番外編?

光の中で 先生&後輩サイド

「もうこれで終わっちゃうんですねー」


「・・・そうね、あの二人が観覧車に乗ってから、各地の機関も消失が確認されてるみたい」


「ちょっと寂しいかもです」


 午後もひとしきりのアトラクションを満喫した後結局、私とシオンは夜景の見えるレストランのテラスで二人座っていた。オレンジジュースをチューチュー吸いながら観覧車を眺めるシオンは少しだけ、寂しそうだった。


 何かに対して執着するシオンを見ること自体、私としては目新しくて、なんだか心がほっこりしてしまう。

 だってこの子、機関にいるときは何も欲しがらなかったもの。


 もっとこの子の成長を見て見たかったなとも思うけれど。


「ねえ先生」


「なに?」

 

 すっかり先生呼びにもなれたようだ。


「先生は、能力の無い自由な世界だったら、なりたいものとかありますか?」


「なりたいもの・・・」


 どこかで聞いたような質問に、私も甘々のコーヒーを一口すすってから答える。


「クレープ屋ね」


「クレープ・・・?あの柔らかい生地の中にクリームとかフルーツがはいってるあれですか?ホントにあれですか?」


 戸惑うような表情で聞いてくるシオンを見て、少し恥ずかしくなる。


 あれ?クレープ屋ってみんなの夢みたいなとこないかしら?


「そ、そうよ!そのクレープ・・・変、だったかしら?」


「いえ、そういう訳じゃないですけど・・・なんか、意外だなって」


「むぅ、何が意外なのかしら?」


 また一口、啜る。


「だって先生恋愛マスターじゃないですか――」

「ブハッーーーーー」

「先生!?」


 コーヒーが鉄砲玉のように噴き出る。


「な、なんでもないわ・・・ちょっと器官に入って・・・」

「器官どころか飲み込んですらなかったじゃないですか・・・」


 危なかった・・・そういえばまだシオンには私が恋愛マスターなんて大嘘だということを話してなかった・・・


「で・・・なんだったかしら?」


「いえ、だからその、てっきり恋愛系の夢なのかなと思ってたもので」


「案外、世界は広いのよ、シオン。数えきれないほどの職業があって、計り知れないほどの人々が住んでいる。ま、これは教師だったからこそわかることなんだけどね。人間、いろんな経験をして、いろんな方向に向けて成長していく。それを見るのも楽しかった」


 そう思うと、私は本当は教師になりたかったのではないかと思えてくる。闇雲に生きてきて、自分の夢なんていつの間にか捨てていた。クレープ屋だって、小さい頃の夢のままだ。今思えば、それも夢ではないのかもしれない。


「教師か・・・なるほど、そういうのもあるんですね」


 既に空になったオレンジジュースを尚も吸いながら、シオンは真剣な眼差しで私の言葉を反芻する。


「シオンは、何かなりたいものはある?」


「そうですね・・・私は――」


 答えを聞く前に二人のポケットから警告音が聞こえる。一般的には携帯の通知音と認識されるその音は、機関内での警告音だった。


「「!?」」


「先輩・・・これって・・・」


「・・・」


 映し出される情報に沈黙する。


 『機関本部より伝達。

 特異点とその鍵の動向、未知。世界修復に甚大な損失を及ぼす恐れあり。

 即時特異点とその鍵に接触することを要請する。』


 閑谷君・・・大丈夫かしら。


 ・・・


 ほら、またこうやって、生徒の心配ばかり。


 文面から持たないといけない感情は、

 あのバカ野郎!何しでかしてんだ!とっとと止めなきゃ。

 なんだろうけど、そんな気持ちは微塵もない。


 彼に思いがあって、選択があるなら、私は教師として、いえ、一人の人間として彼を支持する。


 なんて、良くないことかしらね。


 ふと辺りを見回すと、遊園地の周辺が光で包まれていた。一般客は何かのサプライズだと思っている節があるが、あれは「世界の終焉」そのもの。本来ならば目に見えない世界の終焉が、「特異点」という存在が近くにいることで見えてしまっている。


「先輩・・・私たち、どうしますか?」


 突然の出来事にシオンも少し動揺しているようだった。


「シオンは、どうしたいの?」


 冷静に、問う。


「私は・・・圭先輩を、信じたいです・・・けど」


 シオンもまた、その感情に戸惑いを覚えているのだろう。機関という存在と閑谷圭という存在を天秤にかけることは、そもそもできない。


 でも、いえ、だからこそ、私たちはその直感を信じるべきなのだ。


「シオン、知ってる?」


「え?」


 ホントは良くないけれど、人を勇気づけるための嘘なら、悪くはないわよね。


「良い女の秘訣は、待つことよ。・・・信じて、待つの」


「信じて、待つ・・・」


 その言葉に深々と頷くシオン。この子にもっと世界の凄さを見せてあげられなかったことだけが心残りだ。


 心残りで、楽しみなことだ。


 閑谷君がとった行動で、世界がどうなるのかは分からないけれど、だったら尚更やりたいことややり残したことがある方がワクワクしてくるのかもしれない。


 なんてこれもきっと生徒を肯定したい気持ちにすぎないのかもね。


 私はシオンに微笑んだ。慈愛に満ちていたと我ながら思う。


「そうですね、先生!」


 光の中で微笑む教え子の顔は、随分と前向きで、その笑顔に心が満たされた。


 砂糖たっぷりのコーヒーはもう真っ白で、その光の中で最後の一口を啜る。


 やっぱり私は、甘いのが好きだ。


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