第44話「春川十色」

 龍太はあの尖閣諸島衝突事件において、海上保安庁職員が流出させたといわれる映像をもちろんUチューブで確認していた。

 そしてその時に気になったのが、その時のアカウント名であった。


 「hirock47」ハイロックと読むのだろうか。ロックの部分は69と読み換えることができる。つまりはhi69である。この69というのはすなわち陰陽を示す太極図「☯」を示している。万物には光も闇もある、これは天晴会の根源思想そのものでもある。天晴会は日本の闇の部分も光の部分も担う覚悟を示していた。

 二つは対極にあるのではなく、入り混じって一つを形成してる。


 そしてまたこの☯というのは、流転を示す図でもあり、死んでまたよみがえることを示唆していた。まさに天晴会のシンボルマークそのものともいえる。

 そしてまた69という数字そのものに意味がある。

 6月9日は龍馬が船中八策を作った日であり、また、69から47をひいた22という数字。

 これは薩長同盟と薩土盟約が成立した日である。


 まあこじつけのようなものだが、これは坂本が西郷、勝海舟との酒の席で語った内容なのである。いち早くアラビア数字というものを知った龍馬は、なんとかアラビア数字というものを、作ろうとしている天晴会という組織に使いたくて、そんなことを提言していた。

 だから69が太極図に見えるじゃん何ていうくだらない話を知ってるのは、この3人に限られるのである。


 ではこのUチューブアカウントが意味してることとは何なのか?

 

 龍太の中では一つしかなかった。




□ □ □


 

「ずいぶんまた小っちゃい姿だな、龍馬」

「やっぱ、おまさんじゃったか……勝さん。現世におるのならばもっと早く天晴会に顔出してくれちょれば、こんな苦労はしなかったものを」


 hirock47の正体は海上保安庁職員、春川十色はるかわとしきであった。

 そして春川十色こそは、西郷と坂本龍馬が師匠と仰ぎ、そして大政奉還の立役者である勝海舟である。


 勝海舟は幕末の江戸幕府において海軍奉行だった、また日本人で初めて太平洋を横断しアメリカへと航行したことで有名である。

 そして鳥羽伏見の戦いの際、幕府側の代表として西郷隆盛と会談し、江戸城を無血開城し、江戸が戦火の海になることを防いだ。


 もちろん出来レースである。天晴会の結成メンバーとして、西郷隆盛と通じていた勝海舟にとって予定通りの無血開城、むしろ勝が提案したものであった。

 勝海舟なくして明治維新はなしえなかったといっていいが、その割には明治政府においては要職にあったとはいいがたく、むしろ自ら要職に就くことを拒むようであった。


 明治維新はおおむね勝と坂本龍馬の思惑の通り進んでいたが、思惑を外れたことの一つが坂本龍馬の死である。それを見て気が萎えてしまった勝海舟は明治政府においては表に立つことを避けていたらしい。


 そして、現世において二人は再会を果たした。時は2010年11月30日、勝海舟改め春川十色はるかわとしきは、国難を救った英雄として荒木出央率いるSWORD主催のイベントによばれていた。

 その際に、春川の目の前にふと、6歳の幼児が現れたのであった。

 それを見ただけで、春川はすべてを察した。


「フフッ……なぜかは察してるだろう? それにしても突然目の前に現れたりして、また俺のことを斬りに来たのかい?」

 春川は目の前の6歳児にそんな皮肉を言った。


「やめてくれぜよ、あの時も勝さんを斬りにいったつまりはないちゃ。勝さんが、あんまりにもそれを主張するもんだから、わしは勝さんを斬りに行ったっていうのが歴史の定説になっちょうが。ちゃんと紹介状も書いてから会いにいっちゃたろう。相変わらず話を大きくする人ぜよ」


「まあいいだろう、そっちの方がドラマちっくじゃねーか。どうだい、現代日本は?楽しんでいるか、龍馬?」

「今は龍太という名前じゃ、そう呼んでくれ。……まあ楽しんでるよ、それにしても勝さんが転生してるとは思わんちゃ、まったく政治にかかわらず、まさか海上保安庁とはのう」


「いいぞ、現代の船は。速いし酔わないし、政治なんかやってるよりよほど楽しい。

まあ、俺がいなくても、天晴会はちゃんと動いてたし、問題ないだろ?」

「勝さん、春川さんも読んだんだろう、西郷どんの日記を? ならば、天晴会におまんさんの力が必要だと知ってたはずぜよ」


「……あぁ、知ってたからこそ関わらなかった。天晴会のメンバーは限りなく減っていた、それはわかってたけどな。でもまあ俺の性格知ってんだろ? もう俺の役目は終わってんだ、だからよ、そのまま一介の船乗りとして過ごそうと思ってたんだよ」

「——ではなぜ、あの映像を流出させたんぜよ?」


「……そりゃあ、お前が現世にいると感じ取ったからだよ。神野みこちゃんだっけ、俺の見立てじゃ、ありゃあ卑弥呼さんだろ? すぐわかったよ、それできっと裏でお前が動いてると思った。だったら俺も絡もうかなあと思ってな、それでメッセージを送ったんだ、さすがだなよく気づいてくれたよ」


「——69って数字ををわざわざ入れてくるあたりな、まあ当たればラッキーくらいのもんだったぜよ。……わしがいなかったら、動く気はなかったんか?」

「……まあな、俺は現代の日本が十分素敵だと思ってんだよ。まあでもお前が動いてるなら話は別だ、おもしろくなりそうじゃねぇか。」


「相変わらず行動基準がそれか」


「面白くもなき世を面白く、俺の言葉じゃねぇけどな、まあそういうことだ。もっと、おもしれえ話をしようか? 俺の勘だけど、今の天晴会のトップは麻野か?」


「……その通りじゃ、よくわかったな」


「まあ、俺なりに民自党の動きは追ってるのよ。お前も角野の日記見て感じたかもしれんが、あいつは天晴会じゃねーぞ」

「……だろうな。そんな気はしていた、西園寺あたりは全く気付いていないがな、だからこそ保険はかけておいたつもりちゃ」

「保険ねぇ……やっぱじゃああれはそういうことか。——では麻野はなんだとおもう? 俺の勘じゃあ、自分のことを大久保とでも言ってるんだろ、麻野は」


「よくわかるな、まさにその通りぜよ。麻野は大久保利通を自称している。そこまでわかっちょる言うことは、ひょっとしておまさんが黒幕なんじゃないか?」

「かもな……やめろよ。……そうか、やっぱ大久保あたりを名乗るか、だったら麻野の正体は間違いなかろう、俺らの仇敵よ」


「義満側の人間ということか?」

「側というか、あいつ自身が、足利義満、つまりは井伊直弼だろうな」

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