第32話
「あ、あそこのクレープ屋とかいいですね!行きましょう先輩。」
俺の返事を聞く前に、シオンという女性は俺をそこまで連れて行った。俺の心の葛藤など知らんと言わんばかりの力強さに、ほんの少しだけ現実に引き戻された。
「先輩、さっきから黙ってますけど、ワタシと居るの不服ですか?」
クレープ屋に出来た数人の列に並んで、彼女は言う。頬を膨らせ、ムスッとしながらも、その顔には愛嬌が残っていて、俺はつい目を逸らす。
「い、いや、そういうわけでは。」
第一俺ら初対面なわけで・・・
「なんですかその煮え切らない感じは—。」
ムーと唸る彼女。年下、後輩の友達なんて高校に居ないからただでさえどう立ち回ればいいのか分からない。困った。
「橿原さんと同じように私と接してください。」
「へ?」
思わず彼女の意図を確かめたくなった。しかし、彼女は既に捌かれつつある列の最前、つまりクレープ屋のカウンターまで進んでおり、にこやかな顔で注文している最中だった。
「バナナストロベリーホイップモリモリアイス乗せを二つお願いします。」
「はいよ~」
クレープ屋のおばあさんが後ろにある専用の機械でクレープを焼き始めた。幸い、俺たちの後ろには客は並んでいなかった。相変わらず、寂れているのか、栄えているのか分からない店だ。
「さっき、何か言ってましたっけ?」
とぼけるような顔で俺に問う海堂シオン。朱色のポニーテールをふわふわと揺らしている様子がより一層とぼけている感覚を俺に与えた。
まあ、可愛らしく見えるから許すとしよう。
「いーや、なんにも。」
「それなら良かったです。」
彼女は、ほっと一息つくように胸をなでおろす。
―やっぱり、そういうことなんだろうな。
俺は俺自身の立てた、彼女に対する仮説を確かなものにしつつあった。
―――――――—―
「長濱先生、あの海堂シオンって人とどういう関係なんですか?」
授業の合間を縫って、保健室を訪れた俺は、いつものように甘々なコーヒーを啜る長濱先生に捲し立てるように問いかけた。本来の目的は「起きた時の強烈な頭痛」に関してだったが、朝の俺が受けた衝撃でそれどころではなかった。
だって、長濱先生に隠し子とか!!!信じたくないよ!!!
まあ、俺の願望はおいといて。
「べ、べべべべべつにあの娘の言ったように、私とは親子の関係よ?」
手に持ったコーヒーカップを揺らしている。
「関係よ?の『よ』だけイントネーション跳ね上がってますよ。絶対嘘じゃないですか。」
「そ、そんなことないわよ?」
「二連続です。」
「ほ、ホントよ?」
「逆にふざけてます?」
相変わらず、長濱先生は嘘が下手というか、分かりやすい人だった。まあこういうところが素敵なところでもあるけれど。
そうして、観念するように長濱先生は飲みかけていたコーヒーカップを机において、椅子の背もたれに勢いよく寄りかかった。
「はー、相変わらずこういうところだけは鋭いのね、閑谷君。」
何故か俺を遠い眼で見る長濱先生。逆になまめかしいんだが?
「やっぱり、嘘なんですねあれ。」
俺としては親子関係の偽証を果たすことこそが最優先である。
「まあ、それは・・・」
「やけに濁しますね。秘匿事項ってやつですか?」
「・・・ええ、それもトップシークレットってやつよ。」
なに?シークレットサービス?ホテルの話?
「まあ、私の知り合いであることは事実だから、仲良くしてあげてね。」
「はー、なるほど。」
公には出来ないけれど、長濱先生の知り合い・・・多少勘が鈍い人でも、「機関」に関わる人なのだろうなという予想は出来た。
それを直接問いただすのは、先生の立場を考慮すれば酷な話だ。とっぷしーくれっとだというのだから。
「よくわかんないですけど、まあ先生に娘が居ないってことが分かれば俺としては満足です。」
「それはそれで私の事ばかにしてないかしら?」
少しだけ、冷えた空気が湧いてくるのを感じた。闇の、死の、婚期を逃しそうな女教師の呪いだろうか。でも先生、俺は先生のこと好きですよ。
「いえ、まったくであります!!失礼しました!長濱軍曹!!」
「軍曹を呼び捨てしないわよ普通!!」
俺は長濱先生のツッコミが終わるよりも早く保身のため、保健室から飛び出ていた。ほんとは長濱先生と軍隊ごっこをもう少し楽しみたかったが、先生のタブー(恋愛系)に触れてしまえば命はないので逃げるが勝ちだと思った。
頭の痛みに関しては、最悪別日でも問題はないだろう。そう思い込むことにした。
―――――――――――――
「先輩?どうかしました?」
「!?」
俺の目の前にその娘の顔があった。小動物みたいな、つぶらな瞳。スラっと長い睫毛と、均整に整えられた前髪。ついでにポニーテール。どうにも俺の周りの女子はルックスの完成度が高いらしい。対して俺は何の変哲もない中髪中背ノーマル男子高校生だ。
「ああ、ごめん、考え事を。」
「もー、せっかくの時間なんですから、ワタシのことちゃんとみてくださいよね。」
まるで彼女みたいな言い草だな、さっきの発言と言い・・・
これは「機関」絡みで決定だな、と俺は思った。
「海堂さんは甘党なんだ?」
「シオンで良いですってばー。」
そうはいってもだねシオンさん。これ厳しいのよ中々。
「私、甘い食べ物あんまり食べたことなくて、こういうのすごく気になってたんです!」
「ほ、ほう?」
超ストイックな生活でもしてるのかシオンさんは。甘いもの食べない生活とかあんまり想像できないけど。
「あ、でもこれはいったらいけないやつか・・・」
「・・・・・・・・・・」
いや言っちゃってるのよ、一番言ったらダメな部分を言っちゃってるのよあなた。
「機関」の入会条件は「ポンコツ」なのか?
「先輩は甘いもの好きですか?」
「うーん、まあ、好きかな。」
「へー、そうですか。」
「え、全然興味無さそうじゃん。」
答えた俺が恥ずかしくなってつい言ってしまった。
「あ、すみません、人とのコミュニケーションが久しぶりで・・・」
「それも多分言っちゃいけないやつじゃない?」
俺の先手に彼女は素早く反応した。一瞬だけ、俺を警戒するような鋭い眼を俺に向けた。
友人、又は先輩に向ける眼ではない、鋭い眼光。
委縮してしまいそうになったが、俺も怯まなかった。いやだって、結局それはそれでかわいいので。
「あ、クレープ出来たみたいなんで私取りに行ってきますね。」
つかの間の沈黙を破ったクレープ屋のおばあさんの声で、彼女は俺に向けた視線を退けた。俺も、少し胸をなでおろす。
あんな目つき、なかなか出来るもんじゃないけどねえ。
組織の人間だからといって絶対に無害であると決めつけるのは早計かもしれない。
クレープの甘い香りが漂ってくる。そして笑顔で二つの山盛りクレープをうきうきで持ってくる彼女。俺も作った笑顔で、彼女を迎える。
夕焼けと、黒いカラスがまじりあう時間。
この時間は、どうにも胸がざわついてしまう。
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