大英雄の島流し―型破り勇者が秘島開拓を始めたら―

もやしいため

第一章:勇者は国に物申す

001宣告は突然に

 大理石の床が天井からいくつも下がるシャンデリアを艶やかに反射し、精緻に彫られた太い柱が何本も立つ大広間。

 荘厳な雰囲気は、その場に居るすべての者の心を引き締め、緊張を強いるようだった。


 壁面には鎧を身に着け槍を手にする何人もの屈強な兵士が。

 豪奢な衣服をまとって華美に着飾る貴族や、書類を片手に見守る同じ仕立ての文官たちが。

 そして最奥の一段高い場所には剣の玉座と盾の腰掛けが二つ並んでいる。

 座する者はもちろん、この国で最も高貴な存在。国王と王妃だった。


「勇者よ。此度の遠征、ご苦労であった」


 広い謁見の間に威厳のある声が響き渡る。

 ただこれだけの所作で王位に就く者の格の違いを知らされるようだった。


「勿体ないお言葉です」


 玉座の正面で頭を下げてひざまずいた一人の男が返答する。

 こちらも静かな声、短い言葉、静謐な態度にも関わらず、この場の全員に言い聞かせるほどの力を感じさせ、勇者と呼ばれるに値するだけの格を備えていた。


「して報酬なのだが――」


「わたしへの施しはお心遣いだけで十分でございます。それでもとおっしゃるのなら、ぜひとも傷付いた民にお慈悲を」


「おぉ、何と殊勝な……しかし、勇者の気位の高さはともかく、成果に報酬で応えねば、それこそ民にそっぽを向かれてしまう。受け取ってもらわねば困るのだ」


「はっ、謹んで頂戴いたします」


 報酬と一言でまとめても、金銭なのか、物品なのか、それとも権利なのか、そしてその価値には随分と差がある。

 いずれにしても利益になるものが渡されるわけだが……勇者はそのいずれもを十分に持っていた。今さら何かを渡されたところで大して変わらない。

 だから民衆へ渡るように僭越ながらも報酬を断ったのだが、ただの武人でしかない勇者の頭では理解できないことなのだろう。

 それこそが問題なのだと言われれば引き下がるしかない。


「宰相、例のものを」


 参列した中で最も王に近かった宰相が、ひざまずく勇者へと歩み寄る。

 気配を感じて手を差し出すと一枚の紙が乗せられた。


「これは?」


「ある土地の権利書だ。おそらくこんな未曽有の事態は二度と起こらないだろう……貴君は十分な休養を取るといい」


「感謝いたします」


「息災でな」


 こうして勇者は顔を一度も上げずに謁見は終わりを告げた。


 △▼△▼△▼△▼△▼△▼


 権利書を受け取り謁見の間を後にした勇者は、宰相のケルヴィンに呼び出されていた。

 指定された部屋は中央に大きな会議机が置かれ、一番奥に呼び出した当人が腰掛けている。

 彼の背後には屈強な近衛兵三十名に加え、希少戦力である魔法兵が十名も待機していた。

 随分と物々しい雰囲気に首を傾げるものの、勇者は宰相が勧めてくるままに正面に座ると話が始まる。


「改めて、魔王討伐ご苦労であった」


「それもこれもオーランド国の援助があったからです」


「そう言ってもらえると嬉しいな。そして同時に心苦しい」


「どういう意味です?」


「先ほど渡した権利書を開いてもらえるか?」


 言われた通りに巻かれて紐と封蝋で閉じられていた権利書を丁寧に開く。

 褒章の形で与えられると書かれていたのは――


「……メルヴィ諸島の統括権限? 何処ですそれ?」


 国をまたいで転戦した彼にしても聞いたことのない地名である。

 とはいえ、戦地や要衝地でなければ覚えることもなかったろうが。


「オーランドの果てにある諸島のことだ」


「慰労にバカンスを存分に楽しめだなんて随分太っ腹ですね」


「そうとも言え……いや、国の英雄に私は嘘を吐きたくない」


 話の雲行きが一気に怪しくなり、さしもの勇者も「どういうことですか?」と周囲の状況を不審に思い始めた。

 そう、この者達は何故無言のまま、完全武装で・・・・・二人を・・・取り囲んでいるのか・・・・・・・・・と。


「メルヴィは君の好きに使ってくれて構わない。

 しかし非常に申し訳無いことにそこは未開の地だ。バカンスよりも前にサバイバルが始まってしまう」


「ここへは休暇で向かうのではないのですか?」


「そうなのだが……私が出せる精いっぱいのものだったんだ」


「意味が分かりかねますが……」


「……濁すのはやめにすると言ったな。怒らずに落ち着いて聞いて欲しい。

 その地で静かに暮らしてほしい。そして王城には公式・非公式に関わらず、二度と立ち寄らないでもらいたい」


 自分に代官が務まるとも思えないが、未開の島に送られるのはどうなのだろう、と勇者は呆れる。

 それと同時に、この物々しい状態で囲まれているのは、勇者が怒って王へ反旗を翻しかねない内容をぶつけるためだと見えてくる。

 だが、そもそも流刑のような扱いをする必要があるのだろうか……怒る以前にルシルの脳裏にはそんな疑問が浮かぶ。


「お言葉はともかく、意図が掴めないままなのですが……」


「貴君の意図とは関係なく、このまま国内に留まれば政治的に担ぐ者が必ず現れる。

 住民が居る場所に君を送って同じだ。今の王政を揺るがしかねない事態に備え、誰も居ない場所でなくてはいけないのだ」


「政治的な問題ですか。それなら私の悪評を流布するのは?」


「その自己犠牲には素直に尊敬を抱いてしまうが、勇者の存在はオーランドの国力に含まれている。

 そうしたスキャンダルは、特に国外から批判の的にされ、身の安全と貴君を推した王家の求心力も失墜してしまう」


「では『魔王戦の傷が祟って急逝した』なんていかがですか?」


「先の説明通り、オーランドの国力は『勇者を含む』のだ。世界が疲弊している中で大国が急に極大戦力を失えば、他国の侵略を受ける土壌が育ってしまう」


「でしたら他国への渡航も……?」


「もちろんやめてほしい。移住先の国が『魔王討伐すら果たした勇者が最終的には戦勝国にしてくれる』と幅を利かせるだろう。

 危ういながらも何とか均衡を保っている国家間のパワーバランスが完全に崩壊し、人類間の覇権争いに発展するのは目に見えている」


 偉業には名声が。名声と共に権力が。権力と名声には財力が。

 王権以外を高次元で所有している勇者は、個人で極大の戦力までも手中に収める。

 統治者にとって最悪ともいえる目の上のたん瘤となってしまうのも頷ける話だ。

 しかしそれが当事者であれば、頷いてばかりもいられない。


「国外退去するほどのものですか」


「本当に申し訳ない。国民も我々も君に感謝しているのは間違いないのだ」


「……その人気が祟ったわけですか」


「いや、隠し事はしないと言ったのにな。すまない……」


 ケルヴィンは苦悩に満ちた表情を受けべて告げると、近衛兵が「ケルヴィン様!」と制止する。

 それでも首を振って黙らせ、本人は息を大きく吸って心を落ち着かせていた。

 今までの話がすべて建前で、もっと深い理由がある……勇者は話の続きに身構えた。


「おぬしの雰囲気がな……?」


「雰囲気?」


「もっと言うと顔がな……」


「顔?」


「うむ、……王は『貴君の顔が生理的に無理・・・・・・』なんだそうだ」


「……はぁ?」


 勇者は間抜け面で耳を疑った。

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