第43話 「大泉の誤算」

「それにしても、龍太さんはいつから麻野元総理がおかしいと気づいていたんですか」

 大泉は尋ねる。

「確信を持ったのは、尖閣のときぜよ。しかし違和感自体は、出会ってすぐのころから持っていた……」

 龍太はそう答えた。


□ □ □


 時間は、龍太が初めて麻野に会った時まで戻る。

 龍太はみこから、かつて角野首相が西郷隆盛であったことを聞かされ、そしてそのあと麻野元総理に会った。

 その時にすでに違和感はあった、西郷隆盛の死に関しては大久保利通は相当思うところがあったはずなのだ。もちろん生まれ変わりの角野元総理に対してでもある。


「西郷……西郷が角野首相だった話は聞いてると思うが、あいつがいる時までは天晴会の力も強かったんだが、いまちょうど天晴会のメンバーが少ない時期にあたってる。もしくは坂本さんみたいに若いのしかいない。おりょうさんだって、18歳とかだからな」

 あの時の麻野が語る西郷の話はこれだけだった。そんなに、西郷に対して語ることが少ないなんてことがあるのだろうか。

 ましてや、西郷どんのことを「あいつ」と呼称した。

 それについて、龍太はそこはかとなく違和感を覚えたのである。


 しかしそれらは泡立ち程度のものであって、だからと言って天晴会のリーダーとして、そして元首相を務めたほどの男を疑うほどのことではなかった。

 ただの違和感、それだけであった。


 そして、龍太は角野が西郷だったということを知って、当然のごとくある書籍にたどり着いた。

 それこそが、角野首相が残した書「日本列島改造計画」である。


 この本は角野首相が1972年の総裁選の直前に書いた本であり、その年のベストセラーになっている。主にはインフラの地方分散について書かれてるのだが、このあたり中央集権を目指した明治政府の西郷とは全く逆の主張になっていた。

 やはり、大久保に対する恨みがそうさせたのだろうと龍太は感じ取っていたが、しかし読んでいる目的は、中身ではなく、込められたメッセージを探すためだった。


 角野は後世に残すつもりでこの本を書いたはずである、ならばいつになるかわからないが転生した坂本龍馬、あるいは勝海舟がこの本を読むと思っていたはずだ。


 坂本龍馬と西郷隆盛は、勝海舟の引き合わせによって出会った。そして3人は全員が前世の記憶を持つものであり、そして日本を世界に通用する国にしようという共通の目的があることが分かった。

 当然、再び自分たちは記憶を持ったままよみがえるだろう、そう信じて、その時のために3人にしかわからないが作られた。


 ならば、西郷が作った日本改造計画には、必ず龍馬か、勝海舟に向けたメッセージが残されているはずだと、龍太は思っていたのである。そして、龍太は1ヶ月ほどの時間をかけて角野が残した暗号を解くことに成功した。

 

 角野が残したメッセージを読み解くと、そこには銀行の名前、そして貸金庫のナンバーが書いてあった。また、その貸金庫のカギの隠し場所が示されていた。隠し場所は中山競馬場にあった、中山競馬場の大きな杉の木の下に埋まっていた。

 角野首相は生前競馬好きとしても知られており、全国馬主界の会長を務めていたこともあった。角野は絶対にその大きな杉の木を切るなと命令していたという。


 かくしてカギを手に入れた龍太は、みことともに銀行の貸金庫へと向かった。その銀行は合併を繰り返しており、角野がいた時と名称は変わっていたが、貸金庫は存在していた。

 貸金庫に残されていたのは、日記だった。

 角野の日記、そこには西郷隆盛としての視点から、天晴会の動きが細かく書かれたたものであり、誰がかつてどの人物であったとかはっきり書かれていた。

 またあのアメリカの戦闘機の賄賂事件の真相も書かれていた。天晴会について書かれた本であるために、絶対に表に出せない本であるが、もし出るならば日本の政治がすべてひっくり返るかのような内容だといえる。


□  □  □


「それで、その角野首相の日記に麻野の正体が書いてあったというわけですか?」

 大泉は龍太に尋ねた。もちろんその日記の存在を大泉は知らなかった。


「……いや、麻野の正体は書いていなかった」

「えっ、それではなぜ麻野が、義満だと?」


「麻野、麻野一郎については何も書かれていなかったのだ」

「何も書かれてなかったんですか?」


「もし、麻野が大久保利通だとするならば、そんなことはあり得ないぜよ。木戸のことも晋作のことも、岩倉さんのことも書いてあった。なのに一番語るべきことが多いはずの大久保利通、すなわち麻野のことに対して角野首相が残した日記には何もかいてなかった」

「確かに……、おかしいですね、麻野さんは常々現世において、西郷とは誤解をといてうまくやることができたと語っていたのに」


「大泉さんもいっちょったろう、一時的に伊藤博文、つまり日銀総裁の深見さんが実権を握っていた時、麻野は彼を避けていたという話をしてたじゃないか。さらにいえば我々は誰も、麻野が角野首相と一緒にいた時のことを見ていない」


「角野首相が存命だったときに私は子どもでしたからね。私の覚醒も遅かったですし」

「大泉さんは麻野さんに誘われて、天晴会に入った。そしてその時に伊藤さんと麻野が一緒にいるところを見たことはない」


「確かに、みていないです」


「下手を言ってぼろが出るのをおそれたんじゃろう、麻野が角野と仲直りしたなんていう話はでっち上げだったちゅうことちや。いやそもそも、麻野は自分が大久保だなんていう話を角野にしていなかったに違いない。だからこそ、角野の日記には麻野について何も書かれていなかった。そう考えるのが自然じゃなか?」


「……でも、そうだとしたらなぜ私を天晴会に誘ったのですか? もし麻野が私を誘わなければ伊藤さんが死んだ時点で、天晴会は自分のものです。私がいなければ天晴会は存続しなかった」


「資金ぜよ」

「資金?」

「かつて天晴会にいた人間しかわからない暗号がある。それがないと天晴会の資金を動かすことはできない、なんとか麻野は自らを偽って天晴会に潜り込むことはできた。しかし肝心の資金を動かすための暗号がわからなかった」


「……そんな時に私が麻野さんに誘われた……暗号を聞き出すために」

「言った記憶は?」


「——すいませんあります。自分が、ほんとうに転生界にいたかどうかを確認するためのテストだと麻野さんに聞かれて。『海より深きは、君のまごころ』それと、6桁の数字……」

「……数字の方は答える必要はなかったぜよ。まあ、仕方ないと思うが、まさか目の前で天晴会を名乗り、ましてや自らを大久保と称す人間が騙ってるとは思わんちゃ」


「——それで、まんまと資金を操れるようになった麻野が、民政党の大澤に資金をまわしてあの2009年の民政党の躍進につながったというわけですか」


「まあそこまではただのわしの憶測ぜよ、あり得るストーリーだと思っただけ、確信したわけじゃなか。で、ひとつ気になったのが、明らかに角野の貸金庫の埋まっていた場所には掘り返した後があったんじゃ。ずっと気になっちょった。そこにあの事件が起きた」


「あの事件?」


「尖閣の衝突事件ぜよ」


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