第91話 超オススメ

「俺は玲奈の優しいところが好きだ。


 普段は真面目なのに、どこか抜けてるところが好きだ。


 何事にも全力で楽しむ姿勢が好きだ。


 新しいことに挑戦する気概が好きだ。


 勿論可愛らしい仕草も好きだ、その笑顔が好きだ、声が好きだ」


 正直に、この七日間の感想を告げる。


「この世界で玲奈と会った時・・・要は月曜日だな、あの日、俺は初めて玲奈に会ったんだ。その時は既に俺と玲奈はカップルだったんだよな・・・信じられないけど」


 あの時の混乱を今でも覚えている。


「んで、今は、こう思うんだ」


――玲奈と、きちんと付き合いたいって。


 俺の言葉に、玲奈は顔を上げる。両方の瞳からボロボロと涙を流し、その儚さに拍車をかけている。俺は、優しく微笑んだまま、痛みを、超える。


「・・・じゃあ、なんで?なんで・・・言ってくれないの?どうして私の願いを叶えてくれないの・・・?」


 俺の手を掴んで、強いまなざしに涙を光らせながら、言う。


「ずっと一緒だよって・・・・何で言ってくれないの?」


 玲奈の願い、つまり、世界を元に戻すために俺が発すべきだった言葉。


 橿原玲奈の施した、この世界を元に戻すための「安全装置」

 だが、俺に言わせれば、結局それは「諦め」以外の何物でもないのだ。


 世界を変えて、俺と付き合っている世界を一時的に構築した橿原玲奈は、結局「願い」が叶えば世界は元に戻り、「俺と付き合えない世界」を肯定するつもりだったのだろう。


 最初から、夢を見るつもりで、この仮初めの世界を作ったに過ぎない。


 叶わないことが分かっているから、そもそも叶えようとしていない。精々夢見心地の気分だけ作り物の自分に味合わせて、満足したつもりになっているだけだ。


 

 俺は、そんな彼女の願望を認めない。


 だってそれは願望なんかじゃないから。


 叶わなくたって、叶わないと運命で決まっていたって、誰になんと言われたって、自分だけは、内なる自分だけは絶対に諦めちゃいけない。


 願うことを、諦めちゃいけないんだ。


 俺は知っている。諦めきれない心の灯火を知っている。誰もが持っているに違いないそれを知っている。俺の中にもあるそれを、この七日間で再確認した。


 消えたと思っていた灯火は、まだ燃えていた。来るべき日に備えて力を維持していた。


 今だ。今なんだ。俺が、願うべきは、今この瞬間なんだ。

 忌み嫌ってきた自分の過去をもう一度受け入れて、傲慢にも愚かにも願うのだ。


 橿原玲奈という人間を、本当の意味で助けたい。


 お節介でも、偽善でも構わない。それは、君が決めてくれ。選択の問題だって、君が教えてくれたんだ。


 俺の気持ちに、もう嘘は付けない。


「もう一度言う、玲奈が好きだ。だからその願いは叶えられない。」


「なんでよ・・・なんで・・・」


「もっと、玲奈のことを知りたいんだ」


 俺の手を握る玲奈の力が強くなる。玲奈の奥に見える世界はもはや白い光にほとんどを包まれていた。俺たち二人が乗る観覧車の外はもう、「世界修復」か「世界崩壊」しているのだろう。


 特異点である橿原玲奈を中心に、世界は終わる。


 最後の最後まで、俺は玲奈と共に居よう。どうなったって、俺は君を助ける。玲奈を助ける。


 力も、特権もない。平凡な人間。


 何もいらない。目の前の人間を助けられるなら、何も。だから神様、――


 柄にもなく神頼みをしてしまう。


「玲奈・・・?」


 一瞬、玲奈の身体が光ったような気がした。その内部に、光を宿したように見えた。


「圭君・・・ホントにいいの?」


「・・・なんのことだ?」


 この瞳を思い出す。この世界の玲奈の瞳でありながら、非モテ世界の踏切で見た玲奈の目だ。


 言葉にも、先ほどまでの震えは無かった。この世界終焉のわずかな時間に、玲奈の意識は統合されたのか・・・?


「私を救いたいって言ってくれたのは嬉しいけど、それはこの世界を元に戻すための言葉じゃないよ。この世界私の願いを叶えれば、それで全部元に戻るのに・・・」


 それでもなお、瞳は潤んでいる。涙が頬を伝っている。光に反射するその涙を、美しいと思った。


「今の玲奈は・・・どっちだ?」


「・・・どっちもだよ。圭君の知ってる橿原玲奈」


「・・・あの日、踏切で俺にプロポーズしてきた玲奈か?」


「ばっ!あれは違うし!ちょっと勢いでというか・・・あれしか方法がなかったの!」


 言って、咄嗟にあっ、と声を漏らす。


 ・・・抜けてるのはどっちの玲奈も一緒なのか。


「お、おほほ、これは・・・ちょっとイタコの物まねを・・・」


「・・・ぷはっ、なんだそりゃ」


 玲奈の新鮮な姿につい笑ってしまった。そんなボケをする玲奈は見たことが無い。というかそもそも「おほほ」なんて言う程お嬢様じゃなかったしな。


「も、もう!なんで笑うのよ!乙女が泣いてるっていうのにぃ!」


「――す、すまんすまん、つい嬉しくなって」


「嬉しい・・・?」


「俺の好きな人の更なる一面を知れて、な」


「・・・・・・・・・」


 玲奈の顔が一気に赤くなる。脳天から蒸気が出ているようにも見えた。


「ば、ばばばばばばばあばばあ何言ってんのよ!」


「さっきから口調がバラバラじゃないか、大丈夫か創造主」


「う、うるさいうるさい!!ぷんぷんだよ!」


 本格的にキャラ崩壊を起こしつつあったので、俺はそれ以上揶揄うのをやめた。

 いつこの世界があの光に包まれるか分からない、それまでにこの「創造主」たる「橿原玲奈」と話しておくべきことが山のようにあるのだ。


「・・・この後の世界がどうなるかは、分からないのか?」


「・・・そうだね、ちょっと、分かんない。そもそもこの世界が一時的とはいえ成立していたことさえ私にとってはビックリだし・・・」


 忘れていた。この世界の成立は一人の女子高生の突発的な行動によるもので、その「因果」を歪めた結果だった。

 世界を変えた本人だからといってその先を知る由はない。


 二人そろって、観覧車の中でため息をつく。


 世界を変えて、元に戻らないことに罪悪感を覚える少女と、

 世界を元に戻せるのに、戻さなかった青年。


 俺に罪悪感はないが、それでもやはりこの後どうなるかということについては憂慮せねばならまい。


「どうせ元に戻らないなら、もう二度と圭君に会えないかもしれないし・・・」


 上を向いて数でも数えるようにしながら玲奈は言った。

 俺は会う気満々ですけどね?あれ?アイドルにマジ恋しちゃった害悪になってないかな?


「私の話、ちょっと聞いてくれる?」


 そう言って、俺にニパッと微笑んだ。無邪気なその笑みは、新鮮だった。


「ちょっとと言わず、いくらでも聞くよ。時間の許す限りな」


 徐々に近づき世界を覆い続ける世界を終焉に導く光の中で、


 俺たちは、最後のデートをする。

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