エンドロール

  


 ――――真っ暗になった画面。独特の音階で、奥行きがあり少し低めの男の響きが、高音域で1音だけ裏声に変わったりをして、メロディーをフリーに歌っていた。


 だが、バックで奏でられていたストリングスやドラムの音が一旦、スーッと伸びきって静かになると、しっとりとした歌が始まった。



「♪今ここで みんなで

 恋するのは 前から決まってたこと

 憎しみやねたみなんかでは

 消せない本当の心は♪」



 ――――画面の左側、3分の2に、紫と白の布地のアップが突然映った。それは奥へすうっと引かれていって、倫礼が現れ、自分の胸にそれを置いて、まるで服を購入する時にあてがうようにした。


「あぁ~、躾隊しつけたいの制服ってこうなってるんですね? っていうか、なんで、退隊した夕霧さんが持ってるんですか?」


 物語の資料として、見せてもらっていた倫礼。今は武道家で家にいて、勤めに行っていないはかま姿の夫に、素朴な疑問をぶつけた。


「記念にもらった」


 お金という制度が存在していない神界。そのため、予算というものが存在しない。だから、制服は返却してください、もないのである。悪用する人ももちろんいない。


 夫たちの昔を知っている倫礼は、大きくうなずいた。


「そうですか。14年も働いたんですもんね」

「そうだ」


 覚師が言っていた通り、そんなに長い間、働いていたのだ。黙々と。修業バカの夕霧命らしい。つい最近まで、本当に躾隊で、環境整備をしていたのである。


 この世では見られないほど、素晴らしい生地。神がかりなデザイン。しかも、夕霧命のイケメンぶり。それを妄想の世界で足し算してしまった。倫礼は思わず感嘆の吐息をもらした。


「これを着た夕霧さん、似合ったでしょうね?」


 隣で聞いていた光命の遊線ゆうせん螺旋らせんを描く声が、即座に響き渡った。


「えぇ、とても似合っていましたよ」


 夫と言ったら、このペアー。というか、毎日、焉貴が言っていたように、


『夕霧〜、光〜、チュ〜!』


 を繰り返すほど、ラブラブな2人。倫礼はその間に立って、ムンクの叫びのように口をぱかっと開けて、冷静な水色の瞳をじっと見つめた。


「あぁ、ひかりさんが恋に落ちたお姫さまになったように見えるのは気のせいだろうか〜〜〜〜っっっっ!!!!」


 倫礼の声の響きが小さくなってゆくと、画面の右側に下から白い文字が流れ始めた――――



 =出演者=

 独健/明智 独健どっけん

 貴増参/明智 貴増参たかふみ(神名:火炎不動明王かえんふどうみょおう

 明引呼/明智 明引呼あきひこ(神名:孔雀大明王くじゃくだいみょおう



 ――――どこまでも突き抜けてゆくような青空。はらはらと舞い散る粉雪のような桜の花びら。クレーンのカメラが上から下へ降りてゆく。その前には、紫のマントとターコイズブルーのリボン。全体的に白を基調にした制服を着た独健がいた。


 だが、彼のはつらつとした若草色の瞳は、今や真剣そのもの。少し鼻にかかる声が出かかるが、


「こっ、こっ、こっ、こちら……こっ、ちらは……」


 カミカミのセリフ。しかも、物語の1番最初の場面。倫礼がパッと立ち上がって、大声で指示を出した。


独健どっけんさん、ゆっくりでいいんで……」


 仕事を休まされた上に、制服だけはちゃっかり使われている状態。独健のひまわり色の短髪はくるっと後ろに振り返った。


「何で、結婚したら、演技することになったんだ?」


 ご愁傷様しゅうしょうさまです、独健。そんな話は、プロポーズされた貴増参からも聞かされていないし、誰からも説明されていなかった。しかし、仕方がないのだ。妻の倫礼と知礼しるれが作家なのだから。


