#9 『スカウトマン新山楽斗、カメラマン鳩羽真央』
「ちょっと、連れに手出さないでくれるかな?」
北海道・
気が付けば、隣には近くの売店に飲み物を買いに行っていた連れの姿が。
すると、目の前にいるスーツ姿の男性は驚きながらも、余裕のある笑みを浮かべる。
「あれ? 男連れて来てんの? しかも……結構イイ男じゃん。ま、俺ほどじゃないけど」
スーツ男は、しずくの隣にいる人物を上から下までじっくりと眺めてから、笑みを深くする。
確かに、一緒に来たカメラマンの人物は、女性からの受けが良い。
しかし――。
「あ、あの、二人とも待ってください」
しずくの言葉に二人は揃って疑問符を浮かべる。
「えっと、まず勘違いです。私は、ナンパされてるわけでも、男連れで仕事に来たわけでもありません」
その説明で、合点がいったのかもしれない。
二人は「あ、ああ~」「え? ってことはもしかして」とそれぞれ声を漏らした。
ただ、礼儀として、しずくは二人の仲を取り持った。
「こちら、高校の二つ上の先輩で、現在、日本異能界安全保障省に勤めている
「ども、新山楽斗っす」
楽斗はまた余裕のある笑みを浮かべ、握手を求める手を差し出した。
しずくとは二年ぶりと久々に会ったのだが、物怖じを全く見せないそのフランクさは、昔と全く変わっていなかった。
トレードマークだった金髪のツーブロックもそのままだ。
「そしてこちらは、
「鳩羽です。よろしくお願いします」
真央は、冷静に淡々と握手に応える。普段は落ち着いた明るさのある人物なのだが、先程の威嚇も相まってか、今は完全に対外モードみたいだ。
しかし、楽斗の方にはそれでも全く気にした様子はない。
「御厨の二年先輩って事は、タメでイイんだよな? 俺、二十六」
「私も二十六です」
「そっかー。じゃあ全然タメ語でイイから。俺もそれでイイよな?」
「ええ、構いません」
と言いながらも、真央は仕事モードから抜けようとしていない。
ただやはり、楽斗はそれも意に介さないようだ。
「いや~、御厨からは『美人を連れて行く』って言われてたからさ、てっきり女が来るかと思ったんだけど――てか、普通そうだよね?」
「そうですね。美人じゃなくてすみません」
「いや、そっちが謝ることないっしょ。日本語解ってない御厨が――、」
「あ、あのっ」
しずくは思わず口を挟んだ。
「えっと、その、新山先輩、まだ勘違いしていませんか?」
「……は? 何が?」
全くわかってないようだ。
「あの、真央さんは――」
しずくが言葉に仕切る前に、真央は動いた。
場所は春前の北海道。冬の冷たさが残る寒空。
そんななか、真央は防寒にかぶっていたニット帽を脱ぐ。
すると、顔の横にふわっと長い黒髪が降りてきた。
普段はポニーテールにまとめられている髪をそのままに、真央はすっと相手の瞳を捉える。
――仕事モード、と思っていたものは、実は怒っていたのかもしれない。
「改めまして、鳩羽真央、女です」
楽斗は目を点にして、数秒固まっていた。
〇
楽斗の運転する車に乗り込む三人。空気は先程から気まずいままだ――楽斗を除いては。
「いや~、真央ちゃんがこんな美人さんだなんて、俺としたことが、一生の不覚だわ~。つか、こんな美人がカメラマンとか、どっちかっつーと、撮るより撮られる側でしょ」
真央が女――しかも美人だと判ってからというもの、楽斗の軽口が止まらない。
美人や可愛い女性に積極的な点も、昔と変わらないようだ。
真央は不機嫌さはなくなってきたものの、今度は若干引いている。
「こっちも、日本異能界安全保障省にあなたみたいな人がいるなんて意外です。しずくがお世話になった高校の先輩だって言うから、もっと真面目そうな人かと思ってた」
「世話した、っつっても、インターンでちょっと絡んだだけだからね。高校時代は全く接点ナシ。な?」
はい。と、しずくは頷いた。
「大学二年生と三年生の夏休みに日本異能界安全保障省のインターンを受けた際に、同じ高校出身だった新山先輩と初めてお会いしました。それからも何度か、就活の相談に乗っていただいて、」
「へえ、しずくって省庁勤め考えてたんだ」
「一応、選択肢の一つとして。結局迷った末に今の職を選びましたけど」
もともと異能を知る前の、非異能界――〝N〟の学校に通っていた時は、親の勧めもあり、省庁勤めを目指していた。その流れで、異能界に来ても、はじめは同じように考えていた。
しかし異能界で色々なものに触れてゆくうちに、いつしか、『〝N〟出身者である自分の目から見た異能界――を伝えたい』と思ったのだ。
楽斗が何気なくいった様子で訊いてきた。
「省庁への未練とかあったりするのか?」
楽斗が訊いてきた。何気ない様子だ。
しかし、しずくは力強く答えた。
「『もし――』みたいな感じで思った事は何度かあります。ですが、そっち方が良かったと思った事はありません。今の職を選んでよかったです」
「そっか。まあ、ちゃんとやれてるならイイんだけどよ」
楽斗はバックミラー越しに小さく笑った。
――かと思えば、大きな溜め息をついた。
「でもよー、世話になったと思ってんならもっと連絡よこせよ。就職決まったって一回礼に来て以来ぱったりとか、まあまあ寂しいぜ」
「すみません。以後気を付けます」
しずくは後部座席で頭を下げる。
すると、楽斗はたちまち破顔した。
「冗談冗談。インターンで絡んだくらいでイチイチ絡んでたら、こっちだってメンドーだわ」
「いえ、本当にすみません。こちらに用事がある時ばかり、一方的に連絡する形で、」
「イイってイイって。こんな美人とお近づきになれんなら、いくらでも俺を使ってくれイイからよ」
バックミラーに映る楽斗の目がしずくの隣の真央を捉える。
真央は露骨に溜息をつき、話題を逸らした。
「それより、今回の『スカウト対象』について教えてくれませんか?」
楽斗の勤める日本異能安全保障省の業務の中には、『スカウト』と呼ばれるものがある。
それは、〝N〟において異能者・及び異能者の疑いがある者を、調査・検査し、異能界への移住と称した保護を促すものだ。
今回しずくは、その様子を記事にすべく、久々に楽斗に連絡を取り、今に至るのだった。
「まあまあ。北海道異能大学に着いたら詳しい話が聞けるから、それまで、ゆっくり世間話でもしよーよ」
「いえ、仕事で来たので、」
「そんなこと言わずにさ。仕事を円滑にするにはある程度、お互いのこと知っておくべきでしょ?」
確かに一理ある。と、思ったのかもしれない。
渋々、といった面持ちを隠そうとはしないものの、真央は楽斗の話に付き合い始めた。
すると、楽斗の方はさらにノリノリになる。
しずくはというと、そんな二人が少しでも噛み合うように、目的地に着くまで、なんとか仲を取り持とうとした。
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