決定打
ブォン、と群れをなした羽虫が飛び立つような音をタエは聞いた。それは死体と墜落機を再利用したおぞましい軍団、メゾン区第二空軍との望まぬ邂逅をタエに思い出させ、タエはわずかに身を竦める。
しかし、すぐにそれが敵性体によるものではないことに気づくのだった。
先ほどから、戦っている神の動きが静かだ。眉間を狙った一撃や作り出したチェーン型兵器で首を刈ってやろうというタエの動きには反応するものの、致命傷にならない箇所への打撃には基本的に無反応である。世界が破滅へと、加速度的に坂を落ちていくのを見て、自分の役目も終わったと感じたのか、否か。いずれにせよ、一息つくには都合がいい。
「俺にできることは戦うことだ……それだけだ」
それだけなのだが、羽虫の意図にていて考える時間があってもいい。音の源は、言わずもがなメゾンである。
降伏をしてもされてもいない以上、目の前の神は敵だ。牽制として目眩ましに発光弾を二三発放ち、タエは体勢を整えた。
「タタと、戦うのか」
自分を見いだしレジスタンスに引き抜いた彼の決断に、特に感傷はわかなかった。長く一緒にいた友とはいえ、無秩序に破壊を繰り返すタタはあまりにも危険だ。排除するのは正当な判断だ、と冷えた感情でメゾンを見た。
一方、メゾンにタタを殺せやしないという確信も共存していた。タエの意思決定はいつも戦況にいい要素をもたらすか否かのみに左右される。その論理に従って、あるときはタタを救いもし、今はタタが攻撃されるのは当然と思った。
タタの方は仲の悪かったはずのタエに救われ、気まずさと恩を感じていたようだが、タエに人の感情は乏しい。それは自分自身でもよくわかっていた。そして、そんな自分はこの黙時録を生き残るべきではないとも、よく理解していた。
神の依り代であった自分が神を封じる方法――神を再び身に降ろし、自分が命を断つ。それしか方法はないという、悲壮な覚悟。
「それにしても」
発光弾の色のついた煙幕が徐々に晴れていくのを確かに視界に捉えながら、メゾンとタタの交戦の火蓋が切られたこともしっかりと見届けた。
「あの羽虫の音はなんだったんだろう。メゾン機のモーターはあんな音はしないはずだが……」
再び、タエと破壊神は向かい合う。
タエはついにわからないままだったが、メゾンの離陸時に聞こえた多数のモーター音は、メゾンが信じ、意思を託したレジスタンスの数々の命の音であった。タエもまたメゾンを信じ、彼こそが新世界を生きるべきだと確信したが、悲しいことにそのお互いが、新世界の創造には自らの死が不可欠と信じていた。
戦場に舞う三機の戦闘機に、世界の命運が託されたことなど、依然混乱のただ中にある地上の市民には知る由もなかった。
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