第39話

「―――ッ。」


目の前で、シオンと黒ずくめの誰かが向き合っている。異様な空気、時間。


一体何が起きているんだ?


頭の中でシオンの言葉が蘇る。


――きっと助けが来ます。


助けが来る?何から俺を助けるんだ?


・・・まさか、この黒服から?


そうとしか思えない。シオンが見つめる先の黒服は明らかにシオンに徐々に近づいているし、両手に武器らしきものを構えてる。こんな光景、異様だし、異常でしかない。


逃げれる・・・のか?なら、シオンも一緒に・・・


俺がそんなことを考えた矢先、目の前の状況に変化が起きる。


硬直していたかに見えた両者だったが、一瞬、シオンが顔を覆うような動作と共に悲鳴を上げた。


「キャァっ!」


「シオンッ!!!」


突然の悲鳴に俺は咄嗟に声を出す。俺はなぜかまだ立ち上がることも出来ないでいた。


そして、それと同時に黒服が解き放たれたかのように前に踏み込む。シオンの前に。対するシオンは顔・・・いや、あれは目、目を覆っているのか。


黒服が武器を振りかぶっていた。シオンも片手を懐に入れ、何かを取り出そうとした。


ガキィィィィィン


金属がぶつかりあう大きな音が踏切に響き渡る。まるで電車のブレーキのような、聞き心地の悪い音。俺はその金属のぶつかり合いによって起こる火花にびっくりして目を閉じる。冗談が、いつものように脳内に浮かばない。


目を開きなおした時、シオンが真横の壁に吹き飛ばされているのが見えた。


・・・は?


俺は驚愕する。人が真横に、重力に逆らう程の速度で、壁に押し付けられる光景を見たことは一度たりともない。想像もしたくない。なんだそれ、アクション映画ならワイヤーでも使ってるとしか思えないような、そんなシーンが目の前で起こっている。


シオンは灰色のコンクリートブロックに一度めり込んでから地に落ちる。明らかに周囲のコンクリートブロックはひび割れ、今にも崩れ落ちそうになっている。それ程の威力、衝撃。


「シオン!!大丈夫か!!」


大丈夫なわけがない。分かってる。そんなことは言わなくても分かってる。けど、それ以外かけてあげられる言葉がない、見つからない。


「――ィ―――ッィ」


倒れたシオンを見ている黒服が言葉とも鳴き声とも言えない音を口から吐き出す。口元だけが薄っすらと笑みを浮かべているように見える。俺はぞっとした。


こいつは異常だ。この世界の異常だ。ありえない。ありえない、こんなこと。


俺は目の前の世界を全て拒絶する。ありえない、そう言ってなんとか逃れようとする。


けれど、俺はしっているはずだった。


そもそもこの世界は、マトモじゃない。これまでの五日間がそうであったように。


逃げなきゃ。


そう思った。シオンを連れて帰って、家で妹とご飯を食べて、風呂に入って、寝て、明日もやってきて、橿原と、佐藤と、先生と、シオンと・・・


霞む未来を想像して現実逃避する。そうしないとこの恐怖に食い殺されてしまう気がした。


俺はまだ立てないでいた。シオンはまだぐったりとしている。黒服は武器を振り回しながら異様な音を奏で、俺とシオンを交互にゆっくりと見比べている。


動かなきゃ・・・動かなきゃ・・・


足がすくむ。そんなもんじゃない。足が、動かない。言葉も出ない。息が、詰まる。


そんな俺の恐怖を他所に、黒服はケタケタ言いながら両手の武器を打ち鳴らし、雄たけびを上げた。


どうやら、獲物が決まったらしい。


黒服はゆっくりと歩く。地にうずくまって唸るシオンをのほうに。


「シオン!!!」


そう言いたかった。けど、もう言葉を吐き出せる空気が肺に残っていない。眼球以外が、動かない。


「うっ・・・」


身体をダンゴムシのように丸めているシオンがようやく動き出す。よろけながらも、片足ずつ、確かに地に足を立てて、立ち上がろうとしている。


そんな彼女に、黒服は近づく。


弱りきった獲物を、最後の最後まで痛めつけながら仕留める、そんな邪悪な意図が確実に底にあった。


シオンが・・・このままだとシオンが・・・


思考だけが先を征く。この後に起こること、その顛末。その悲しみ、恐怖、喪失感。


あぁ・・・・あぁ・・・・。


シオンが立ち上がり、顔を上げる。その顔には痛みと恐怖と、そして驚きが見えた。


黒服はシオンの前に立っている。大きな両手の武器ではなく、小型ナイフのような、脇差のような「刺す」ための武器を手に。


黒服の肘が後ろに引かれる。次の行為のための、予備動作。


もう、見ていられなかった。

体中の酸素が消えていく。息はもう、できっこなかった。








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