第29話

「毎日大変そうだな」


「うん、仕事だから」


 俺は彩と話しを始めた。

 話しと言っても雑談のようなもので、言ってしまえばどうでも良い話しだ。

 だが、こうやって彩とちゃんと話しをするのは何年ぶりだろうか……。

 

「……へぇ~じゃあ、あの先生ズラなの?」


「あぁ、今日良く見てたら、なんか生え際が不自然だった」


「私も明日見てみよ」


「後頭部が分かりやすいぞ」


 本当にどうでもいい話だが、そんな会話がなんだか凄く楽しかった。

 懐かしい感覚を覚えながら、俺は彩に言う。


「この前の写真集……良かったぞ」


「そ、そう? ど、どうせ水着のグラビアが載ってたからでしょ!?」


「いや……それ以外も……良かった……その……可愛かった」


「なっ……ば、馬鹿!」


「なんでだよ! 褒めてんだろ!」


 彩は頬を赤く染め、俺に背を向ける。

 あの写真集は良かった。

 彩の可愛さが十分に引き出されていた。

 三冊買って良かったと思えた品だったが、本人を目の前にすると、やはり本物が一番だと言うことを気づかされる。


「ど、どうせエッチな目で見てたくせに!」


「そ、それは……否定出来ない……」


「変態!」


「おいやめろ、女子からのその言葉は結構心に刺さる」


「だ、だって……本当の事でしょ!」


「褒めただけだろ……」


 褒めたのに、なんで変態扱いされなければいけないんだ……まったく女心は分からない。


「ね、ねぇ……」


「ん? なんだ?」


「今度の私のライブ……来てくれるの?」


「あぁ……行くつもりでは居るんだが……」


 そのライブのチケットは正直手に入れられるか分からない。

 彩のライブは毎回競争率が激しい。

 ファンクラブの会員でも中々手に入れる事が出来ない。

 俺は毎回ネット予約が開始されて直ぐに、ホームページの予約画面を連打するが、それでもギリギリ取れるか取れないかだ。

 

「正直分からないな……お前のライブのチケット……人気だし」


「そっか……あ、あのさ……」


「なんだ?」


「チケット……あげようか?」


「え!? マジで!!」


 俺は思わず声を上げてしまった。

 転売すれば、約三倍の値が付くと言われるほどのチケットだ。

 そんなプレミアチケットが貰えるならば、こちらとしては凄く嬉しい。

 まぁ、絶対に売らないけど。


「友人席って取れるから、取って上げる」


「良いのかよ! サンキュー!!


 あまりのうれしさに俺は思わず彩の手を握る。

 

「あ……」


「マジでありがとな!」


「う、うん……い、良いよ……」


 俺は彩にお礼を言った後で気がついた。

 思わず彩の手を握ってしまった。

 最近は手を握るなんてまったく無かった。

 しかも、俺たちはもう子供では無い。

 高校生の男女が手を握るなんて、少し意味が変わってきてしまう。


「わ、悪い……」


 俺はそう言って、彩の手から自分の手を離す。

 すると、驚く事に今度は彩が俺の手を握ってきた。


「も、もう少しだけ……握ってて良いわよ……」


「お、おう……」


 そういう彩の顔は真っ赤だった。

 俺に顔を見られたくないのか、少しだけ俯き気味だったが、それでも分かる程に彩の顔は赤くなっていた。

「ねぇ……学校でも話したいよ……」


 彩は顔を俯かせながら、ぼそっとそう言った。

 俺だって彩とは同じ気持ちだ。

 だけど……それで彩の仕事に支障をきたしては大変だ。

 だから俺は……。


「お前さぁ……俺なんかと仲良くしてたら、イメージダウンだぞ……それにお前は友達多いだろ? 俺なんかと話さなくても……」


「そうじゃなくて……なんか、嫌なんだもん」


「何がだよ……」


「アンタが西井さんと話してるのが……」


 俺は彩のその言葉に心を射貫かれるのを感じた。

 え、何この子……。

 それって、俺を独り占めにしたいってこと?

 それってヤキモチ?

 てか、メッチャ可愛いなおい!!

 なんて事を考えながら、俺は平静を保ち、クールに彩に言う。


「無茶を言うなよ……西井は悪い奴じゃないし……完全無視って訳にはいかないだろ?」


「でも……なんかさ……モヤモヤするんだよね……」


 そっかぁ……モヤモヤするんかぁ……可愛いなぁ……。

 でも、西井を完全に無視する訳にもいかないし……。 彩って結構独占欲が強いんだな……。

 

「こうして夜は話せるじゃないか、それにまたSNSとかで写真が拡散とかされたら……」


 一度、俺と彩が隣同士の幼馴染みだとSNSに流された事があった。

 そのときは大変だった。

 デビュー仕立ての彩のSNSはプチ炎上し、恨みを持ったファンが俺に襲いかかってきたり……。


「でも……またこうしてまた話せるようになったのに……」


「そうだけど……」


 お互いに恥ずかしいところを相手に見られたからか、最近の俺たちは上手くいっている。

 顔を合わせれば口喧嘩をしていたが、最近はそれが一切無い。


「あのさ……」


「ん?」


「私さ……やめようと思ってるんだ……アイドル」


「え!?」


 俺は驚き声を上げた。

 一体どうしたというのだ?

 アイドルになってもうすぐ一年が過ぎ、人気も上々で調子が良いのに、なんでやめるなんて言うんだ?

 

「な、なんでやめるんだよ! これからだろ!」


「なんていうか……目標達成したから……もうアイドルやる意味ないし……」


 目標? 目標とは一体何の事だろうか?

 というか、わずか一年で大人気アイドルの地位を獲得したというのに、なんでこんな早くにやめてしまうのだろうか?

 絶対にもったいないと思うが……。

 俺がそんな事を思っていると、彩は俺の手を強く握って話しを始めた。


「目標も達成したし……そろそろ普通の学校生活を送りたいのよ……」


 その気持ちは分かる。

 仕事ばかりで全然友達とも遊べないだろうし、クラスメイトにはアイドルだからと少し距離を置かれているし……。

 

「そうか……」


 正直残念だ、でもこれは俺が横からどうこう言える話しでは無い。

 彩が決めたことなら、俺は彩がしたいようにすれば良いと思っている。

 俺の心の中では、もうアイドルの彩を見ることが出来ない気持ちと、これで彩とコソコソ隠れずに付き合えるかもしれないと言う、二つの感情があり、凄く複雑な気持ちだった。

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