内なる力

「う……――」

 全身に焼け付くような痛みを覚え意識が覚醒する。まず強く感じたのは喉の渇きだった。灼熱の砂漠にいるわけでも、乾燥した空気に接しているわけでもないのに、無闇に喉がひりついた。さながら高熱にうなされているときのように、身体が火照り水を欲する。

 確かに彼は熱を持っているのかもしれない。生理を催す柔らかい肉体は既にない。そして彼の持つ金属の身体も、今は別人格に乗っ取られ世界破滅に動いている。しかし、彼には身体のなかから沸々と湧き上がる熱を感じていた。

 喉の痛みの次に感じたのは、内臓を抉るような痛みだった。球体に近い形状だった意識が徐々に人の形に近づいていく。その形に実態はないが、夢のなかでも人は歩けるように、意識も形を持つことができる。その意識は望んだように姿を変えることができ、彼はヒトであったころの形を無意識に選択したのだ。

「――うぅ、うおぉお」

 身体の奥底から湧き出る痛みは、それ自体が力であることに彼は気づく。内なる力は、彼自身の意識を食い破って外に出たがっていた。

「――ッ、やめろぉ! やめてくれ、俺は世界を滅ぼしたくはないッ」

 その力の発現を、彼は食い止めようとする。自分の肉体を乗っ取った魂が望む未来に必要な力が、発動してしまったと思ったからだ。力が意識を食い破り、意識の輪郭が闇に消えてしまったとき、タエやメシアという名を名乗った一人の黒肌の民の肉体は完全に自分でない魂の支配下に置かれてしまうのだと彼は理解した。

 決死の覚悟で力を抑え込む。しかし力はあまりに強大で、彼の抵抗もむなしく力は発現してしまった。

 意識が溶けていく、そして考え得るすべての空間に広がり霧散した。

「――……ッ、及ばなかったか……――」

 意識は手放され――そして戻ってきた。

「……えっ」

 破壊された街と退却する二機の戦闘機、そして迫りくる怪物が見える。あと少しで怪物が自分の脚に食らいつくというところで、彼はその足の先端を怪物の頬に突き刺し動きを止めた。

 彼は自分の身体の支配権を、知らぬ間に取返していたのだ。

 その喜びに浸る間もなく、彼はおかしなことに気づく。

「人が、死んでる……?」

 アルファと呼ばれた生物兵器の足元で、数々の人間が息絶えていた。衣服の袖口からのぞく彼らの肌は、メストス階級にあるまじき真っ黒なもの。黒肌の民が、壁の内側にいるわけがない。いるわけがないが、ある条件下では存在しうる。その可能性に思い当たった彼はない血がどんどん引いていく感覚に陥った。

「瘴気……!」

 五百年前世界を閉ざした毒が、あの怪物から再び発せられているのだとしたら……、肌が白かった人間の肌が瘴気により変質しているならば、自分たち「壁の外に捨てられた人間」と同じ運命を辿らされているとしたら。

「止めなければ! 世界が本当に終わってしまう!」

 駆り立てられるように動きだした彼は、巨大化していた身体の重さに戸惑い躓くように虚空を歩く。しかし歩みを止めることはなく、空気の塊をしかと掴んだように空中を歩き出す。そして、自身の右手に持つ巨大な杖を高々と掲げ、怪物に向けて振り下ろした。


 しかし杖は難なく躱されてしまう。そして彼自身の身体は、杖の重さに耐えかねてあちこちが軋む。杖を持っていた右腕に至っては本体からもげて地面にゴロリと横たわった。

「どうして――なんでなんだよ」

 彼には世界を救う理由がまだなかった。だから、至極真っ当な、人類の汚染から世界を救うという〝世界破壊〟に、まだ対抗する術を持たない。彼の身体はまた、自分ではない魂に支配権を奪われつつあった。

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