 知礼はノンフィクションのため、演技は発生しない。だが、倫礼はファンタジー作家なので、絶対にこういうことになる。


 彼女は気にした様子もなく、独健の真正面まですっと近づいて、有無を言わせない感じで言った。


「これからも、ドシドシ出てもらうんで、覚悟してください」

りんって、結構、スパルタだったんだな」


 穏やかな日差しの中に、独健の明智家ハリケーンに巻き込まれっぱなしの独り言が弱々しく舞い上がった――――



 =出演者=

 孔明/明智 孔明こうめい

 月命/明智 月命るなすのみこと

 焉貴/明智 焉貴これたか



 ――――台本を見つめている倫礼の隣に、きらめき隊の制服が立っていた。深緑のマントとオレンジ色のリボン。白を基調にした服を着た貴増参。独健とは違って、特に驚くこともなく、いや割と楽しんじゃってる感で、ある固有名詞の話をし始めた。


「学校のクラス名をここに使ったんですか?」

「はい、桜咲いてるし、花つながりだからいいと思って……お花畑でランララ〜ン♪組」


 実際そんな店はない。だが、学校のクラス名は、1組とかA組ではなく、てんでバラバラなのだ。ロッキングチェアに身を任せていた明引呼のしゃがれた声が、自分のセリフを口にした。


「デパートの名前にも使ってやがんぜ」

「そこも使っちゃいました。宇宙の平和を守ろうぜ組」


 さすがに、神界しんかいにお笑いが堂々たる態度で存在していても、大人たちにもわかるような綺麗な名前がある。子供の笑いである。今の2つは。


 倫礼は台本から顔を上げると、


「でも、あれは使ってないです」


 貴増参と明引呼は同時に聞き返した。


「どちらですか?」

「あぁ?」


 女装教師がいるくらいである。もっと変な先生も実在する。倫礼の口から出てきたのは、どんな先生だと思わず叫んでしまうような話だった。


「正義の味方は正体を知られてはいけないから、先生の素顔を生徒の誰も知らないって話は、今回は使ってません」

「僕がやりましょうか?」


 貴増参の意味不明なオプションがつきそうだったが、明引呼が別の人物に降った。


るなすにやらしとけよ。カエルかぶってたんだからよ」


 カエル先生と呼ばれていたのだ、月命と来たら、14年前は。マゼンダ色の長い髪とニコニコの笑顔が画面の端から入ってきた。


「呼びましたか~?」


 さすが地獄耳。聞きつけてきた。倫礼は気にした様子もなく、


「学校のクラス名の話です」

「今回出てませんでしたね、隊長、報告します!組は」


 どんな組名だ。たぶんあれだ。探検隊ごっこをして、隊員が隊長の前に来る時の掛け声である。倫礼は頭をぽりぽりとかいた。


「それはちょっと、用途がなかったので、お休みです」


 青空を見上げると、兄貴の部下のコンドルがヒュルルーと飛んでゆくのが見えた――――



 =出演者=

 夕霧命/明智 夕霧命ゆうぎりのみこと

 光命/明智 光命ひかりのみこと

 蓮/明智 れん



 ――――焼けるような夏風が吹くたびに、砂埃が舞い上がり、農園の木々がザワザワと音を立てる。仕事はいつも通り進んでいる。そこを借りての撮影。


 農園の本当のぬし、明引呼は台本から、鋭いアッシュグレーの眼光を上げた。


「っかよ、野郎どもの見てる前で、キスすんのかよ?」


 公私混同もいいところである。だがしかし、倫礼はノリノリで、もっともらしい理由を口にする。


「農場の場面は、ここしか出ないので、是非とも、この場所で……お願いします」

「しょうがねぇな」


 情に熱い明引呼、納得して、再び台本を読んでいたが、ある場面に出くわして、気だるそうな声を出した。


「……あぁ? 俺がたかの胸ぐらつかむってか?」

「お願いしま~す!」


 倫礼は手を大きく上げて、ひらひらと振った。自分の夫に喧嘩をふっかけるみたいなシチュエーション。明引呼は当然、貴増参の身を案じた。


たか、倒れんなよ」

「倒れたら倒れたで、OKで~す!」


 倫礼は今度は、両腕を上げて、思いっきり笑顔で、頭の上で丸を作った。どんなキスシーンにするつもりなのだろうか。ここは、古びたウッドデッキの上。そこに、夫2人を倒して、キスのお楽しみ。意味不明である。


