光の中で 保護の王と破壊の王
「どうだ?満足したか?」
スーツについた砂ぼこりを叩くようにしながら、私は老体に鞭打って立ち上がる。
目の前では破壊の王がうつ伏せで倒れていた。
「・・・グッ・・・まだ、敵わんか・・・」
体中に剣を突き立てられ、地面と接合されている破壊の王は呻きながらもこちらを見上げようとする。その目は赤く血走っていた。
「殺せ・・・殺せ・・・我が好敵手」
「・・・」
これほどまでの憎悪、嫌悪、憤怒。もっと別のことに使っていたらどれだけよかったのだろうかと憐れむ。
だが同時に、それは自分も一緒だ。憐れむなんて烏滸がましいな。
思いながら、魔術で錬成した無数の剣を、破壊の王に刺さっているその武器を消滅させた。
拘束を、解いたのである。
「・・・俺を・・・愚弄するのか・・・貴様・・・この期に及んでッッ!!」
血走った眼を更に赤く染めながら、ボロボロの身体で立ち上がろうとする破壊の王。
私は懐から一本煙草を取り出して、火をつけた。
肺に煙を送り込んで、一気に吐き出す。
「そう興奮せんでもいだろう。世界の最後くらい、ゆっくり語らうのも悪くない。そう思わないか?」
「何を・・・今更・・・」
本当に、何を今更と自分でも思う。
破壊の王との戦いはすさまじいものだった。互いの生を削り合い、しのぎを削る戦いだった。長きにわたる因縁の最終対決。木々をなぎ倒し、地を抉り、空を裂いた。
でも、それだけだった。
破壊の王は壊すことしか出来ない。存在するすべてを壊す。
自然を壊し、人を壊し、心を壊す。私の目的である「世界保護」の脅威だった。
だがそれは、同時に破壊の王自身をも壊すことである。
木々をなぎ倒せば奴の腕は血まみれになり、
地を抉れば奴の足は骨をむき出しにした。
「何か」を壊すことで、満たされるというのは究極的に言えば自己破壊なのだ。
楽しいから壊すのではない。
壊さないと、生きていけない。それが、神に与えられた能力であり「宿命」。
だから私は長きにわたる仇敵に、本来一思いに殺すべき好敵手に、こうして情けをかけているのだろう。
「どうだ、一本吸うか?」
煙草を差し出してみる。
「・・・」
その目の赤さは、どこか和らいでいた。私の戦意の無さに、呆れているのかもしれない。
「ほれ」
火の付けた煙草を口元に近づける。下手すれば腕ごと噛みちぎられてしまうのかもしれないが、もうそうなっても良い気がした。
戦いの中で、気付くこともある。
守ることしか出来ない人間と、壊すことしか出来ない人間。
根っこは、変わらない。
自分の使命を、全うしているだけなのだ。
「世界が、終わるのか・・・」
煙草の煙を吐き出して、悟るように破壊の王は言う。
「私たちの戦いに、どれほどの意味があったのだろうな」
「・・・ふんっ、意味など、その価値観ごと壊すだけだ・・・」
いつまでたっても憎まれ口というか、使命に従順なやつである。
全てを壊して、神に抗い、自らの運命に抗おうとし続けたこいつには、畏敬の念すらあった。
「だがこれで、お前の望む『能力の無い世界』が実現するんじゃないか?」
破壊の王の目的、それは「能力の破壊」。いずれ人類の脅威になる「能力」を破壊すること。
私の目的は、「世界の保護」。世界の「能力者」を管理し、「世界」を保護すること。
どちらも「能力」に振り回され、進むべき道を同じとし、とるべき手段を間違え続けた人間だ。
「その世界に、争いがないとは、言い切れんだろう」
落ち着きを取り戻しつつある破壊の王は、冷静に語る。
「『能力』が存在しない世界だから良いという訳ではない。我々人類は『能力』の存在を認知して、前に進むべきだったのだ。そのために私は・・・」
「全てを壊そうとしたわけか」
空に消えていく煙草の煙を眺める。遊園地と反対側の山に目を向ければ「世界終焉」の光が近づいているのがありありと見える。
