第21話 軍人、休暇を取る
レギオスの作った鉄製の滑車は現場では大活躍で、高所に大岩を運ぶ作業もかなり楽になった。
ギルドに買い取ってもらい、今は五台が現場で使われている。
おかげで作業は滞りなく進み、神殿はほぼ完成していた。
「はい、新しい鉄製滑車ですね。喜んで買い取らせて頂きます。いつもと同じ100万ゴルドでよろしいですね」
「いつも高値で買い取って頂き、助かります」
頭を下げるレギオスに、受付嬢は慌てて手を振る。
「いえいえ! 助かっているのは我々の方なんです! こういった技術を持つ人はこの町にはいませんからね。それだけ希少な技術なのですから、相当の対価を払うのは当然の事です!」
「そう言っていただけると幸いです」
受付嬢に滑車を渡し、金を受け取るレギオス。
100万ゴルドとなると材料費を含めても大きな黒字である。
それを五台は納入したのだ。
レギオスはもうしばらく働かなくても十分な程の金を得ていた。
「滑車はまだ必要ですか?」
「うーん、今のところはこんなものでしょうか。何せ小さな町ですので」
「そうですか。なら今日からは別の依頼をやってみようかな」
そう言って依頼掲示板へ向かおうとするレギオスを見て、受付嬢はむぅと唸る。
「あの、レギオスさん。そう毎日働かれなくてもよろしいのでは? 十分お金も稼げたでしょうし、しばらくゆっくりされては如何でしょう?」
「えーと、迷惑でしたか? 他の方たちの仕事まで取ってしまうとか……」
「そうではありませんが、たまには休憩も必要ですよ。レギオスさんのように優秀な方に働きすぎて倒れられたら、そちらの方が損失ですので。勤勉な方にはよくある事らしいですよ?」
「そうでしたか。確かに根の詰めすぎもよくないかもしれません……しかしいきなりそう言われても……」
元来の仕事人間であるレギオスは、休めと言われても、休み方がよくわからなかった。
それはここに来てからの働きぶりを見ていた受付嬢にも、よくわかっていた。
困惑するレギオスを見て、受付嬢は呆れたようにため息を吐く。
「……では娘さんをどこかに連れて行ってあげるとか。ほら、たまには家族サービスもいいものですよ?」
言われてレギオスはハッとなる。
そういえば最近、シエラの相手をメープルに任せっきりだった。
料理や洗濯、掃除に加え、本来はレギオスの仕事であるワイヤー作りも手伝わせている。
どこかに連れて行くくらい、何故思いつかなかったのかと反省した。
「……ありがとう、受付さん」
「ふふっ、ついでに女の子に人気のスポット、教えましょうか? と言っても帝都と比べたら大したところはありませんが……」
受付嬢の心遣いに、レギオスは頭を下げた。
「とても助かります。何から何まで」
「いえいえ! レギオスさんには色々とお世話になっていますかはね! このくらいはしておかないと!」
受付嬢は照れくさいのか、顔を赤らめてパタパタと手を振った。
「ではしっかりお教えしますので、ちゃんとシエラちゃんをエスコート、してあげてくださいねっ!」
「はい」
頷くレギオスに、受付嬢は力強く微笑みかけるのだった。
■■■
「ただいま」
レギオスが家に帰ると、メープル指導のもとシエラは魔術の修行をしていた。
指先に集めた魔力がパチパチと火花を放っている。
遠目から見てもかなりの密度を誇る魔力、レギオスはその才能に感嘆の息を吐いた。
だがシエラがレギオスに気づいた途端、その指先から魔力が霧散する。
「あ、おかえりレギオス」
「うん、真面目に修行しているな」
「シエラちゃん、中々スジがいいわよー。レギオス超えもワンチャンある、かも?」
「そりゃ将来楽しみだ」
そう言ってレギオスはシエラの頭を撫でる。
嬉しそうにされるがままのシエラを見て、レギオスは構ってあげられなかった自分の至らなさを悔いた。
「……なぁシエラ、明日だが少し町の方を歩いてみないか?」
その言葉に二人は目を丸くした。
「え、それって……」
「デートっっ!?」
大げさに反応するメープルから視線を逸らしつつ、レギオスは続ける。
「いやまぁ、最近出かける事もなかったしな。仕事もひと段落ついたところだし、どうだ?」
「行くっっっ!」
レギオスの問いに、シエラは即座に抱きついて答えた。
その日の夕食は、とても豪華だった。
「ふあ……おはよう……」
翌日、起きてきたレギオスが今の扉を開けると着飾ったシエラがいた。
去年の誕生日に買ったお洒落着に、髪飾り。
唇には薄く紅を引いている。
その美しさに呆けるレギオスを見上げ、シエラは呟く。
「あ、レギオス……おはよう」
上目遣いに見上げられ、レギオスは衝撃を受けた。
身内贔屓を考えても世界一の美少女だと思った。
そんなシエラの後ろから、メープルが出てきて、ぐっと親指を立てる。
「どうよどうよー。シエラちゃん、超可愛いっしょ? 朝早く起きて服選びにお化粧に頑張ったんだから。ちなみに私も手伝いました!」
そういえば朝6時くらいにドタバタする音で目を覚ましたのを思い出す。
すぐに寝てしまったが、あれは二人が支度する音だったのだ。
「どう、かな……?」
「あぁ、すごく可愛いぞ。シエラ。世界一だ」
「……っ!」
レギオスの言葉に、シエラの顔がほんのりと赤くなった。
「さ、仕事も終わったし私は神殿に帰るとしますかー」
二人をじっと見ていたメープルが不意に呟く。
「そうなの?」
「うん。何度か神殿を見に行ったけど、あれだけ形になってたら十分よ。短い間だったけどお世話になったわ」
「そうか。寂しくなるな」
「なーにいってんの。また会えるって! じゃーね。お二人さん、お幸せに!」
言うが早いか、メープルは水晶玉を持って飛んでいく。
「じゃあね!」
ぱちん、とウインクを残し、メープルは森の奥に消えていった。
「しかし唐突だったな」
「そういえばちょっと前から、そろそろ帰らなきゃって言ってたかも」
「使徒は神殿から長時間は離れられないからな。仕方ないさ」
暫く見送った後、突然レギオスの腕にシエラが抱きついた。
「いこ、レギオス」
「……あぁ、そうだな」
シエラは無表情のまま、しかし心の底から楽しみにしているように見えた。
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