 ウェスタンブーツのスパーがカチャッと言って、近くにあった丸テーブルの足を、ガツンとひと蹴りした。


りん、てめぇ、自分はしねぇからって、無理難題押し付けてやがんだろ?」


 倫礼はいつも絶対そんな笑顔しない。というような顔で、こんなふざけた口調で話し出した。


「そんなことないっすよー。是非とも、貴増参たかふみさんと明引呼あきひこさんの素晴らしいキスシーンのためにと考えた演出でーす!」


 台本を持っていた腕を、明引呼はだるそうに椅子から落とした。


「よくも、でまかせが出てくんな。次から次へとよ」


 そこで、カメラの後ろに、立っている銀の長い前髪に振り返った。


「おう! れんどっなってんだ? てめぇの最初の奥さんはよ」

「俺に聞くな」


 蓮は一瞥いちべつしただけで、バッサリと切り捨てた。倫礼の暴走が面倒くさなったらしく、関わりたくないようだった――――



 =出演者=

 覚師/明智 覚師かくし

 知礼/明智 知礼しるれ

 倫礼/明智 倫礼りんれい



 ――――さっきと場面は一旦切り替わった。だがしかし、カメラの位置も、背景も相変わらず夏の濃い青空。熱風が吹き抜ける農園だった。けれども、兄貴のカーボーイハットのすぐそばに、白い薄手の着物が天女のように立っていた。


「っつうか、孔明こうめいともかよ?」


 兄貴としては頭が痛い限りである。ここは仕事場であって、プライベートでは決してない。野郎どもに夫夫ふうふのキスを見せるつもりなど、つゆ1つもないのだ。


 漆黒の長い髪は指先ですーっと引き伸ばされて、孔明の陽だまりみたいな穏やかな声ではなく、全然違う、冷たく刺すような響きが聞こえてきた。


「俺はどこでもいいけど……」


 天才軍師、油断も隙もない。全く性格が違うのだ、本当は。それまでのシーンを撮っていた明引呼は、即行ツッコミを入れた。


孔明こうめい、キャラ変わってんだろ? ボクだったろうが。俺って言うんじゃねぇよ」


 先の尖った氷柱がおでのあたりから、あちこちに出て、刺し殺しそうな雰囲気で、孔明は紫の扇子せんすでパタパタとあおいだ。


「この役だったら、ボクで、かなぁ~? がいいと思ったから、そうしただけなんだけど……」


 藤色の剛毛は背後にあるカメラの方へ振り返って、


焉貴これたかじゃなくて、こっちを1人称、ごちゃ混ぜにした方がいいかもな」

「次回の参考にさせていただきます」


 カメラの後ろの方から、倫礼のガッテン承知みたいな声が響き渡った――――



 =出演者=

 百叡/明智 百叡びゃくえい

 もう1人の倫礼/著者

 張飛ちょうひ



 ――――姫ノかんの中庭。1つのベンチに男3人が座っている。右から孔明、月命、焉貴。メイクの女に漆黒の髪を直されている孔明が、瑠璃紺色の瞳に月命のパルテルブルーの服を映した。


