第26話
*
放課後、俺はいつものように帰宅しようと準備をしていると、またしてもうるさいのが教室にやってきた。
「緒方君! 一緒帰ろう!」
「お前……部活は無いのかよ……」
「職員会議で休みって言われちゃって」
「他の奴と帰れば良いだろ?」
「折角誘ってるのに……」
俺は西井と話しをしながら、ふと彩の机をちらっと見る。
彩はもう既に帰った後だった。
きっと今日も仕事なのだろう、俺はそんな事を考えながら、西井の方に視線を戻す。
「悪いけど、今日は真っ直ぐ家に帰る予定だから」
「じゃあ私も真っ直ぐ付いて行くよ!」
「付いてくんな! ストーカーか!!」
「ある意味、そうかも!」
「否定しろよ!」
結局西井は俺の側を離れず、一緒に帰る形になってしまった。
俺はため息を吐きながら、西井と共に帰り道を歩く。 丁度グランドの脇を通ろうとした時だった。
グランドの端っこで、一人準備体操をする男子生徒を見つけた。
よく見ると、どこかで見た顔だ。
俺は目を凝らして見てみると、昨日俺に因縁を付けてきた、西井と同じ陸上部の男子生徒だった。
「おい、部活って今日は無いんだよな?」
「え? うん、休みって先生言ってたし」
「じゃあ、あいつは何してんだ?」
「あ、康一君! 自主練かな?」
康一はこちらに気づかないまま、自主練を続ける。
昨日の一件以来、俺は康一の事が気になっていた。
やっぱりどこかであった事があっただろうか?
あんな態度を取られる覚えが無い。
やっぱりただ単に俺が西井と仲良くしてたからか?
俺はそんな事を考えながら、グランドの脇を通り過ぎて行く。
「お前は自主練しないのか?」
「わ、私は家に帰って筋トレするし!」
「絶対しないだろ」
隣の不真面目な陸上部員を見ながら、俺は康一の事を考える。
なんか……昔の俺みたいだな……。
彩と少しでも釣り合う男になろうと、俺も努力した時期があった。
でも、彩はどんどん俺との差を広げて行った。
そして彩がアイドルになり、俺は気がついてしまった。
俺では彩とは釣り合わないと……。
「ねぇ、緒方君って昔は何かスポーツしてたの?」
「ん? 小学生の頃は空手に柔道、あとは截拳道」
「石けん道?」
「なんだその泡立ち良さそうな武術は………ジークンドーって言えば分かるか?」
「あー! 聞いたことある!! て言うか、武術ばっかりだね」
「まぁ、色々あってな……」
彩と仲が良いと言うだけで、俺は昔から同姓の恨みを買っていた。
彩の告白を断れば、お前のせいだと因縁を付けられた。
可笑しな話しだが、毎回そのせいで俺は暴力を振るわれた。
だから、自分自身で強くなり、自分の身を守ろうとした。
いや、それだけではない。
将来、彩の事も守れれば良いなと思って、俺は強くなったのだ。
「後……中学の時は陸上もやってたな」
「うん、知ってるよ」
「なんで知ってるんだよ。中学違うだろ?」
「私だって中学時代は陸上部だもん! 大会とかで見たことない?」
「ない」
「即答!?」
「だって無いし、あったら言う」
「ま、まぁそうだけどさ………本当に覚えてないし……」
「何か言ったか?」
「なんでも!」
「おわっ! 危ねーだろ!」
西井はそう言いながら、俺に手に持っていた鞄をぶつけようとしてきた。
「っち……避けられた」
「舌打ちすんな!」
なんなだいきなり……。
覚えが無いものは無いんだから仕方ないだろうが……。
俺はそんな事を考えながら、西井に尋ねる。
「そういうお前は、俺の事見たのかよ」
「見たから、告白したんだけど?」
「は? どう言うことだ?」
「なんでもなーい! 知りたいなら、思い出して見れば~」
「はぁ?」
思い出す?
俺は康一以外にも西井とどこかで昔会っているのか?
「教えろよ」
「私を生涯愛して、添い遂げるなら教える」
「要求がぼったくりレベルで高いから遠慮する」
結局西井は俺の家まで付いてきた。
俺の部屋に入ろうとしたが、俺はそんな西井を止め、家まで送っていった。
「ぶー……いい加減入れてよ」
「その言い方やめろ、誤解を招きそうだ」
「えっち!」
「うっせ! じゃあな」
俺はそう言い、西井の家を後にする。
帰り道、俺は西井とどこであったのかを考えていた。 出会っているとすれば、陸上の大会か、陸上部関係の出来事だろうか?
しかし、あんなうるさい奴と会っていれば、嫌でも覚えていそうなものだが……。
*
「お疲れさまでーす」
私はそう言って、レコーディングスタジオを後にする。
今日は新曲のレコーディングがあり、私は二時間ほどスタジオで仕事をしていた。
これでようやく帰れる。
私はそんな事を思いながら、軽い足取りで帰る準備を済ませる。
帰ったら悠人とまた話しをしたい。
学校で話せない分、家に居る時はいっぱい話しをしたい。
そんな事を考えながら、帰ろうとマネージャーの車を待っていると、真剣な表情のマネージャーが事務所の社長とやってきた。
「あの……なんですか?」
「彩音ちゃん! 昨日の事をちゃんと話しましょうか」
「早くないですか?」
昨日の事とは、私がアイドルをやめたいと言った事であろう。
後日、社長を交えて話しをしようと言ったけど……早すぎない?
今日は早く帰りたいのに……。
私はそんな事を考えながら、スタジオ内の空き部屋で社長とマネージャーの村北さんと話しを始める。
「えっと……彩音ちゃん……」
「はい」
「な、なんでアイドルをやめたいの? 今はかなり調子も良いし……このまま行けば、間違いなく今年の紅白も……」
「いえ、別にアイドルになるのが夢とかじゃなかったですし、それに……夢を叶える為にアイドルって肩書きが邪魔になって」
「何この子……すっごい直球で凄いこと言った……」
私の回答に社長は驚いていた。
村北さんも肩をがっくりと落とし、若干泣き目になっている。
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