067第三王子

 ルシルは何もこの世界に天涯孤独のまま現れ、いきなり勇者になったわけではない。

 いかに若くして偉業を成したとはいえ、普通の人と同じように人から生まれ、人とともに育って来た。

 時間経過とともに彼の幼少期を知る人物が減っていくとしても、少なくない数の者が勇者となる前のルシルを知っている。

 彼の道程には多くの敵と、それ以上に救った命が存在しているのだ。


 同時にルシルのような『特別』など、そう簡単に世界に生まれることもない。

 言うなればそうした『ルシルを知る人たち』というのは、人質にするのに格好の人材であるともいえるだろう。

 だからすべての日常生活を置き去りに、彼らまたは彼女らがルシルのために連れて来られたのは必然だった。


「歓迎、とてもうれしく思うよ勇者殿」


「そうでもないさ。敵対する気さえなければメルヴィここは誰でも受け入れるからな」


「それは重畳。ではわれらも歓迎していただけると?」


「そうしたいのはやまやまだが、雨風凌げるところがあまりなくてな。

 千客万来は勘弁してほしい。何日か泊まる気なら船に戻った方が快適だぞ」


 定期的に訪れる大工の指摘を受け、強度とデザイン性が増した桟橋を抜けた先。

 荷下ろし場にも使われる広場だ。

 もちろん、再建作業にはルシルだけでなくミルムも加わり、騒がしかったのは言うまでもない。


 そんな、ある意味所有者が趣向を凝らした広場で、何の気負いもなく年上の小僧・・・・・に向けてルシルは言い放つ。

 彼の背後には平民の服を着た数人の男女が控えていて、その周囲には帯剣した護衛が固めている。

 人質を有効活用するのなら、見せつけた上で分散させていた方が救出しにくい。

 この分ならばおそらく船にも何人か乗せられているだろう。


 ルシルが自身をどれだけ過小評価しようとも、世界は気にせずすべてを巻き込み進んでしまう。

 船旅どころか隣村にさえ移動することが少ない平民かれらが、海を越えてここまで連れてこられた。

 そんな事実を思うとメルヴィという島に引きこもっているとは思えない、勇者カタガキの影響力を痛感させられてしまう。

 事実、平民たちは一様に周囲を見渡しながらソワソワと落ち着きのない様子である。


「賢明な勇者殿であれば何をすべきかわかっているだろうな?」


 訪問を代表するように、年上の小僧おとこが一歩前に出て得意気に語る。

 しかしルシルの視線はその背後に向けられている。

 平民たちに混ざるように……いや、隠れるように・・・・・・立つアッシュの姿を見つけたからだ。

 ルシルは眉根を寄せ――


「……アッシュ、お前よく顔を出せたな」


「や、やぁ、ルシル。別に見過ごしてくれてもよかったのに」


「こんなことになってスルーするとでも?」


「はぁ……僕も君が相手だとどれだけ気を揉んでも足りないや。

 だから準備も計画も万全に整えて来たんだよ。大変だったんだからな?」


「はっ、その配慮が後ろの面々か?」


「君のためのプレゼントとしては最良だろう?」


 アッシュはいつもの人好きするにこやかな顔で得意気に語る。

 その姿に代表を自負する男は眉間にしわを寄せた。

 どうにも導火線は短そうである。


「こんなクズのことを知っているなんて、ご高名な勇者様は博識でもいらっしゃるようだ」


「そうでもないさ。現にお前の顔も知らんしな。イキってるだけのその他大勢じゃないのか?」


「……ッ!! シュエール第三王子のアラド=ラル=シェルヴェンだ!!」


「ふーん? で、その王子が何の用だ?

 頭を下げに来るにしてはちょっと軽すぎないか?」


「私の頭が軽い、だと……?」


「あー、馬鹿にしてるわけじゃなくてな。

 重職にもついてない、ただの王子……それも第三王子だろ?

 そんな奴が、国家と対等に話せる勇者を相手に謝罪して収まる話かな、と思ってな」


「何故シュエールが謝らねばならんのだ! 貴様こそ、今の内だぞ!?」


 この場を仕切っているつもりになっていたアラドの怒りがふつふつと盛り上がる。

 そしてルシルから視線を切らずに背後を意識するように顎をしゃくり、これ見よがしに挑発してきた。


「うん? まさかまさか世界おれと敵対したいなんて言わないだろうな」


「そんな大それた話ではない。ただ貴様が首を差し出してくれれば事足りる。

 貴様のおかげで無関係な無辜の民に被害が出る前にね」


「……それはシュエールからの正式な申し入れか? それとも個人的な妄想話なのか?」


「別段、どう取ってもらっても構わない。どうせこの場のことは我々がすべて取り計らうからな」


 前提も選択肢もない。アラドはただ自身が望む結果のみの通達を行う。

 余りの横暴に、ミルムを抱えて黙っていたシエルの視線が、軽く人を殺せそうな剣呑さを漂わせてる。

 最近鍛えてわかったが、シエルの学習能力の高さは異常だ。

 ルシルが許可を出した瞬間、護衛を振り切りアラドの首を落としかねない。

 いや、あの程度の護衛であれば現実にしてしまうだろう。

 こんなことでシエルの手を汚す訳にもいかず、こっちにも注意が必要だなとルシルは軽く息を吐く。

 そして話の通じない年上の小僧アラドを置いて、やはり軽い調子でアッシュに語り掛けた。


「だそうだぞ。アッシュ、お前はどう思ってるんだ?」


「なっ、なぜそいつにばかりッ!」


「そうだね。アラド王子の言葉は正しい」


「ふん。そんなもの分かり切っているではないか」


「できれば明確な態度を取ってほしいものだけれど……こればっかりは度量がモノを言うからさ」


 そんなことを言ってアッシュが肩を竦めれば、即座にアラドが「どういう意味だ?」と口を挟んだ。

 返す言葉は多くない。

 ゆえに静かに、言い聞かせるように「首謀者は国か個人か、が重要なのです」とアッシュは口にする。


「なに?」


功績の取り分・・・・・・の話です。

 衆目の前で責任者を名乗らず総取りの機会を逃すくらいなら、僕が代わりに宣言していいですか?」


「くくっ、はっ、ははっ! なるほど、なるほど!

 そうやって強者に囀ってクズらしく生き残ってきたわけか!」


「『進言』って言えよ。

 立場でモノ言ってるとひっくり返されるぞ。それで内輪揉めは終わったか?」


「だめだだめだ! この場で宣言してやろう!

 ルシル=フィーレを討つのはこのアラドだということをな!」


「責任者なんて俺からすればどうでもいいんだけどな」


 上機嫌のアラドを置き去りに、ルシルは溜息を吐く。

 普通に話すこともできないとは情緒が不安定すぎる。

 一国の王子ともあろう者が薬でもキメているのだろうか。

 何故一挙手一投足で一々テンションを爆上げしていては、外交に支障をきたすに決まっている。


「動くなよルシル=フィーレ!」


「まぁ、突っ立てるだけだからな」


「抵抗などすればどうなるかわかっているな?!」


「抵抗、ねぇ……?」


「マティアス、勇者を拘束せよ!」


 テンションアゲアゲのアラドは、興奮に目を血走らせながらアッシュに指示を出した。

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