るなす~? そのドレスは自分の~?」


 ピンクのリップを塗られていた月命は、極力口を開かないようにする。


「いいえ、違います~」


 シャツのボタンを1だけで止めるか、2で止めるかを話し合っているスタッフの横で、焉貴がまだら模様の声を響かせた。


「どうしたの?」


 メイクの女がいなくなった真正面に、月命は両手の甲を同時に上げた。それは、綺麗ではあるが、誰がどう見ても男の骨格。


「僕はこう見えても、どこからどう見ても男性の線を持つ体なので、みなさんが作ってくださったんです」


 シンデレラが履いていたとされるガラスの靴。本物。それが履けてしまう、重力15分1の神界。孔明がかがみ込もうとしたが、メイクの人に捕まえられた。


「靴もそうなの~?」

「えぇ」


 月命。この男が女装するようになったのはつい最近。夫2人の興味は、俄然そこに向かった。どこかいってしまっている山吹色の瞳は、マゼンダ色の頭を見つめた。


「その、ティアラはどうしちゃったの?」


 ニコニコ笑顔で、月命はティアラを大切そうに触る。


「これは娘が貸してくれたんです~」


 焉貴は人差し指を向け、


「パパ、娘から借りちゃったの」


 反対側で、孔明が小さく何度もうなずいた。


「だから、サイズが小さいんだね」


 3人のパパの上を桜の花びらが、春風に乗せられて横へ横へ流れてゆく。微笑ましい会話が小学校の教室から聞こえてくる生徒の声と混じり合った――――



「♪悪しき者が 正しき顔をする

 そんな世界は終わり告げた♪」


 ――――独特の音階で、高音へ登っては低音へ降りて、裏声になっては地声に戻ってを何度か繰り返して、サビに続くように綺麗に盛り上がってゆく。



 ――――背後にある教室の窓から、小学生たちが集まって、こっちの様子を興味津々で眺めている。その前のベンチで、焉貴が背中を見せて、ピンクの細いズボンの両足を大きく開いていたが、黄緑色のボブ髪がふと振り返った。


りん! 何で、俺のキスシーン、こんなにアクロバティックなの? ベンチの上に両足乗せちゃってさ……この世界だからいいけど、そっちの世界だったら、倒れちゃうでしょ?」


 右膝はひざまずくように乗せられ、もう1方は、お弁当箱の近くへ真っ直ぐ伸ばされている。への字を反対にしたみたいな体勢。


 覚師も言っていた。危なっかし格好でキスしていたと。倫礼は台本を胸に抱えたまま、なぜこんなことになってしまったのかをきちんと説明した。


「それは、焉貴これたかさんの頭に体の中心があるという不安定さ極まりないところと、無意識の直感というエキセントリックの2つを足すと、そういうアクロバティックな方がいいかなと思ったから……」


 焉貴は一旦ベンチから身を引いて、倫礼の前まですっとやって来た。教師という人を導く仕事をしている人らしいことを口にする。


「お前、ちゃんと注意を言って。ほら」


 倫礼は無理やりカメラへ向かされた。思いっきりカメラ目線で言う。


「はい、地球で生きてる、よい子のみなさんは絶対に真似しないでください。転倒の危険性があります」


 画面の端の方で、マゼンダ色の長い髪が揺れ、月命の凜として澄んだ女性的な声が割って入って来た。


「僕は受けでいいんですか?」


 倫礼はきちんと計算された上での場面構成だったことを、カメラに背中を見せて伝える。


るなすさんは、腰が重いじゃないですか? だから、一方的でいいんです」


 よく見えない中で、焉貴のまだら模様の音声だけが聞こえて来た。


「じゃあ、月とキスしちゃう~」


 まだスタートがかかっていないのに、フライングで夫2人でキス。すると、後ろで見ていた小学生たちから、拍手が巻き起こった――――



 =ロケ地=

 カスミド空中庭園

 孔雀ブランド農場

 姫ノ館(初等部)

 パラディーソデスタール(遊園地)

 カティランスカフェ

 明智家(分家)



 ――――エキストラがたくさん入っているメインアリーナで、倫礼は碁盤のような武術の試合会場を見つめていた。しかしやがて、袴姿で後ろで密かに修業をしている夫へ振り返った。


「夕霧さん?」

「どうした?」


 横に設置されたアナウンサー席で、歳を重ねたら90cm背が縮んだ達人のじいさんが、本来の18歳で160cmの背丈で、美少年の笑みを浮かべて、アナウンサーの男と話し込んでいる。


