シン・日本列島改造計画(仮題)

ハイロック

第1章 天晴会

第1話「九段龍太」

 九段龍太くだんりゅうたは幼児期から聡明そうめいな男であった。

とはいえ特に生い立ちに特別な事情があるわけではなく、きわめて一般的な家庭に育ったといえる。父は地方公務員として働き、母もまた地方銀行にて窓口業務を行うようなありふれた家庭のもとで育てられてきた。


 しかし龍太は3歳の時には漢字混じりの本を読むようになっていたし、およそ3歳とはおもえないようなしっかりとした言動で言葉を発するようになっていた。


「なぜ龍太は何かを教えたわけでもないのに、こんなにしっかりしてるんだろう」

 と両親は常々疑問に思っていた。

 もちろんエリート教育を施したわけでもなく、普通に幼稚園に通わせ、母親が本の読み聞かせをしていただけだったが、2歳のころには、読み聞かせも必要なく、自ら本を読むようになった。


「龍ちゃんはなんで、本が読めちゃうの?すごいね」

 と母が褒めても、

「え、べつにふつうじゃないかな、だってかいてあるんだから」

 ときわめてクールな返答が返ってくるだけであった。

 それが、母には極めて疑問であった、なぜなら母は龍太に本が一人で読めるほどの教育をした覚えはなかったからだ。


 一方、龍太にも戸惑いはあった。なぜ教わってないことを知っていたのか? 自分でもわからなかった。


 なにか大切なことが抜けている、そういうもやもやが常に心のどこかにあった。


 4歳になり幼稚園に通うようになった。


 すると自分があまりにも周囲の人間とは違うようだと感じるようになった。

 幼稚園で、周りの園児たちがぎゃはぎゃはと笑うようなものに対して一切共感ができなかったし、やたらはしゃぎ、転んでは泣いたりするのを見て、なぜそんな落ち着きがないのかと、あきれながら周囲を見ていた。


 もちろん幼稚園で友達ができるわけもなく、話し相手もいなかった。幼稚園の先生すらも話し相手にならず、「なぜ周囲の子供たちはこんなにはしゃぐのですか?」

とか「くだらない絵本の話ばかりを読ませたり、聞かせたりするのはやめてください」とか言っていたら、次第に煙たがれる様になり、そんな空気を読み取ってすぐに幼稚園に行きたくなくなった。


 自分は一人でも平気だからと幼稚園児にして不登校になり、はじめはそれに合わせて母親が仕事を休職して家で一緒に過ごすようにしていたが、すぐに龍太は一人でも全く問題がないということがわかり、復職するようになった。


「お母さん、僕は一人で平気だから、仕事に戻っていいよ」

「そんなこと言ったて……」

というようなやり取りが何度も行われた結果、結局母親が折れて、復職した。本当に手間がかからない子だったし、家にいてもひたすら、本を読むかニュースを見るかしていたからだ。


「龍ちゃん、ニュースとか見てて楽しいの?何言ってるかわかるの?」

「楽しいっていうか、おもしろいよ。わからないことも多いけど、でもなんとなく伝わるような気がするし」

龍太は自分でもわからないが、ニュースで流れてくる内容が絶対知らないことばかりなのに、頭のどこかでは理解できているようなそんな気がしていた。


 言葉一つ一つが、もやもやとしながら何か引っかかるような気がしていた。その感覚が何とも面白くて、龍太はひたすら、テレビを見たり、本を読むようにしていた。

 これが五歳の時である。

 すぐに家にあるような本とかマンガとか父親の持っていたSFの映画とかアニメとかは見つくしてしまった。

「龍太、お前ガンダムとか理解できるのか?」

 父親は一緒にガンダムを見ながら大変疑問に思った。ロボットが戦ってかっこいいから見てるのだろうと思ったが、どうもいちいちキャラクターのセリフに共感していたし、ギレンザビの演説をなぜか覚えようとしていたりするので、驚いた父親が思わず聞いた。

「おもしろいよ、シャアって人のゆれるきもちがとくに」

 という龍太はとても5歳児とは思えないような感想を返すのだった。


 しかし龍太が世の中というものを理解すればするほど、もやもやとした思いはひたすら強くなっていった。

 なにかがひっかかる。

 自分は、なにか大切なことを忘れている。そんな思いは日に日に増していった。

 子供のころはだれしも自分は特別な何かだと思いがちなものだ。龍太も多分にもれずそういうものなのかもしれなかったが……。


 家で読む本がなくなってしまったので、最もさすがに全部読んだわけではなく、父親が読むような実用書のようなものはまた別であるが、毎月九段家には本が増えるようになっていった。

 そこで一番龍太が気になったものは「マンガ日本の歴史」である。


 最初に気になったのは卑弥呼が出てくる弥生時代である。

「お母さん、この卑弥呼って人は本当にいたの?」

 龍太はどうもヒミコて響きが気になってしまって、母に尋ねた。

「どうかしらね、すごい昔の話だから、いるかもしれないしいなかったかもしれないし、お母さんはいると思うなあ」

「そうなの、なんか僕はねいないというか、この本に書いてある感じとは違うと思うんだ、普通の人だったと思う」

「なんで、龍ちゃんはそんな風に思うの?テレビかなんかで見たの?」

「そうじゃないけど」

龍太は自分でもなぜかわからなかったが、卑弥呼はこんなんじゃないという確信を持っていた。


 本が九段家にやってきたその日のうちに、マンガ日本の歴史を龍太はどんどん読み進めていく、そのたびに、龍太の心のもやもやはどんどん晴れていくような気がしていた。

 読めば読むほど脳みその中にあるほこりが取り払われていくようである。

 なぜだろうか、龍太にはすべての人物に見覚えがあったような気がした。


 「藤原」という姓を見た時には慟哭のように、心臓が脈を打ったし、「源氏」を見た時にはなおさらであった。

 さらには江戸時代まで進み、「徳川」という言葉を見た時には妙に興奮してしまった。

「お母さん、徳川さんってうちの親戚とかにいるかなあ。なんか初めて見たような気がしないんだよね」

「……うーんいないわねぇ。徳川さんがいたら間違いなく子孫にあたると思うのよ。うちはそんな由緒正しいとかそんな感じじゃないから、龍君はテレビかなんかで見かけたんじゃないかしら。徳川さんは有名な人なのよ」


「そうかなあ……テレビでも確かに聞いたような気はするけど」

 でもそうじゃないというような確信のようなものが龍太にはあった。まるで因縁めいたような何かをこの文字に感じていた。


 そしてとうとう、龍太は明治維新の章まで歴史を読み進めていた。

 この時までにすでに龍太に予感はあった。

 自分の知りたい何かがこの先にはあると。


 その時は訪れる、開いた漫画のページは薩長同盟。

 そして龍太は確信した、ここに書いてあることのすべてが真実ではないと確信している。彼は自分が何者であったのかをすべて思いだした。

 ある人物の名前を見た時に。

 そして母親の前で小さな声で龍太はつぶやいた。


「……坂本竜馬」


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