気象の異変
第一形態・戦闘機型で飛行を続けるメシア、同じく空を行くメゾンとタタ。彼らは空を行く鳥の群れのように、メシアを先頭にして二等辺三角形の布陣を保ちつつ、サターニャ区領空を突っ切っていた。
「おかしいな……やはりサターニャは対空防衛が手薄じゃないか。あのときの砲撃は何だったんだ?」
雨雲よりも高い空を飛ぶ飛行物体を落とせるほどの大砲はないという分析班の試算が間違っていたのではないかと、メゾンはサターニャ区に対する警戒の度合いをあげるようにメシアに提案し、メシアはそれを受けた。そのせいで三機は雨雲のはるか上空を飛ぶ羽目になっている。
上空はとかく寒い。そして空気が希薄である。判断力も落ちがちな高度において、危険性がないなら高度を落としたいという要望がでるのは避けられないことだった。――しかし。
「でもまあ、用心に越したことはない、か」
一機たりとて死ぬわけにはいかないこの部隊は違った。瘴気に覆われ文明が消え果てたこの五百年以前のどんな戦闘にも記録にない、たった三機の戦闘機を一部隊とする奇襲。援護する部隊はただ一つ、陸上で敵の気をひく同盟軍のみ。
少し高度を落として様子を見よう、という決断を隊長ができるほどには、恵まれた環境にはない。万が一砲弾が飛んできて、一機でも負傷したら作戦遂行の大きな足かせとなる。それでも彼らは進む、進まなければいけないのだが、敵地の中枢に辿りつくまでに傷が少ない方がいいなどというのは一対一での戦闘の経験しかないメシアでもわかることだった。
『高すぎて撃てないのかもしれないし、な』
「ああ」
タタからの通信も、いつもの茶化しの色はない。タタ一機が砲弾を胴体に着弾させて堕ちていったとき、置いていくという決断をしなかったのはメシアだけだった。肉を切らせて骨を断つという作戦方針において、メシアのしたことはすべてを無に帰しかねない重大な事案だった。しかし、タタとて、かつての記憶を意図的に消したにしろ、人間であった。少なくとも、血肉の通ったヒトであった時期はあったはずだ。
端的に言ってしまえば恩を感じたということになるのかもしれない。しかし、タタの想いは少し違う。
(あんな奴でもそういうことするんだな)
あと五十一機を落とせば
ブォォ、と自機の後ろに流れていく空気のなかに、やや湿っぽさを感じる。
『おい、隊長。どうも空気が湿っぽい。僕の予想だと一雨来そうな感じだな』
「了解。しかしおかしいな……雨を降らす雲が発生する高度はどんな雲でも変わりないはずだが」
『ってくそメシア! 僕の予想が信用ならないのか?!』
せっかく一目置いたのだが、性格の相性の悪さはそんなことでは埋まらないらしい。たちどころにタタはいつもの調子を取り戻した。
「いや、信用する」
『え……?!』
メシアの深刻な声が意図せずに潜められる。それは考え事は口から漏れているときの癖だ。
「雨雲のできる高度以上を飛んでいて、それでも雨の気配……まさか、積乱雲じゃないだろうな……」
しとしとと降る雨を降らす雲は、比較的低い高度を薄く広がるように発達する。しかし、ある気候条件が揃うと局所的に、地面に対して垂直に雲が発達することがある。雲の厚さは時に暴風や雷雨をもたらし、世界が瘴気に閉ざされる前の有史時代にはそれによる災害も多々あったようである。
しかし彼ら黒肌の民の多くは〝積乱雲〟を知らない。瘴気に伴い、あるいは戦闘に伴い世界にまき散らされた粉塵、すなわちエーロゾルが、母なる太陽の光を遮って久しいのである。そしてその粉塵は大地からの熱は外に逃がしてしまい温室効果はもたらさなかったらしく、それでいて太陽からの熱の供給も絶ち、世界の平均気温は五百年前と比べて大層低かった。そして、積乱雲というものは、強い日差しがないと発生しないものである。
稀にそれが発生したときにその降雨を体験したという人間の語り伝えたものの、又聞きの又聞きでやっと知識が得られるほどのそれは、メシアたちにとって脅威でしかなかった。
雷を含んだ雲というものに、彼らはあまりにも知識がなかったのである。
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