 倫礼は合気あいきの掛け方は知っている、基本ならば。その修業の仕方もわかっている。だがしかし、今回は通常ではない技のため、頭を悩ませていた。


「床はどうやって、合気かけるんですか?」

「それは、背中でかける」


 夕霧命は戸惑いもせずに、着実に回答してゆく。本当の達人、目の前にいるこの夫は。倫礼は台本にメモ書きをした。


「ふんふん、背中でね。空気中でもかけられるって昔聞いたんですが……」


 さらに高度な技に突入。足元の青空を白い雲が横切ってゆく。桜の花びらが観客役の人たちに舞い落ちる。


「物質界では、そこまでしかできん。それは、空中の中間点で、体全体で回すだ」

「ふんふん、ありがとうございます!」


 倫礼は壁を突破して、笑顔になった。しかし、アナウンサー席にいたはずの18歳の美少年がサッと瞬間移動して来て、魅惑的に微笑んだ。


「神界では、魂にかけるってのもあるけど?」

「やっぱり……」


 心の世界。物質界ではない場所。違う掛け方があると、倫礼はその昔聞いたことあった。それを教えられて、自分がある程度予想していた通りだった。そのため、ボソッとつぶやいたのだ。だがしかし、今回は人間界での物語ということで、この技はカット――――



 ――――宇宙空間に、聖なる音楽がまるで氷上を滑るように360度スーッと広がりながら、ポップ路線のメロディアスなサビがやって来た。


「♪めぐり逢って 信じ合って

 みんなでなんでも変えてゆける

 目に見えるもの 感じるもの

 輝き始める 心からどこまでも♪」


 未来が明るく続いてゆくような余韻を残して、奥行きがあり少し低めの声が伸びきって、すうっと消えると、またゆったりとした間奏が入り込んだ――――


 =エンディングテーマ=

 真愛しんあい

 作詞・作曲 明智 倫礼

 歌 ディーバ ラスティン サンディルガー



 ――――撮影隊は明智家の室内練習場に来ていた。コンピュータ制御された部屋で、ボタン1つで、景気や環境が変えられる。さっきまでは、ブクブクとマグマの海が広がり、今すぐにも崩壊しそうな塔のような大地。血のような真っ赤な空に暗雲。


 その間をはい回る青白い雷の閃光せんこう。だったが、今は晴れ渡る青空と菜の花畑の絨毯がどこまでも広がっていた。


 空中での撮影ということで、倫礼は光命の腕に捕まって浮かんでいる。焉貴の螺旋階段を突き落としたぐるぐる感のある声が、超ハイテンションで言ってきた。


「ここも~? っこって、女じゃないんだからさ」


 またキスシーンへの意見。倫礼はバッサリと切り捨てようとしたが、


「ここも同じ理由、さっきと。夕霧さんも腰が重いから――」


 その途中で、焉貴が真っ直ぐ立っていた夕霧命に、ピンクの細いズボンの両足をぴょんと巻きつけた。


「よっ!」


 即座に、まだら模様の声がR17に話を持って行ったのである。 


「あ、ヤバイ! 俺のペ××当たっちゃってるから、セ×××したくなってきた」

「それは、夜になってからにしてください」


 倫礼はわざと丁寧語で言って、取り合わなかった。だがしかし、焉貴先生、食い下がってきた。


「え~? 今させちゃってよ~」


 カメラが回っていて、スタッフもいる場所。確かにここは自宅だ。しかし、この猥褻わいせつ夫にも全く困ったものである。倫礼は胸の前でバッテンを腕で作った。


「ダメです~!」


 その時だった。無意識の直感が焉貴に下りて来たのは。さっきまでの、だだこねは急にやめて、こう変わった。


「じゃあ、お前入れて、今夜10P~」

「またするの~!」


 即座に両腕で覆われる倫礼の頭。夕霧命が拳を握って、唇の前に持って来て、噛みしめるように笑った。


「くくく……」


 だが、このやり取りからすると、いつもそんなことが起きているようだ。残念ながら、この作品は18禁ではないので、機会があれば、別の作品で、10人でニャンニャンするをご披露できるかもしれない。とんでもないことになる。それだけは、ここで伝えておこう――――



