす気づくだろう」

「……そうですね」

「延期している岩手県の知事選が勝負だな、もしそこで負けるようなことがあれば、完全に民政党が国民から見放されたとおもわれかねん」

 岩手県は大澤の出身地であり、そこは大澤大国と言っても過言ではない。もしそこで民政党の候補が負けるようなことになれば、大澤の権威が失墜したといってもいいレベルに陥る。


「それはさすがに……岩手で負けることはあり得ないと思いますが、すでに弾は十分回っていますし、いくら義満様でも心配し過ぎでは?」

「甘すぎるぞ大澤、あいつらが票を集めてるのはすべて無党派層なんだ。すべての選挙で異常な投票率の高さを示している、神奈川知事選は異例の70%越えだぞ、同じことが岩手で起きてみろ、撒いている弾なんぞなんの価値もなくなるわ」


 近年、投票率は落ち込む一方であり、60パーセントを超えることすらまれである。投票率が低ければ低いほど、その地方で確実に投票してくれる人間を囲えている人間が強くなる(これを地盤という)

 一方普段選挙に行かない人の投票が増えれば増えるほど、彼らはどこに入れるかわからないので、もともと強い人たちには不利になる。

 大澤は岩手に相当な大きな地盤を持っているが、もし投票率が70なんていう大台を突破してくれば、とても盤石とは言い切れない。ちなみに会話中に出てくる弾とは現金のことであり、強い地盤を持っている地方議員などは、多かれ少なかれ地方の有力者に何らかの便宜を図ってるものである。

 それが地盤を支えている。


「いいか大澤確実に勝て、まずはみこつぶしだ。あいつが応援演説をしたらすぐに日連芳子を演説でぶつけろ、しょせん向こうは小娘、女政治家としての格の違いを見せつけるんだ」

「はっ承知しました。それとあれですね、スキャンダルを探しましょう。みこにもウィークポイントはあるはず……あとはマスコミの印象操作で、どんなアイドルだって崩せます」

「……そうだな、たしかあいつは未成年の時に飲酒してた過去があるはず、探せば証拠も証人も出るだろう。よしいいぞ大澤、その路線だ、ぬかるんじゃねーぞ」

 二人ともすっかりみこがアイドルという点にばかり目を向けて肝心なことを忘れていた。神野みこという女は小娘どころか、1800年以上前から生きているのだということを。

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