「1=1」の美
中学12年生
第1話
「1=1」の美しさに魅せられてから、僕はどれくらいの時間をこの等式と共に過ごしてきたのだろうか。
僕は、僕が嫌いだ。勉強は出来ないし、運動神経も悪いし、何よりそれらを乗り越えようとする気力が決定的に不足している。何に挑戦しても結局は最下位争いにしかならなくて、それが嫌だったから勝負事は出来るだけ避けてきた。
昨日も1日を全く無駄にしたな。まぁいつも通りのことさ。朝起きて登校した後、授業を受けて、その内容を半分も理解出来ていないまま幽霊のように下校する。
でも、そんな僕を毎日励ましてくれるのが、この「1=1」なんだ。これは、世界の根底を支えている。僕もまた、この等式に支えられている。物理的にも精神的にもね。
つまり、彼はこう言ってるんだよ。「君は君だ」ってね。それは数学的真理なんだ。「1=2」でも「1=3」でも無い。僕は、成績優秀な彼には遠く及ばない。僕は、容姿端麗な彼女には見向きもされない。でもそれは、僕とは直接的には関係ないんだ。
それはつまり、「7-6=1」ってことなんだ。でも、この引き算が成立するためにも「1=1」が成立しなければならない。そうでないと「2-1=1」が正しいかどうか神様でも判断できないからね。つまり、「1=1」だからこそ、「1+1=2」が成り立って、だからこその「2-1=1」な訳だよ。
だから、僕の周りの人たちが僕より秀でていると断言するためには、僕が僕である証明が必要不可欠な訳だよ。でも、その証明は僕にしか出来ないんだ。僕が一番僕のことを知ってるんだから。昔から「どうして僕には出来ることが何もないんだ」って悩みに悩んできたからね。もし、"僕"教科があったなら、僕はその教科に関してはとびっきり優秀な特待生に違いないさ。
だから、周りの奴らが僕より秀でているかどうかは本当は誰にも分からないのさ。したがって、僕の事をバカにしてくる人たちは、その人たちこそとんでもなくおバカさんなんだ。どうだい? 「1=1」の破壊力を理解してもらえたかな?
しかも、それだけじゃないよ。「1=1」という等式を変形するとこんな式が出てくる。「1-1=0」という式だ。つまり、彼はこうも言ってるんだ。「君から君を引くと何も無くなるんだ」ってね。逆に言えば、僕を僕たらしめているのは、僕の内部的な構成要素のみだってことさ。
いや、厳密に言えば、外部にある何らかの要素を自分の内部に完全に還元しきれないのであれば、その要素は僕という人間のアイデンティティとは関係ないってことだ。
つまり、僕と社会の関わりは、僕がどれだけその社会にある何らかの知見や技術を内部化するか、という指標で定義できるわけだ。ということは、それは僕の心的な傾向性に因るのだから、どの社会をどんな風に選ぶかは僕次第というわけだね。
今、社会という言葉を使ったけれど、これは別に国とか地方共同体とかのみを言っているわけではないよ。狭いところでは友達やLINEグループだって社会さ。つまり、僕がその気になれば、いつだって何らかの社会通念や特定のイデオロギーを排除できる。
でも、家族は例外なんだ。家族だって広く取れば社会という言葉で捉えられるけれど、僕の遺伝子には親の遺伝子が明確に刻み込まれている。つまり、最初から外部の要素が僕を生物学的に形成している。裏を返せば、家族という単位が人間と社会を繋げる回路になり得ると言うわけだ。
どんな天才だって1人では生きていけない訳だから、最終的には何らかの社会に所属しなければならない。その時のために、家族とは仲良くしなければならない。言い換えれば、家族愛というのは普遍的に美しいのさ。だから、キリスト教なんかだと、人類全体に適応できる兄弟愛なんかが重視されているんだろうね。
どうだろう。「1=1」の美しさを理解して頂けたかな。このありふれた等式が示すものには極めて興味深い意義が含まれているんだよ。そしてその意義は、しばしば人が抱え込む疑問や悩みの根底に静かに沈んでいるんだ。じっと、そこで自分が発見されるのを待っているんだよ。だから、自分の悩みや苦しみを徹底的に掘り下げていくことも、やはり普遍的に美しいんだ。
だから、君の「1=1」を是非見つけてあげてね。彼または彼女は、自分が再帰的に認識されることをきっと望んでいるに違いないから。
「1=1」の美 中学12年生 @juuninennsei
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