 =監修=

 水色 桔梗ききょうチーム



 ――――空中庭園のメインアリーナ。エキストラの観客がそれぞれ、ワーワーと騒いでいる後ろの通路で、光命の線の細い体が優雅にたたずんでいた。男のスタッフが数m先を指差す。


「じゃあ、ひとまず、あの柱まで歩いてください」

「えぇ」


 遊線が螺旋を描く声で短くうなずくと、まるで舞踏会のワルツでステップを踏むように、濃い紫色の細身のロングブーツは歩き出した。倫礼のそばにいたスタッフが小さな声でささやく。


「綺麗な人ですね。いるだけで絵になりますよ」

「いかがですか?」


 柱に到着した光命は、思わず釘付けになるような仕草で振り返った。光命ひかりいのちの倫礼は大きく頭の上で、丸を作った。そうして、立て続けに興奮気味に話し出す。


「OKでーす! ひかりさん、やっぱり表舞台に立った方がーー」


 そうだ。この男はピアニストだ。人前に立つ職業。もったいない。人々を感動させるような秀麗さを持っているのだから。だがしかし、紺の長い髪はゆっくり横に揺れた。


「あなたが帰ってきてから、あなたと一緒に音楽活動をすると決めています。ですから、そちらまでは、あなたの守護神だけをします」


 倫礼と光命はもうすでに約束しているのだ。2人でポップスのユニットを組んで、音楽を一緒にやってゆくと。いつまでも色 せない恋に落ちた倫礼と光命。どんな時も一緒に過ごしたいがために――――



 =演出=

 嫁婿養子プロジェクト



 ――――遊園地前のベンチに座って、演技の最終チェック中。自身の気持ちを偽らないと決めた光命が、一言ずつ言いながら、夕霧命の愛している部分をタッチしてゆくという場面。


 夕霧命の無感情、無動のブルーグレーの瞳は不思議そうに、倫礼に向けられた。


「なぜ、こんなにひかりが俺を触る?」


 頭から足まで全部触るところ。倫礼はニヤリとして、密かに光命の性癖を暴露した。


「それは、ひかりさんがスーパーエロだということと、演技を抜きにしたとしても、光さんが夕霧さんをセクハラしたいのではないかと思って……」


 優雅な王子さま、猥褻先生に負けず劣らず、18禁だった。さすが、長い間、大人の世界を満喫してきただけある。


 光命は細く神経質な手の甲を中性的な唇に当て、肩を小刻みに揺らしながらくすくす笑い出した。


「セクハラ……」


 倫礼の言葉のチョイスが笑いのツボにはまったらしい。だがしかし、夕霧命の地鳴りのような低い声がこんなことを言ってきた。


「俺が我慢できん」


 倫礼が間の抜けた顔をすると、


「え……?」


 白の袴の袖が、光命をぐっと抱き寄せ、くすくす笑っていた優雅な王子夫は、まるで恋に落ちてしまったお姫さまみたいに瞳をウルウルさせた。


「夕霧……」

ひかり……」


 お互いの名前を呼び合って、ベンチの上に夕霧命が光命を押し倒した。倫礼は座っていた椅子から慌てて立ち上がって、両腕を頭の上で左右に大きく振って、大声で叫んだ。


「いやいや、画面から消えるのやめてください!」


 盛り上がってしまった夫2人へ急いでかけてゆく、倫礼の靴底がパタパタとカメラに映っていた――――



 =制作=

 パズルピースが帰るまでに……製作委員会



 ――――夕暮れ時という移りゆく時間。海沿いにあるカフェ。マリンブルーの光が降り注ぐ窓辺の席。時間に限りがある撮影シーン。


 カメラを向けられた銀の長い前髪は動きもせず、鋭利なスミレ色の瞳は、目の前に座っている冷静な水色の瞳を一度も見ていない。苛立っているようで、唇を噛み締めていた。


「…………」


 セリフのはずなのに何も言わず、スタッフが声をかけた。


「はい、カットー!」


 Take2。オレンジ色の空が夜に染まってゆく。急がないと、また明日になってしまう。みんなそれぞれ仕事がある中で、撮影している。それでも、天使のような可愛らしい顔は怒りでゆがみきっていた。


