第62話

橿原大吾は我が妹と一通り談笑した後、俺に不思議そうに聞いた。

「君、あの活動はもうしてないのかい?」


「あの活動?」


「そうそう、君が熱心にやってた人助けボランティアだよ。」


――人助けボランティア。

―――――二度と聞きたくないしょうもない言葉。

―――――二度と口にしないと決めた偽善の言葉。


そんな言葉が、よりにもよって橿原の父親を称する可愛い系の男性から発せられたのだ。


俺はリビングで戦慄した。言葉が出てこなかった。喉が塞がり、得も言われぬ不快感だけが俺を襲った。


人助けボランティア。それは中学生の俺が愚かにも没頭した、かつての活動だった。


「愛する我が娘の彼氏だ。できることなら協力したいと思ってたんだが。」


そう言って、少し肩を落とす橿原父。なぜ、この男がその忌々しい活動を知っているのかと俺は疑問だった。


「にいに、やめちゃったの?あれ。」


隣の妹も目を丸くしている。俺は固まってしまった。


なぜ、俺の活動を――

妹まで――


「ちょ、ちょっと俺散歩してくるわ。」


戸惑い、俺に話を聞こうとする妹と橿原父の声から逃げるように、俺は家を飛び出た。


丁度家の門扉を出たところで―俺は疲れているわけでもなく息を切らしていたのだが、俺を呼ぶ声がした。


「閑谷・・・さん?」


「・・・」


これ以上俺の何を掘り返してくれるというのだ。悪い悪夢でも見ている気分だった。

少なくとも、人助けボランティアのことは一ミリたりとも考えたくない。言葉だけで吐き気がする。


俺が恐る恐る顔を上げると、きょとんとした顔の佐藤がそこに立っていた。

土曜日だというのに制服姿。腕に風紀委員の腕章をつけていた。


「どうしたんですか?ご自宅から息を切らして出てくるなんて、ただ事ではなさそうですが・・・」


あの日、バッサリと切ってしまった髪を少し揺らしながら俺に問う。


「い、いや、どうということはないんだが・・・」


どうということしかない。一大事である。俺の忌まわしき黒歴史が発掘されているのだから。


「ほんとですか?家に強盗とか来てたんじゃないんですか?」


「いや強盗だったら助け求めてるわ。」


「つまり、閑谷さんが犯人・・・」


「おいおい・・・」


とんだ迷探偵だった。あまりに真剣そうな顔でいうもんだから俺は吹き出してしまった。

しかも佐藤は未だ俺に敬語である。そこもおかしいというかなんというか。


「そうだ、閑谷さん。」

「なに?」


微笑みながら、佐藤は言う。

強盗の張本人だと推理している相手に、くだけて言う。


「少し散歩でもしよ?」


幼馴染の、元の世界の佐藤を彷彿とさせる無邪気な笑みだった。

収まらない胸の不快感が、少しだけやわらいだ気がした。

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