人の心持たざる者

 メゾン区第二空軍、それは第一空軍の魂を持たぬ生まれ変わりである。

 戦闘用人工知能は、黒肌の民の戦闘員の戦闘能力、交戦記録、そして戦闘員の挙動まですべて管理している。入隊した日時などで割り振られる戦闘員の個体識別番号は、戦闘員の身体の深くに埋め込められた機器と連動して戦闘員の記録をリアルタイムで人工知能に送る。

 酷いことをしているという自覚が無意識にあるのだろう、権力者は常に戦闘員が団結して反抗することを恐れてきた。戦場へ送り出す時間、帰還する時間、すべてコントロールして、他の戦闘員との接触を許さない。それは戦場でもそうで、他区との戦闘では、事前に戦闘空域を打ち合わせた上で、そこに各区一機づつ戦闘員を派遣し、一騎打ちをさせる。

 打ち合わせができるほどなら戦争をする意味もない、そう思うかもしれない。しかし、戦争は領土拡大に避けられぬ。人間が生息できる清浄空気メストスは、世界のなかの限られた地域にしかないのだから。そして、各区の権力者たちは、自分たちが指揮し黒肌の民が戦うという秩序の存在を信じて疑わず、その秩序を乱すものを共同して恐れているのだ。

 戦争をした上で黒肌の民の反乱も防げる、そのためなら彼らは努力を惜しまない。黒肌の民は各地で不当な扱いを受けており、一度団結が始まれば、黒肌の民は区を超えた巨大な一群となり、すべての権力者に牙を剥くことは必定だからだ。

 戦闘用人工知能に戦闘機へのバグを仕込まれて殺された、一定以上の戦功を誇る黒肌の民とその乗機は、秘密裏に回収される。そして機体を改造した上で、その機体には乗っていた戦闘員の脳を移植され、脳の記憶は消去、そしてプログラムのインストールを要求される。

 そうしてできた初めての人工知能が、白い空間を生み出し、メゾン区第二空軍を指揮する人工知能〝ム〟であった。

 ムの配下はムと同じく改造されたかつての戦闘員たちで、彼らは神出鬼没、どこにでも現れ、一騎打ちの条約に違反した他区の部隊を次々に殲滅させていくのだ。

 そして、老人ことメゾン区長は、ムの性能を疑った。いや、機械となり果てたムにあるはずのない忠誠心を疑った。人を配下にすれば忠誠など得られるはずのない男が。

「――お前」

「ハイ」

 面白味もなにもない音を立ててシステム〝ム〟が起動する。

「知っていたのか」

「何ガデショウカ?」

「区境にファストの軍勢がいたことを知っていたのかと言っている!」

 知るはずがない。ムは空専門の人工知能だ。陸上戦が知らぬ間に起きていたことなど知るはずもないのだ。しかし、老人の思い込みはいつの時代も激しいものがある。

「お前は下らん人違いで私の気をひいている隙にファスト亜区と連携し私に反旗を覆したのだ!」

 老人は耄碌もうろくしつつあった。そもそも、囚われていたメシアが「ムという人工知能」と口走ったときに、この者は他人の振りをしたタエ本人だと気づくことができたはずだ。大半の戦闘員たちは、自分たちをこき使う区の仕組みを知る前に死んでいく。少なくともその発言を見る限り、メシアは二等兵ではありえない。

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