「…………」

「はい、カットー!」


 緊張感が一旦緩み、イルカの店員が台拭きでカウンターをすうっとなぞる。男のスタッフが個性の強いアーティスを思って、出来るだけ優しく声をかけた。


れんさん、セリフ、お願いしま〜す!」


 渡されていた台本をポンと投げ置いて、蓮の銀の長い前髪は不機嫌に横に揺れる。


「おかしい。俺はこんなことは言わない」


 さっきからこの繰り返し。スタッフたちも苦渋の表情を付き合わせた。


「困りましたね。どうしますか?」


 とにかく、蓮はひねくれ俺様なのだ。他の人ではどうにもならない。ということで、ここは妻の倫礼の出番である。


「よし、こうしてやる~!」


 持っていた台本をパッと開き、サラサラと何かを書き始めた。数分後、その台本を、イライラと両腕を組んでいる蓮の前に差し出した。


「はい、これ、新しく手直しした台本」


 鋭利なスミレ色の瞳にセリフが映ったが、ページを乱暴にどんどんめくっていくたびに、台本をバラバラに刻みそうに変わってゆく、今や刃物のような視線。蓮は顔をパッと上げて、倫礼に指を勢いよく突きつけた。


「……お前、どういうつもりだ? 俺のセリフを全てカットするとは! これじゃ、演技も何もないだろう!」


 ほとんどカット。蓮のセリフが少なかったのはこのせいだったのである。倫礼は負けずににらみ返した。


「沈黙も演技のうちです」

「俺が選んでやる!」


 蓮は妻が持っていたペンを奪い取った。倫礼がそれをがしっとつかんで引っ張った。


「いい〜!」


 すると、蓮が自分の方へ引き寄せる。神界は男女の腕力の差がない。結局、子供が同じものを取り合って、自分へ引っ張るようにリピートし始めた。


「貸せ!」

「いい〜!」

「貸せ!」

「いい〜!」

「貸せ!」


 冷静な水色の瞳の前で、ペンが右へ左へ行ったり来たり。光命が遊線が螺旋を描く優雅で芯のある声で注意した。


れんりん、2人とも……」


 その時だった。倫礼に直感が下りたのは。目を一瞬大きく見開き、無理やり笑顔を作って、こんなことを言う。


「あ、あぁ、そうだ、そうだ。んんっ! セリフが少ない方が、ひかりさんとのキスシーンに早くたどり着くよね? ね?」


 蓮は持っていたペンをテーブルに置いて、天使のような無邪気な笑顔に変わった。口の端は両端が上に上がり、目はキラキラと純粋色で輝く。


「…………」


 無言だが、リアクションは思いっきりあった。光命はわかりやすい我が夫を前にして、くすくす笑う。


「私とのキスシーンをれんは喜んでいるみたいです」

「みたいじゃなくて、喜んでる、確定です!」


 倫礼は光命へかがみこんで、突き立てた人差し指を前に押し出した。その次の瞬間、蓮の可愛らしい顔は一気に怒りで歪み、


「っ!」


 倫礼の後頭部を遠慮なくパシンと叩いた。彼女の表情は痛みでいびつになる。


「痛っ!」


 必ず揉める配偶者2人。光命の白のカットソーの肩は笑ったため、小刻みに揺れ出した。


「おかしな人たちですね、あなたたちは」


 照明などが直されながら、エキストラの他の客たちが待機したまま、しばらく、蓮と倫礼のにらみ合いは続いていた――――



 =原作=

 明智 倫礼


 *この作品は、73%がノンフィクションであり、実在する団体名、人物も含まれています。団体または本人に了承を得た上で、執筆しております。



 おしまい

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