「例え世界が終ろうと、最後の最後まで『能力の破壊』に力を尽くす。それが俺のために命を賭してきた仲間に報える唯一の手段だ。間違っていることなんて、とっくのとうに知っている。それでも俺は、前に進むことを、間違え続けることを選んだんだ」
世界の至るべきところに潜む闇を、語る。
私もその話に、共感して、言葉を返す。
どうして互いにこれほど腹を割って話せるのか、意外だった。
こいつとは何度も戦った。何度も死を覚悟した。何度も組織単位で対立した。
でもなぜか、こいつを憎いと思ったことは無かった。
破壊の王の憎悪や憤怒は「世界」に、いや、「神」に向いていたから。
壊すだけで、殺すことはしなかった。その矜持に、共感していた。
「・・・結局、似た者同士ってことか」
「・・・なに?」
「なんでもないよ。さあ、もう一本」
今になって分かる。共に煙草の煙を吹かすような壮年になって、組織の頭に立つものとして、引き下がらない覚悟と決意を持っているこの男は・・・
良き、好敵手であったのだと。
ポジティブに考えるのであれば、世界保護を目的とする私たち「機関」と、対立する破壊の王の「機関」が存在していたがゆえに、あぶれる能力者が出てくることもなかったのかもしれない。
ある意味での、抑止力ではあったのかもしれない。そう、思いたい。
「ふっ、しかし貴様とこうして時を過ごし、世界の終焉を見届けるなど信じられんな」
「ほんとに、そうだな。随分と長い間、私たちは争いすぎた」
「・・・名を、聞いても良いか?どうせ世界が終わるのなら、それくらい」
光が静かに背後まで迫っていた。この光に包まれて、世界は終わる。
彼は、――――上手くやっているだろうか。
「ん?ゼッカだが、それくらいは――」
「通称ではない、貴様の本当の名だ。国籍は日本だろう?」
意外だった。思わず口にくわえていた煙草をポロリと落とす。
破壊の王は自力で起き上がり、その場に座り込んでいた。
自分の名・・・忘れてしまいそうなくらい長いこと名乗っていなかった自らの名を口に出した。
「ふむ、良い名だな。覚えておこう」
「お前の・・・名前は?」
聞き返す。
「名など壊した」
「はは、お前らしいな」
流石、破壊の王である。
「・・・俺の――」
破壊の王が何かを言おうとしたとき、耳に埋め込まれていた通信機から連絡が入る。
『機関本部より伝達。
特異点とその鍵の動向、未知。世界修復に甚大な損失を及ぼす恐れあり。
即時特異点とその鍵に接触することを要請する。』
その言葉を、脳内で処理して、思考する。
バリイ君の声に、戸惑いが見える。機関本部とはいえ、私に全幅の信頼を置いていない幹部もいるわけだから、彼らが勢いづいて勝手な指示を出すことは十分考慮していた。
特異点に接触する意味は、ない。
全てを閑谷君に任せたのだ。ここにきて手を出す必要はないというのに。
ならば、向かうであろう部隊を引き留めるべきか・・・?
しかし、正直今から転移するのは残りの魔力的に厳しい。
こちらからの発信ができるのであれば、閑谷君に任せるよう指示を出せるが、どうやら受信しか出来ないほどに、埋め込み型通信機は壊れてしまっているらしい。
・・・流石、破壊の王。
「なんだ、大丈夫か?」
私の事を心配する元・好敵手。
やはりこいつは、そもそも私たちのことを敵視していたわけではないのだな。
複雑で、残酷な、運命である。
まあしかし、彼女が居れば、特異点とその鍵への接触は出来まい。幼馴染の大事な時間を、邪魔させるようなことはないはずだ。
「ああ、大丈夫だ。それより――」
光が、私たちを包もうとした。暖かく、柔らかな光だった。
「もっと、お前と話してみたくてな。どれ肩でも貸してやろうか?破壊の王」
「ふん、抜かせ老いぼれが――ッ、自分で立てる」
似た者同士、老いぼれ同士、はぐれ者同士。
世界の最後くらい、笑い合いたいと、そう思ってしまったのだった。
壮年二人、白光に消ゆ。
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