第40話
きっと非モテ世界の俺なら、こんなことはしなかった。親切もお節介も紙一重だ。リスクを背負ってまで、人助けなんていうリターンのない行為をすることは合理的じゃない。
自分の命が脅かされているのに、彼女の命を救いたいと心が叫んでいる。助けられる保証もない、彼女の次は俺の番だ。でも、ここで彼女のために動かないと俺は死んでも死にきれない。そう思った。もう死んでいたはずの俺の本心が、親切心が、お節介精神が剥き出しになっていた。
流れゆく時間が何秒にも何分にも感じられる。
息が苦しい。足の筋肉が悲鳴を上げている。ただでさえ運動不足の俺にいきなりの短距離全力疾走は堪えているようだった。けれど、俺は足を前に出す。呼吸をするためではなく、足を前に出すことだけに意識を注ぐ。風を切る感覚、これも久しぶりだ。
手立てはない。黒服を倒す術なんてないし、彼女を引き戻して瞬間移動することも出来ない。
ただ、突っ込むことしか出来ない。それしか頭になかった。後も先もない、あるのはこの瞬間の心の機微だけ。
彼女を助けるために動いている自分に内心驚きながらも俺は腕を振る。黒服は尚もナイフのような武器をゆっくりとシオンに近づけている。禍々しいその凶器。痛そうなんてもんじゃない、刺さったら最後、体内の全てを引きずり出されてしまうような、そんな狂気。
「どけぇぇぇぇえぇぇぇえぇぇぇぇぇえぇ!!!!!!!!!!!」
加速してきた俺の質量を全て黒服の側面にぶつける。左肩の一点突撃。運動は久々だが、足の速さにはそれなりの自信があった。昔の名残、その速さに我ながら感服していた。
「――――ッゥ――――!」
黒服は俺の勢いに腑抜けた声を出しながら少し吹き飛ぶ。先のシオンほどではないが黒服のバランスを崩し、地に片手を付かせるくらいの勢いはあったようだ。シオンとの距離も数メートル稼ぐことが出来た。
よし、見たか俺の体当たり。
そう思った。アドレナリンがドバドバ出ているというのは正にこの感覚なのだろう。心臓が脈打ち、体中が熱い。
特に下腹部が、熱い。
「・・・・ん?」
「先輩・・・・」
衝撃で痛めたのであろう肩を抑えながら、シオンは俺を見ている。俺も、シオンを見ていた。
なんだろう、この違和感。違和感というか・・・熱さというか・・・
シオンが青ざめた顔になる。どうした、俺は無事だぞ?シオンのおかげで。
「シオン、大丈夫か?」
今度こそ、かけるべき正しい言葉をかける。なんだか、視界が一瞬ぼやけた気がした。
「先輩・・・先輩・・・ワタシ・・・」
口元を抑え、慌てふためくシオン・・・どうした?なんかあったか・・・?
俺はシオンの目線をそのまま追う。彼女の視線は俺の下腹部—違和感の根源にあった。
「お・・・」
ナイフ状の凶器が、禍々しい狂気が、深々と俺の下腹部に刺さっていた。
そして刺さっているということを意識した瞬間、激痛が俺を襲った。鋭い痛み。
患部の周りに両手を添えて、俺はどうしたらいいか分からないままに顔を歪める。
痛い。痛い、痛い、熱い・・・
どうやらシオンと逃げることは出来ないらしい・・・俺は悟った。
視界が点滅しだす。シオンが叫び、俺の名を呼んでいるが、その音量も徐々に小さくなっていくように感じられた。
ああぁ・・・俺は・・・死ぬのか・・・
痛みで苦しみながら、俺は仰向けに倒れこみ、天を仰いだ。シオンが倒れた俺の横に座り込んでいる。俺の肩に手を充て、泣きじゃくりながら俺の名前を呼んでいる気がする。ごめん、シオン、良く聞こえない。
暗くなった世界の中で満月がきらびやかに光っている。俺は霞んだ視界のまま、手を伸ばす。小さな俺だけの世界で、俺は月を握りしめた。
脳裏に、彼女の笑顔が浮かんでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます